19 思案
夕食を終え。
俺は客間の寝室とは思えぬほど広く豪華なベッドで横になっていた。
ここまで調べて分かったこと。
まず、この家に住んでいる家族はスクワード家当主とその妻、そして彼らの子供である三姉妹、長女のマリアナ、次女のシャーロット、三女のフランシーヌの5人。
それぞれの評判は以下の通り。
まず当主とその奥さん。
この二人の評判は悪くない。
使用人たちに辛く当たったり、無理難題をふっかけるようなことはしないようだ。
故にこの二人に関しては、彼女たちの口は軽かった。
普通に仕事をこなしていれば何の罰も与えない。
給金が安いのは単純にケチなんだろうが、まあ、商売人あがりの貴族ならそんなものだろう
俺の印象だと、彼らは優しいというより、あまり使用人に興味がないように思われた。
しかし他方で、無用なトラブルや厄介ごとを極端に嫌うところがあるようだった。
家の中のいざこざを口外することは御法度となっていた。
まあ、これはどこの貴族も同じようなものだろうけど。
身内の恥はとことん隠蔽するのがエリートだ。
だが。
人の口に完全に蓋をすることは出来ない。
ミスティや使用人の不審死についてはきつく言われているのだろうか、絶対に何も言わなかった奉公人たちも。
三姉妹に対する愚痴となると、少数だが口を開く者もいた。
特に園丁を担当している庭師の男。
彼はなかなか正義感の強い人間らしく、口調には怒気を孕んでいた。
そして俺が完全な部外者だと分かると、実に雄弁に語った。
次に長女のマリアナ。
彼女も比較的、穏やかな性格のようだ。
使用人たちの覚えは悪くない。
文句も言わないし、かといって、何をしても褒めることもない。
姉妹の中では最も両親と似ていて、自分のこと以外に関心は薄いようだ。
ただし"人形"のことになると顔色が変わるようで、奉公人たちはそこだけは細心の注意を払っている。
さらに次女のシャーロット。
この子は冷静沈着でクレバーな反面、なかなか気難しいところがあるらしく、時々、理に敵わないことがあると癇癪を起こすことがあるという。
使用人を叱りつけたり、辛くあたることもたびたび。
しかし、悪い話ばかりでもない。
他人のミスに厳しい一方、良い仕事をした奉公人にはきちんと労いを言い、時にはお菓子や髪飾りなどの装飾品をプレゼントしてくれることもあったという。
この家族の中では比較的まともという印象だ。
そして。
問題の三女――フランシーヌである。
どうやら、ここの使用人たちが三姉妹を恐れている理由の大半は、この娘のせいであった。
彼女の印象はとにかくヒステリックで執着が深い。
口数は少ないが怒ると何をするか分からない。
その反面、異常なほどに世間体を気にするところもあって、引っ込み思案で思い込みが激しい。
その思い込みというのが厄介で。
少々、被害妄想的なきらいがあり、奉公人たちが自分に嫌がらせをしているんだといった妄執に囚われたりする性向があった。
それも何故か。
若くて容姿の良い使用人に限って、フランシーヌの標的になっていた。
フランシーヌはなんやかやとイチャモンをつけては若い女の子を苛めていたという。
罵声を浴びせたり冷水をぶっかけたり、飯を何日も抜いたり。
目をつけられた女給は、とことんひどい目に合わされていたという。
とにかくそのような有り様で、使用人たちもほとほと手を焼いているようであった。
「まあ、三女だろうなあ」
俺はベッドにごろんと横になり、そのように呟いた。
調べる限り、ミスティの不審死の直接的な原因は彼女に依るものだと思われた。
しかし、"若く美しい女給に目を付ける"というところが気にかかった。
今日の夕食のときに叱っていたのも若いメイドたった。
フランシーヌは何度か見かけたが、相当な美人だった。
美しい三姉妹の中でも飛び抜けて美しかった。
故にその動機が「嫉妬」というのも考えにくかった。
彼女のような女性が、若いというだけで苛めるなんてことがあるだろうか。
――いや。
もしかしたら逆なのかもしれない。
つと、やたら豪華な天蓋を見つめていると、そんな考えが頭に浮かんだ。
自分が美しいからこそ。
自分の美に拘るからこそ。
他人の美に敏感になり。
自分にないものを羨ましく思っていたのかもしれない。
或いはもしかすると。
フランシーヌは同性愛者なのかもしれない。
美しい女給たちに言い寄り、そして袖にされた。
そのことに対して怒りをぶつけていた。
少しそのように考えたが、すぐに考えすぎかと思い直した。
考えていると話が飛躍するのは悪い癖だ。
「カワカミー! なにしてんだー!」
グルグルと考え事をしていると、どすん、とお腹に衝撃が走った。
俺は思わず「ぐえ」と呻いた。
お腹に、マチルダが乗っかっていた。
「マチルダさん、後にしてくれますか。ちょっと今、考えごとしてるんです……か……ら?」
俺はそこで、思わず言葉を失した。
マチルダの服装がいつもと違ったのだ。
彼女は黒い透け透けのシースルーのネグリジェを着ていた。
つか目を凝らしてよく見ると、もうほとんど裸である。
「ぶっ」
俺は思わず起き上がり、マチルダをベッドから下ろした。
「な、なんつー格好してるんですか!? そ、そんな服、どこから」
「ケケケ。エロいだろ? マリアナの部屋にあった」
「めっ! そんなはしたない格好はやめなさい! ほら、早く返して来なさい!」
「なあカワカミ、あたしとヤろ!」
ぶっ、と俺はもう一度、今度はさらに大きく吹き出した。
思わず鼻水が出た。
マチルダは「ヤろヤろ!」と俺の腹でバウンドした。
「い、いや、ヤろって――」
俺は絶句した。
「こ、こら! どこでそんな言葉を習ったの! つか、マチルダさん、意味分かってんの!?」
「愛し合うもの同士で一つになるってことだろ? マリアナに教えてもらった!」
「マ、マリアナさんに――?」
「他にも色々と聞いたぞ! 男は"ピーッ"を"ピーッ"すると喜ぶとか、"ピー"の"ピーッ"を激しく"ピーッ"させると可愛い声を出すとか」
視界がくらりと傾いた。
軽く目眩を覚えた。
あのド変態め。
幼女になんてことを教えやがる。
俺は頭を抱えた。
早く――
一刻も早く仕事を終えて、こんな教育に悪いところは出なければならない。
「と、とにかく! そんな下品な言葉を使うんじゃないの!」
マチルダを叱りつけた。
しかし彼女はあっかんべーをして、部屋を逃げ回った。
「へっへーん。ったく、カワカミは素直じゃねーなー。ほんとは嬉しいくせによー。ほんとはもっとじろじろ見てーくせによー。あたしの裸見てドキドキしてるくせによー!」
そんなわけないでしょ! と、俺は怒鳴った。
「ごめんください」
と、そのとき。
扉を叩く音がした。
俺はマチルダを追いかけるのを諦め、入り口へと向かった。
「申し訳ありません、夜分遅くに」
扉の外には、見覚えのある妙齢の使用人がいた。
最初に俺を家に入れてくれた、あの女性だ。
「あ、すいません。五月蝿かったですか」
「いえ、そうではなく」
彼女はキョロキョロと辺りを伺った。
それから言った。
「少し、話がありまして。よろしければ、中に入れてもらえますでしょうか」
「話?」
「カワカミ様」
古株のメイドは声を一段下げ、耳打ちするように言った。
「カワカミ様は、ただの人形売りではないのでしょう?」
俺は頬をほりほりと掻いた。
それから「はい」と頷いて、彼女を部屋の中へと招き入れた。




