物語4・3
次の日は休日だった。
あんなことがあった翌日の休日なんて当然気持ちよく過ごせるはずがなく、モヤついた頭を時々振りながら寝台でゴロゴロしていた。
腹も減らぬ。
胃って心臓より感情に直結してるなぁとたまに思う。
我心は胃にあり。
仰向けのまま事件の資料を眺める。読んでおけと言われて、昨日アルケスさんから借りたやつだ。すぐに渡してきたのを考えるに、ずっと手元に置いておいたんだなと物悲しい気持ちになる。
時間がないのでひと晩で読み込んだ。
事件の流れと、死者が出た五ヶ所の現場、犯人の名前、解明までに費やした人数など、ひととおり頭に詰めている。
現場は西と北に偏っていて、犯人の住んでいた場所も王国の西側だった。
「頭痛い~」
「お腹に乗りましょうか?」
「重みをくださ~い」
頭痛にはララのモフモフとちび状態の重みが効く。
というか明後日……明日か。ちゃんと計画立てておかないと。
モルロ爺もアルケスさんもゾゾさんも今日は仕事だから、こんなに暇を持て余しているのに話も聞きに行けない。考えることはいっぱいあるけど。当日の現場を嗅ぎ回るのは危険だからしないほうがいいよね。
ゾゾさんが寮に帰ってきたら明日のこと聞いてみよう。
にしてもあんな所業、死体蹴りでしかない。
昨日からずっとそればっかり考えている。
受付で起きたことは誰にも喋れないけど、こんなに酷いことを誰かがやっているのだということを大声で叫び回ってやりたい。
はからずも新聞を見て「大声で叫び回ってあげますよ!」などとトチ狂ったことをぬかしたヤヌスと同じ思考に陥る。
程度の差はあれど、なるほど、こんな気持ちだったのかヤヌス。
私だったら、と考える。
今の私の場合、所長が私だとしたら、愛している……かは分からないけど、所長にとってのエルーヴさんは、私にとってのアルウェス・ロックマンということになる。
現状は。気が変わらなければ。
それでもし相手が今後そうなってしまったとして、死後にあんな扱いをされたらと思うと、だ。
理不尽な出来事が起きたせいでこの世から愛しい人がいなくなってしまったのに、わざわざお墓から?
その人の骨を掘り出して、誰とも知れぬ人形を作って、白昼堂々送りつけてくる。
――考えるまでもなく確実に犯人の息の根を止めたいと思う。
「?」
ピキ、と何かが割れるような音がした。
資料を慌てて置き、ララを抱えて寝台から転がり落ちた。片膝をついて部屋中をキョロキョロ観察する。何奴!
寝台近くの窓を見ると、窓硝子が霜で覆われて氷結されているのが目に入った。
え? もしかして、ええ?!
か、考えてただけでペストクライブ起こしたってこと!?
考えただけで!?
窓についた霜を袖でゴシゴシこすって落とす。事件のことで敏感になりすぎていた。
ふぅ、危ない危ない考えちゃ駄目、寮が氷山になる。
私って……私、おおお……本当に好きなんだ。
達観した。
とにかく、考えただけの私がこんなふうになるのだから、所長なんてそれの比ではないはず。
モルロ爺とアルケスさんが頑なに所長に知られるのを嫌がったわけがわかる。
あの力の強い人が我を忘れたとき、何が起こるのかの懸念もあるが、今考えてみて分かったのは、こんな思いは絶対にさせたくないということだ。
もし私に同じことが起こったら?
抹殺だけじゃ気が済まないと思う。
気分転換に寮から出て、ララに乗り空をフラつく。
死んだ人の骨を使って化けさせて、その人にゆかりのある人物に近づいてくるとか、ああおぞましい。ああ無理無理無理。
……どうしよう全然気分転換にならない。
すぐ思い出すじゃん。
どんな目的でそんなことをやろうと思い立ったのか、こんな卑劣なことをやる人間は人間じゃないんじゃないかと思うものの、そういうことをしそうなのもまた人間的な部分があって、気持ちが悪くなってくる。
嫌なところを針でツンツンしてくるような器用さだ。
はぁ。
思い出すたびに猛獣並みの歯茎になるせいで歯がちょっと乾いてきた。
唇を閉じて潤いを与える。むぐむぐ。
……はぁぁ。
こんなこと考えてたって解決するわけでもないのに、悪いことっていうのは良いことよりもずっと心に居座る面積がでかいからたちが悪い。
「自己犠牲精神って、どうやったら直ると思う?」
ララの背中に抱きついて風を感じる。
ララには昨日のことを話している。
明日の移動を考えると、経緯を話して何をするのかを説明しておいたほうがいいはずだ。アルケスさんにも承諾済み。
いい仕事には信頼と連携が不可欠。
「その方の個性だとも思いますが、簡単に直せるものではないとは思います」
「でもその……直させたいのよ」
アルウェス・ハーデス・アーノルド・フォデューリという無鉄砲野郎をね。
エルーヴさんが亡くなってしまった理由を聞いてから、私は胸に引っ掛かるものがあった。
黒天馬事件の犯人が仕掛けた魔法陣に捕らわれていた民間人を助けようと、自らが身代わりとなって魔法陣に入ってしまったから、エル―ヴさんは死んでしまった。
罠と分かっていたのに、自分から魔法陣の中に入って、陣を書き換えて、民間人を逃がした。
書き換えたら最後、民間人が魔法陣から出られても、書き換えた本人が出ることができない、中に入った人間を死に至らしめる最悪の魔法陣。
中に入らないと民間人を助けられなかったから、そうするしかなかったのだとアルケスさんは話していた。
このときの後悔があり、騎士団一丸となってその魔法陣の攻略法を数年後見つけることができたらしいが、気が晴れた者は一人もいなかったという。
むしろ虚しさを感じたのだと。
そこで思った。エル―ヴさんて誰かに似てるなって。
シュテーダルから私を、皆を、魔力が枯れ果てるまで守り続けていた男を。
「ナナリー様は私が怪我を負いそうになったら、身を挺してお守りくださると、おこがましくも自負しているのですが」
ララが方向を変えて、西のほうへ頭を向けた。
王都をまたいで、時計台や図書館の上を駆け抜けていく。
「それをやめてくださいと言ったところで聞くお方ではないことは承知ですので、私はそんなことが起こらないように危険を共に回避して行きたいと思っております」
「ら、ララちゃん? あれ? なんでここ……」
「ご不安そうでしたので、とりあえずお屋敷だけでもお見せできたらと」
誰とはララには言っていないのに、会話の節々で察したであろうララの洞察力に脱帽する。
なんとロックマン公爵領まで来てしまった。
方向を変えたときは何も思わなかったが、何回か見たことのある風景にもしやと聞いてみたら、私にロックマンの実家を見せたかったと。
ララが人間だったら間違いなく心療内科とか学校の生徒相談室とかで働いていたと思う。
「ですが……フォデューリ領のほうがよろしいですよね。ついこちらへ来てしまいました」
ロックマンとの観劇のちょっと前に、フォデューリ侯爵に領地が授けられていたということを聞いていた。西にある領地で、ここからは少し離れたところだ。
領地を持つ人間であるので、もうここへ帰ることがあまりないのは分かっている。
「フォデューリ領へ行きましょうか?」
気遣いの権化となったララに、ぶんぶん首を横に振る。
今までの驚異の遭遇率を考えると、絶対会いそうな気がするからやめておこう。
急に行ってもし遭遇しちゃったら、なんで来たんだと気持ち悪がられるかもしれないし……。
いやいや、私のこと好きらしいから通説でいけば嬉しく思ってくれたり……ダメだまだ気持ち悪いが勝つかもな。
それに会おうと思ってきたわけではない。
あの所長の話を聞いたらいてもたってもいられなくなった私を心配して、ララがここまで連れて来てくれただけだ。
責任感とかなんでも引き受ける自己犠牲精神が、どことなく似てたから。
「ありがとう。大丈夫! こっちのほうが見慣れてて元気出た!」
「元気が出たんですね」
「げ、あ、はい出ました」
「よかったです」
好きな奴の家見せれば元気になる女だと思われた。
兄弟姉妹はいないけど、いたらこんな感じでお互いなんでも分かっちゃったりするのかな。
ララは妹みたいで、姉みたいでもある。
もふもふの背中に抱きついて頬でスリスリする。
あ~気持ちがいい。
筆記用具を買いに行きたかったのを思い出して、東の王都まで飛んでもらうことにした。
街の景色は色変わりし、単調だった空離れの季節から色のある光の季節へと移っていた。
日差しは柔らかく、風は涼しく、陽気のいい日は外に人がたくさん出ている。
こういう日は学生が課外授業しているところが多い。さっきも三組ぐらいの団体がハリョウ山に登っていた。
私も五年生のときに登ったなぁ。
「通りの入り口で降りますか?」
「少し散歩したいから、ここがいいかも」
東の街に降りて、ララを肩に乗せる。
新しい文房具店ができたと破魔士の女性に聞いていたので、今日はそこへ向かおうと思う。
贔屓にしているお店は他にあるが、新しいものには目がない。服はボロ雑巾になるまで着るが、文具は別だ。買うかどうかは別にして、どうしても一回お邪魔してみたい欲が沸いてうずうずしてしまう。この気持ちは止められない。
簡単な地図をもらっていたので、それを頼りに大通りを目指す。
う~んいい匂い~。これはどこから……ハッ、あそこも新しくできた生菓子店じゃない!? 白と水色のお花がいっぱい飾られた喫茶付き、買ったら食べてもいけるんだ!
おおっと! あそこのグルッピー焼きの店が改装してる。
広くなるのかな。グルッピー焼きおいしいもん。丸くてもちもちの生地が私は好きだ。新しい味が登場? 何味……塩辛!? 甘い生地に塩辛!? 絶対おいしいやつだ!
文具店にたどり着くまで長くなりそうだった。
――カラン。
食べ物の店が集中している通りから服飾店が並ぶ道に出ると、花束を手に持ったサタナースが宝石店から出てくるのが見えた。
こんなところで奇遇だ。
ロックマンとは約束をしなくても遭遇する率が高いのに、サタナースに関しては約束をしない限り会うことはない。
その約束だってベンジャミンとの約束のついでで会うようなものだ。
久しぶりに見た姿に声をかけようとして、ピタっと止まる。
おや? なんだかあいつ、いつもよりお洒落だぞ。
ここからでも分かるくらい靴がピカピカだ。灰色のシャツに白い下衣。黒いタイをしている。
「サタナース様、おしゃれですね」
ララも思ったらしい。
なんであんなにしゃれこんでいるんだ。身だしなみにやっと目覚めたのか。
穴が開くほど観察していると、私が見過ぎていたのが原因か、サタナースがこっちを向いた。
そしてすぐに顔を逸らして反対側へ歩いて行った。気がついてないみたいだ。
と思っていたらクルっと向きを変えて、私と目が合う。
お、やっほ~と手を振っているとツカツカ歩いて近づいてきた。
凄みのある顔で。
「よぉよぉナナリーちゃん。ごぶさただな」
「ガラわる……」
ガタイも態度も随分でかくなった男に顔をしかめつつ、サタナースの持つ花束に目が行く。
私の視線の先を見て、サタナースは慌てて背中に花束を隠した。
「おま……黙っとけよ、いいな。何も見なかったと回れ右をして立ち去れ」
「一人で、宝石買って、ベンジャミンの髪色の、花束持って、誕生日でもないのに……」
「口に出して整理すんな」
「もしかして」
「言うなよ! 何もしゃべんなよ! 成功確率が落ちる!」
「成功?」
「…………お前、この状況なんだと思って見てたんだ」
「え……お誕生日にベンジャミンへ贈り物用意し忘れてそれを許してもらおうと後日こうして買いに出ているのかと」
「ああそうだそうだ。じゃあな」
「一生涯を共にしてくれと言うつもりなのかと」
「んだよ分かってんじゃねぇか!!」
しゃがみこんで地面に向かって叫んでいる。うるさい奴だ。
十割方成功だと思うが、サタナースの言うとおり騒がないでいたほうが、なんかいい気がする。
成功を願うこともせず心配もせず、ただこの衝撃を胸に私は今日を乗り越える。
私とサタナースは何も話さず、目線だけで頷き合った。
じゃあまた。
おう。
…………。
…………。
…………。
「…………」
…………大きな声で叫び回りたいぃ!!
ヤヌスの気持ち分かるよ!!




