物語4・2
「ほぉほぉ。これまた骨とな」
「また変なもの持ってきたな。趣味なのか」
資料室へつくと、モルロ爺とアルケスさんがいた。
「またでもないし趣味でもないわよ! なに笑ってんのモルロ爺!」
両手に拳を握りゾゾさんが二人に噛みつく。
所長が不在のときは必ずアルケスさんがいるためとても心強い。
何かあれば絶対に処理してくれるので、彼がここからいなくなったらどうなるのだろうと考えることもある。
モルロ爺ことモルロ・べネスはこのハーレで最年長の職員だが、出勤数はかなり少なく会議の日を含めて月に一、二回見かけたら運がいいほどである。
ちょこちょこ働きながら余生を楽しんでいるらしい。
所長やアルケスさんの相談役にもなっているので、私たちにとっての二人みたいなものなのだろう。平職員の相談にも乗っていたりするので(家買いたいとか人生設計的な相談多し)みんなのよきお爺ちゃんであったりもする。
机に置いた骨を見て、二人は考える仕草を見せる。
記憶探知をして、まずはこれが何の骨であるのかを確認するかと話し出した。
人の血肉を使った人形術は制度が高く、本来であればあんな解除の呪文ごときで敗れるものではないのだが、すぐに骨に戻ってしまったということからしてこの骨は最近のものではないのではとアルケスさんは言う。
「記憶探知で追えるのはこの骨の持ち主……いや獣の骨かもしれんが、わかるのは何の骨なのかまでだ。骨に肉でもついていれば誰が拾ったのかもわかるだろうが」
骨だと肉の記憶が色濃く残ってしまっているため記憶探知にはあまり向かず、生前の姿のみが映し出される程度になる。
再現できて亡くなる際に着ていた服あたりがギリギリだ。
「とりあえずやってみよう」
アルケスさんが反時計回りに指を回し始めた。
モルロ爺があまり気分のいい物ではないから目を閉じていたほうがいいと囁き声で忠告してくれたが、骨に肉が付き始めたところで私は彼の言わんとしていることを察した。
肉がべちゃりと骨に纏わりついていき、鋤骨肋骨、心臓、筋肉、神経、と治癒の授業で見た人体模型のような状態の人間ができあがっていく。
ゾゾさんは黙ってそれを見ていた。
私は口をおさえて目をそらしたくなったが、彼らのように慣れなければいざというときに何もできなくなると思いなおし、目を細めながら完成していく肉体に視線を固定した。
見る限り男性の身体であるということがわかってくるが、出来上がっていく裸体に恥ずかしさやそういう気持ちは一切湧かなかった。
顔が再現されていく途中で、アルケスさんが一瞬指を止める。
「どうしたの?」
「いや、そんなはずは」
「これはどういう……いったいどこから引っ張って来た骨か!」
モルロ爺が叫ぶ中、アルケスさんは再び指を回す。
服まで精巧に巻き戻されたその姿は、どこか既視感があり私自身変な感覚になった。
「黒い騎士服ですか? それに顔が」
騎士団に所属している者が着用している黒い騎士服、しかも普通の騎士服ではなくゼノン王子や騎士団長など役職を持った騎士がまとっている装飾の少し多い制服を着ていた。顔を見たことはないのは確かだが、どこかで見たようなおかしな気分になる。茶色い瞳、肩まで伸びた茶色い髪、アルケスさんよりスラリと背の高い、とても綺麗な顔をした男性だった。
「……ナナリーよくやった」
「いえそこまで、は」
アルケスさんの発した言葉と彼のその表情は全く別物で、両眉を吊り上げ誰かを睨むような視線、額や首に青筋を立てて身体を震わせる様子に私は怖くなる。
それが私に向けられているわけではないとわかっていても恐ろしさを感じずにはいられなかった。
相当な怒りである。
声を荒げてはいないから余計にそれを感じる。
「こんなものテオドラに見せてはならん」
魔法を解け、とモルロ爺が言った。
何が何だかな様子の私とゾゾさんに、彼は口を開く。
「二人とも黒天馬事件は知っとるかね」
「十年以上前に起きた、所長が解決に貢献された事件ですよね」
「それがどうしたの?」
モルロ爺が唾を飲み込む音がした。
「黒天馬事件最後の犠牲者は当時騎士団長、エル―ヴ・ダルべスプ。グロウヴ・ダルべスプの双子の兄だ。そしてこの男がその騎士団長、エル―ヴ・ダルべスプ」
私たち二人は黙り込み、騎士服を着た男性を見上げた。
「ロクティス所長が愛していた人だよ」
肌に血の気のないその人は、アルケスさんの前で微笑んでいた。
「……え」
所長が愛していた人?
そんな人がいたなんてと一瞬驚いたが、前にハリス姉さんが言っていたことを思い出した。確かに言っていた。
でももう亡くなっているなんて、知らなかった。しかもその人の骨が今ここにある。
「骨がなんでここに? エル―ヴさんの骨はどこに埋められているんですか?」
「神殿にある王家の墓の横に埋葬している。だが誰があいつの骨を持ち出したんだか」
「問題なのはこの骨が誰の者なのかわかって使い、あえてテオドラに近づけようとしたのかどうかではないか? お前たちから見て怪しかったのなら、当然テオドラが対面しても見破ったろう。そもそも見破られるのを前提で仕掛けたのではないか」
「でも目的がわからないですね」
「騎士団に伝えますか?」
「んん……」
渋る二人に事の重大さを感じる。騎士団が絡んでいるのなら伝えるべきであるといつもなら思うが、そう単純な話でもないようだった。
「神殿と裁判院がかかわっている可能性はありますか?」
「ない、とは言えないが、ことを起こす意味がわからない。立場を危うくされるだけだぞ。それにこんな幼稚な真似するような人間がいるとは思えない。テオドラがいないのを知らなかったのもそうだが、誰かがその二つの組織に意識を向けさせようとしているんじゃないか」
「堂々巡りじゃな。このことは誰が知っている?」
「骨になった状態を見たのはピジェットさんとチーナ、ハリスさんとグウェンさんです。破魔士はいませんでしたがハーレ内には他に神官が二人いて、これを見ていたかどうかまでは分かりません」
あの神官たちにも確認したほうがいいか聞くが、表立って騒いだらテオドラに気づかれると言ってモルロ爺は首を振った。あくまでも所長には報告しないつもりでいるらしい。
でも人形術を解いたことは造った人間に伝わっているはずなので隠し通していたらむしろ危険なのではないか。
「本当に所長に伝えないつもりですか?」
「これ以上苦しめたくはない。死体を弄んだ人間がいると知れば、どんな手を使うかもしらん。我を忘れてほしくはない」
モルロ爺は悲し気に口を結んだ。
所長のことを考えてそう思うのは当然で、でも自分だったならと思うとそれも違うような気がしてならない。所長にまでなった彼女が、何も知らされず部下に気を遣われてめでたしめでたしなんて、あとから知っても安心はできず不信感が募ってしまうだろう。すべてを打ち明けた上で彼女を支えてあげればいいのではと考えている私に、アルケスさんが釘を刺す。
「駄目だぞ。喋ったら色々難癖付けて減給だ」
「ええ~!」
職権乱用である。
明後日、神殿に魔石を預けに行くついでに、内部を探ることになった。
神殿へ行くことは所長も知っているが、そこで何をするのかは彼女には伝えていない。
心にしこりが残ったまま調査に出ることになるが、アルケスさんたちの心配を破ってしまうのも望んではいないので、無理にでも自分へ納得させる。
『世の中には、破ったほうが良い約束もあるもの』
ふと、以前所長から言われたことを思い出す。
本当に? このままでいいの?
そう言われているような気がした。
『魔法世界の受付嬢になりたいです』
小説第五巻、アリアンローズより
2026年9月11日発売。




