物語3・18
一方で私とニケは友人の恋の行方に興奮するというよりは、感動にも似た気持ちで瞳を潤ませていた。
貴族の結婚や恋愛の普通がどんなものなのかを完全には理解していないけれど、手紙で聞いた話だとギチギチで自由はなさそうに見えていた。
だからこうして、ハイズ・ロックマンが恥も迷惑も承知の上で奪いに来て、マリスが笑顔でその手を取ったことに、とてつもなく胸が締め付けられたのである。
「あいつやっと来たか。遅いくらいだぞ」
困惑と歓声が入り混じった騒音の中、私たちのところへ近づいてきた王子は腕を組んでホッとした顔をする。
こっちに来る前から徐々に徐々に二人から離れていたのは目に確認できていたので、どこへ行くつもりかと見ていたら、ここだった。
「明日はこの話で持ち切りだろうな」
「お妃様選びはどうされるんです?」
「休憩だ。休憩」
疲れたからテラスのほうに行きたいと言い、ちょうど窓が開いている真後ろに、ニケとロックマン含めた四人で移動する。
王子がこっそり退散していることに気づいている人は何人いるのだろう。
「話題そらしの役目はじゅうぶんに果たせただろうさ。すまんナナリー、そこのカーテンは閉めてくれ。窓もな」
こんなところにいたら王子が行方をくらましたと大騒ぎになるのではないかと心配になったが、第二王子のノルティス殿下に『部屋で休むからあとは何とかしておいてくれ』と魔法で伝えておいたそうで、なんだかんだちゃっかりとしていた。
丸投げされたノルティス王子の気苦労は計り知れないが。
カーテンを閉じきる前に少しだけ中の様子を覗いてみると、若い女の子が何人かすすり泣いているのが目に入った。
二人の成就を目の当たりにした喜びの涙ではなさそうだった。年の頃は、おそらくハイズ・ロックマンと同じくらいだろう。
もしかしたら彼に思いを寄せていた子たちだったのだろうか。
兄に引けを取らずモテそうだから。
「傷心の王子ひきこもる。みたいな言葉が一面を飾るかもしれないよ」
「はは、いいんじゃないか?」
ロックマンの言葉に、最初からこの展開を望んでいたのか、王子は大成功だと嬉しそうに笑っていた。
自分のパーティーなのに失恋男の看板をぶら下げられてもいいとか、聖人通り越してもはや王子は神である。
しかし本当に新聞の一面にそう出てしまいそうなので、どうにかそこを上塗りできるような出来事が起きてほしい。
実は王子にも好きな人がいて、その人に決めましたみたいな。
「暑いな」
首元を人差し指で緩めて息を吐き、気を緩めている王子を見る。
……残念ながら、なさそうだ。
「ハイズの自信のないところが今ひとつマリスも引っかかっていたんだろうな。ああして攫いに来てくれた姿を見て、やっと吹っ切れたんじゃないか」
「世話の焼ける弟でごめんよ」
「かわいがって何も言えなかったお前が悪いんだぞ」
「それは違うな。好いてくれている女性を差し置いて、他の男をけしかける気には中々なれなくてね」
「昨日ハイズに何か言ったのか」
「帰りにちょっと寄って、突いただけだよ。マリスは腰抜けが大嫌いなんだよって」
顎に人差し指を添えて、片目を瞑るロックマン。
なんか……むかついただろうな、ハイズくん。
「はぁ、まぁよかった。とりあえず一生分のダンスを踊って疲れた。俺はこのまま宿舎に戻る」
「いえいえ殿下、ここからいなくなったらマズイですよ! 私はいちおう護衛という役割が、」
「まったく、口うるさい部下を持つと大変だ」
「きゃっ」
ゼノン王子はニケを横に抱き抱える。
抱えられた彼女の頬は一瞬で赤く火照り、信じられないという目で王子を凝視していた。
反射的になのか首に腕を回してしがみついている。
気をとられて呆けていたのも少しの間で、口を開いたり閉じたり足をバタつかせたりと落ち着きがなかった。
「お、おろしっ、いえ! お妃様選びはどうされるのですかっ」
「選べとは言われたが、決めろとは言われていない」
こんな人様に通じるか通じない屁理屈を言っている王子は初めて見る。
狼狽えていたニケもその言葉にはさすがに耐えられなかったのか、表情を失くしたあと、すぐにむせ込んで笑ってしまっていた。
ゼノン王子もそれを見て笑みを溢している。
和やかな空気の中、私はこの光景を誰も見ていないかどうか目を凝らして嗅ぎまわった。
見た限り、人っ子ひとりいない。
隣のテラスも、隣の隣のテラスにも人は出ていなかった。
よかった。
「見えなくしてあげようか」
ロックマンが指を振ると、二人の周りに薄いベールがかかり姿が消える。
でも声は聞こえているので、本当に行くのですか殿下!? や、落ち着け、といったやりとりは私たちだけに筒抜けであった。
「じゃあまたな。ドルド、行け」
使い魔のフェニクスを召喚して飛び乗ったのか、大きく風が巻き起こったあと、静かになる。
二人は去って、きっともうここにはいない。
残された私たちは、窓とカーテンを開けて一連の出来事で騒がしくなっている大広間を眺める。
王様は終始にこやかで表情を変えないし、ゼノン王子がいないことに気がついて探している女性たち、大臣は慌てているけど、ノルティス第二王子殿下はこの状況を楽しんで王子妃とダンスを踊り出しているし、それに合わせて音楽も奏でられるしで色々ごちゃっと、でも悪くはない余韻が広がっていた。
女性がこんなに集まっているせいか、王子が他の女性と結ばれなかったこともあってか、劇的な恋物語を間近で見られたと口々に話しているのが耳に入る。
マリスの御両親とロックマン公爵は、申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「二人……よかったの?」
「王子様の望みを叶えるのも仕事だからね」
「そっか」
「じゃあこっちも」
「えっ、ちょっ」
「寮まで送っていくよ」
突然横抱きに抱え上げられたので、ニケやマリスみたいに相手の首にしがみ付く形になった。指先に髪が絡まる。
こんなの、父から小さい頃にしてもらって以来だ。
見るぶんにはいいが、自分がこうなるのは率直に言って恥ずかしい。
しかもロックマンにされているこの状況が、誰にされるよりも何十倍も羞恥心が襲ってくる。
「一人で帰れるから! もう! メイド長にも言っておかなきゃだし!」
「これ以上ここにいたらユルゲイが近寄ってくる」
「ラス!?」
ぜんぜん関係のないラスの名前を出してきたかと思えば、ユーリを召喚してその背に乗せられる。
横抱きにされているのは変わらず、ユーリはそのまま飛び上がり、私の悲鳴は夜空の向こうに消えていった。




