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物語3・6

 時の番人はといえば相変わらずうるさかった。

 部屋に入ればいつもの白いごてごての台座にふんぞり返って立っている。両脇に二人の白騎士をはべらせて。

 どこの神様だってんだ。


「魔石ですー。ここ置いときますー。では失礼しますー」

「せっかくこの下僕どもにワシの武勇伝を聞かせていたというのに、不粋な小娘め。見ろ、話を遮られてガッカリしとるだろうが!!」


 騎士と目が合う。

 ガッカリ……というより同じ話を何度も聞かされたときのウンザリ顔と言ったほうがしっくりくる。


「ああ、またですか」


 どうせあれでしょう、偶然一人で太古の時代に飛べたっていうあの話をしたんでしょう。何回擦るんだあの話。

 あれはワシの蝋がまだピチピチだった頃~で必ず始まるその話は、凄い大昔に行けたけれど歩くことはできず唯一見ることができたのは釣竿を持った魚が池で絶滅種の蛙【ニペドン】を釣っている光景で、ポカンとしているうちに現代へ戻ってきていたという種も仕掛けもないしょうもないオチしか待ち受けていない。

 そして本人は十秒にも満たない僅かな体験をさも一日冒険したかのように語る。

 番人が飛べるのは人を伴っているときだけなので、単独で過去へ行けたのは奇跡に等しいことではあるのだが、せめて魚がなぜ蛙を釣っていたのか(手足どうなってるんだろう)という疑問まで解決してから話してほしいものである。中途半端な情報に夜な夜な妄想が止まらなくて困る。魚は釣られる側じゃないのか。

 しかもこの話をされたところで、番人との会話を外部に漏らすことができないから一人悶々するしかない。


「もう味しませんよその話」

「出がらしだと!?」


 お前はこれっぽっちも成長しておらんのう、ベンジャミンちゃんが恋しいっ、などと立て続けに言ってくるので私はニッコリ笑った。

 騎士に許可をもらって番人を持ち上げる。

 ちょっと重いなぁ。蝋人形って割れるのかな? 

 落としてやろうかと静かに脅したら涙を流して謝られたのでひとまず鬱憤は晴れる。こういうことは晴らせるうちに晴らしておいた方がいい。

 せいぜい余生は神殿で過ごしてくれ。聖なる場所にいればその煩悩もいずれ浄化されるだろう。


「グスッ」


 嫌味ったらしく言ったら、時の番人は珍しくショボンと項垂れた。

 いつもみたいに威勢のいい返しがくるのかと思ったらグスグス鼻をすすってしょげてるし、うつむいてぷるぷる震えていた。


 ……どうしよう、さすがに言い方がキツかったかもしれない。

 たぶん私がこのやり取りに慣れすぎたんだ。

 悪口の加減が緩んで、番人になら何を言ってもいいと麻痺していた。


「言葉が悪かったです、すみません。どうしたんですか?」

「城はいいが……ベンジャミンちゃんのところがよいのじゃっ、腕に抱かれたいのじゃっ、お前の顔よりチャーミーちゃんの顔が見たいのじゃ!」


 瞳ウルウルさせんな。

 言っておくけど私じゃなくてもそれ誰にも効かないからな。


「我が儘言わないでください」

「メラキッソスが生きていたら、こんなところに閉じ込められることもなかったんだが」

「メラ? 誰ですか?」

「あん? わしを作った魔法使いだ」

「……そういうことはここで言わないでください。また面倒なことになりますからね」

「面倒とはなんだ! 面倒とは! むぐっ、なひほ!」


 よく動く口を手で押さえこむ。私はニ~ッコリ笑った。

 時の番人の製作者なんて、そんな重要なことをここで暴露するな。

 今まで長いこと尋問されたりうんざりしていたのに、またそんな世界の秘密みたいなことを聞かされて面倒だとは思っても良いことを聞いちゃった! なんて思わない。

 でも、もしかしたらベンジャミンに話していたり、他の誰か、ここに来たときに王様とか偉い人に何か話しているかもしれない。

 念のため、私やここにいる以外の誰かにそのことを話したかどうか聞いてみた。

 すると、話していないと首を振られる。

 なん……もう……くそう。


「今のは聞かなかったことにしますから。それにきっと私じゃなくてこの場にいる騎士の方々が王様か騎士団長に話されると思うので、番人は聞かれたことに素直に応えてくださいね」

「魔石を運ぶのはこれからもお前がいいと伝えておくわい」

「嫌なんですけど」

「このかわいいワシを前に生意気な小娘じゃわい!」

「ハッ! かわいくないわい!!」


 キーキー互いに罵詈雑言を浴びせながら、扉をバンッと閉めて廊下に出た。

 防音の魔法がかかっているから中の声はもう聞こえないが、ぐちぐち文句を垂れている姿が目に浮かんだ。






 城の中を歩く。

 廊下と言えばいいのか通路と言えばいいのか、ここはとてつもなく広い。

 広すぎて自分の大きさを見失う。

 そう、今の私は例えるなら虫。

 人間の家に誤って入り込んだ虫の気持ちだ。

 ハーレの建物が丸々入れるくらいの幅広さ、天井だって鳥が飛んで巣が作れそうなくらい高い。

 外に近い場所と違って、番人がいる部屋の方、城の奥側は人が少ない。窓はあるが城下はほぼ見えない。

 けれど人が少ないわりに警備の白騎士が等間隔で配置されている。

 許可をもらって入っている虫だから歩けているが、無断侵入した虫は容赦なくたたき落とされること間違いなし。


「お腹すいた」


 このあたりはいつも甘い匂いがする。

 香水じゃなくてお菓子っぽい匂いだ。

 きっとこの近くにお菓子専用の厨房があると私はみている。

 プレーペンとかビーンパイ、マンテリの煮菓子、タマゲタクッキィの独特のあの香ばしい香りがぷんぷんする。

 夕飯時にこんな匂いを漂わせるなんてけしからぬ。特別な舞踏会だから今日は張り切って大量に作ってるんじゃないか。 

 食べられないのは百も承知。

 でも気になる、本当に厨房があるのか菓子があるのか。食べたい。いや食べられないのは百も承知なんだよ。

 ええいっ、どこだ! どこで作っているんだ!


「……だ、これを……」

「ですが……、はい……が」


 そんなことを嗅ぎ回っているおり、隊服を着たゼノン王子が部下らしき男性を連れているのが目に入った。

 王子は最近このあたりの部屋で書類仕事をしているそうで、今までも何度か行き合うことがあった。


 それより、こんな日でも隊服着てるんだ。

 大層なパーティーが今日あるなんて微塵も感じさせない、普段通りの恰好だった。

 前から来たので頭を下げていると、ナナリーじゃないかと声を掛けられる。


「ん? ……普通だな」

「普通ですか?」

「ああいや、なんでもない」

「なんですか」


 まるで普段が普通じゃないみたいな言い方である。


「忘れてくれ。今日も石か、ご苦労様」

「はい」


 さっぱりした笑顔でねぎらわれた。


「その……今日は舞踏会でお見合いなさるんですよね?」


 未だ隊服でいることが気になったので確認で聞いてみたら、ああそうだよ、と頷かれる。

 部下の男性は王子が手にしていた書類を受け取ると、急ぎ足でこの場を離れていった。


「直前まで騎士団でお仕事があるんですね」

「はは、いいことを教えてやろうか」


 おそれながら興味津々な気持ちが全面に出過ぎていたようだ。

 ゼノン王子が両腕を組んで前屈みになりコソっと耳打ちしてくる。


「実は、母上はマリスが大好きなんだ」


 大好き? ……王妃様が?

 口を大きくぱっくり開けた私を見て、ゼノン王子はクスリと笑った。


「だがマリスの気持ちを思えば、無理には推し進めたくない。妃にはなりたくないだろうから、母上と言えど俺は反対だ」

「逆に言えばマリスが了承すれば大丈夫なんですか?」

「総合的に考えれば、あいつが一番いいだろうとは思ってるよ。母の見立ては間違っていないんだ」

「誰が見てもいい女ですからね」


 こうなるとハイズ・ロックマンの敵は兄というよりもゼノン王子になる。


「マリスを推したいラブゴールの長老の気持ちもわかるが、あいつの心を第一に考えたい」


 恋敵であるマリスに他の男性を薦めようとはこれっぽっちも思わないが、ゼノン王子はきっと、妃になった女性を一生大切にするのだろう。


「自由に選べたら誰がいいかとか、気持ちとしてはあるんですか?」

「いや選ぶというのは、そうだな、言葉がいささか……。さまざまな覚悟があるうえで自分を選んでくれるのであれば、もちろん身辺調査が白な家柄に限るんだが、それは仕方がない精査ゆえに理解はしてもらいたい」

「それなら誰でも?」

「選ぶというよりは寧ろ選ばれる側だと、俺は思ってるよ。相手からしたら面倒だろうに」


 はにかむゼノン王子を見て、私はマリスが以前手紙で言っていた言葉に同意する。 

 絶対に、絶対に性格のいい野心のない超いい人がお妃様になってほしい。わかるよマリス。こんないい王子様他にいないよ。王子様なのになんて謙虚なんだ。

 死ぬまで納税を怠りません。


「面倒なわけあるもんですか! どうお育ちになったらそんな考えができるんです!? 好みないんですか!?」

「ないな。女性であればいい」


 ……ん?


「……本当ですか?」

「サタナース風に言うなら……そう、なんでもござれ、か」


 私は神妙な面持ちで意味を考える。

 それ、あの……それはそれで……。


「殿下ー! こちらにいらしたのですか!」


 女性のかわいらしい声が廊下に響いた。

 カツカツと靴音を立てて、声の主、ニケが駆け寄ってくる。

 手には丸めた紙の束を持っていた。

 ニケもまだ隊服を着ている。

 なんだか私の周りは仕事人間だらけだ。仕事人間というか、仕事が忙しい人間ばかりなんだろうけど。


「ナナリーは番人の石?」

「そうそう。今帰るところだったんだけど、殿下に挨拶をね」

「ハーレに石に忙しいわねぇ。そうだわ……はいこれ、あげるわ。甘いものは身体にいいのよ」


 そう言って懐から出されたのは、かわいい紙に包まれた黄色の飴玉だった。


「いつも持ち歩いているのか。俺も欲しいんだが」

「ないですね。毒味役を介してくださいね」

「毒て」

「冗談よ、冗談」

「んも~。ニケはまだ仕事あるの?」


 舞踏会に向けての着付けやお化粧の時間もとらないと間に合わないのではないかと勝手にニケの準備を心配していたが、このあとすぐに城の衣装部屋を借りてドレスに着替えるのだと聞いて勝手に安心する。

 メイドにお化粧も髪の毛もやってもらうらしい。

 ああ、そこにいられないのが残念で仕方がない。

 この美人の晴れ姿をだよ? 

 見られないなんて人生の半分は損している。


「今度こそ居場所は魔法で伝えてくださいね。いつも探しまわる私の身にもなってください」

「わかったよ。悪い悪い」


 ゼノン王子に色々小言をぶつけるニケは、周りも認めるような、確かに側近的な役割をしていた。これはご令嬢たちに殿下の情報を聞き込まれるわけだ。

 駄々をこねた末に(私にはそう見えた)あめ玉を獲得した王子に反省の色はなく、嬉しそうに手の中を見つめている。

 用を終えたからと、ニケは手を振って来た道を戻っていった。


 普段通りじゃないお城の中は、みんないつもよりちょっとだけ動きが速い。

 そんななか、ゼノン王子だけはいつも通りの穏やかな表情でニケの背中を見送っていた。


「飴は好きか?」

 

 姿が見えなくなると、王子は手のひらを見せてきた。

 飴……くれるのか。


「好きですよ。殿下は甘党ですか?」

「いいや」

「いらないならください」

「強欲だな」


 食い意地の張ったただの無礼な女になり下がる。

 毒味しましょうかとからかい半分に買って出た私に、ゼノン王子は必要ないと笑って食べた。

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