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物語3・5

 会いたかった。


『うん』


 まだ眠いよね。


『うん』

 

 もうすぐ帰るから、また食事に行こう。


『うん』


 好きだよ。


『うん』


 君は?


『大好きよ』



 





「魔石持って行きまーす」


 現在、神殿預かりになる前の一時的な措置で、時の番人は城に保管されていた。

 ということで、もうサタナースとベンジャミンの所に行く必要はなく、ゼノン王子から場所を聞かなくてもいい。

 ふぅ、良かった。あれって面倒臭いというか、みんな黙ってたけどそろそろこの回りくどいやり方から抜け出したいと思っていたはず。

 最後の通信で王子が「やっとか……」と何かから解放されたため息を聞いたときは、心の底からお疲れ様ですと両手をこすった。


 そういえば朝からこっぱずかしい夢を見た気がする。

 内容はあんまり覚えてないんだけど、たぶん夢に出てきたのはロックマンで、なんかやたらめったらベタベタしていた。頬に口づ……んんん、これって私の無意識の願望なの? 

 うっぇぇええ気持ち悪ぅぅ! 

 正気か!! ないわー!


「先輩! 今日ですよね、王子様のお妃様を決める舞踏会! こっそり見てきてくださいよ~」

「夢は託したわ」

「見たいけど、見れるかな」


 脳内でゲロゲロしながらチーナとゾゾさんのキラキラ光線を真正面から受ける。

 舞踏会、私もすっごく見たい。こんなパーティー滅多にないだろうし。

 今回のパーティーは歴史上一番の参加者数を誇り、このくらいのものが今までに開かれたのは二十三代前の王太子の大規模な合コン以来になる。

 合コン、とはすなわち合同結婚活動パーティーの略で、王太子主催により皆で仲良く結婚相手を探そうぜ会を開きました、という記述が古めかしい催事記録書にも残っている。

 こんなバ、ええまぁね、記録が仰々しい歴史書に残ってるんだから、今日のことが歴史に刻まれるのは確実。


「私が代わりに見てきてあげるわよ。こんな機会なかなかないんだから」


 いつのまにか所長が灰色のドレスに着替えて、事務所にいた。色は地味だが美しいドレス姿だった。

 壁にかけてあったローブを羽織って首紐を結んでいる。髪はまとめ上げていて、銀色の葉の髪飾りをつけていた。

 ドレス……?


 しかもさっきまで書類に埋もれていたのが嘘のように、わくわくした顔つきで拳を握っている。

 ドレス……?


 何かいいことでもあったのかってくらい気分ルンルンで鼻唄も歌っていた。

 ドレス……??


「何しに行くんですか?」

「何って、舞踏会に」


 私もチーナもゾゾさんも頭の上に「なんでドレス?」が浮かぶ。


「それはだって、国中の貴族の未婚の女性が対象でしょう? 子爵家の行き遅れ娘として行くわよ、もちろん」

「娘? ……令嬢!?」

「所長って貴族なんですか!?」


 令嬢なの!? 

 横にいたゾゾさんでさえ驚いていたので、どうやら周知の事実ではないようだ。

 所長は腰に手を当ててガハガハ笑っている。

 令嬢。令嬢!?


「親が貴族ってだけで、私に称号があるわけじゃないのよ?」

「テオドラはねぇ、自分がそっちの人間だってことほぼ忘れてるから。ルーデル子爵もかわいそうになるくらいだわ。この人、本名はテオドラ・デーメーテール・エレフテリア・ロクティス・ルーデルって言うのよ」

「やーだ、やめてよハリス、長いったらないわ。名前なんてもっと簡潔でいいのに。あら、ねぇ、後ろの交差してる部分の紐、もう少し引っ張ってくれない?」


 ハリス姉さんが所長のドレスのおなおしを手伝う。

 知っている人も知らない人も半々ずついて、ある人は笑っていたり、ある人は笑っている人に本当に!? と何度も聞いていたりした。

 ハリス姉さんは学生時代からの付き合いだったので知っていたようだ。

 でも公的な書類にそんな長々しい名前で署名してるの見たことないのに、今までどうしてたんだろう。偽造や省略もできないし、疑ってないけど本当に貴族……?

 だが私の疑問はすぐに解消した。

 働き始める際に子爵と所長が裁判院に出向いて、家名だけで名乗れるように嘆願したんだと。

 就職して結婚する気のない娘が、いつまでもルーデルを名乗るのを子爵が心配したそうだ。


「驚いた?」


 所長が私の顔を覗き込んで頭をしゃかしゃか撫でてくる。驚き様をお気に召されたのか、やけに機嫌がよかった。


「でも卒業してからあんまり帰ってないわね~。休みそんなにないし。最後に出たパーティーは仮面舞踏会だったしら」

「なんで出たんですか?」

「顔見せないで楽しめるならいいじゃない? でも結局途中から国王の魔法で仮面取られて声帯変化も解かれてルンルン気分がパァよ」

 

 ……。


「シーラの王女がいましたか?」

「ええ。よく知ってるわね」


 もー最悪だった~という所長の言葉に記憶が蘇る。

 あそこに、いたんだ所長。

 

 ーーチリン。

 ハーレの扉の鈴が鳴る。


「おい、迎えに来たぞ」


 魔導所の扉を開けて入ってきたのは騎士団長だった。


「やっぱりな。お前行くんだろ」

「はぁ!? なんで来るの!? 呼んでないんだけど!」


 所長がドン引いて後ずさる。

 騎士団長はいつもと装いが違い、騎士の服ではなく舞踏会にでも行くような、めかしこんだ格好をしていた。

 二人並ぶと、なんということでしょう、とてもお似合いです。


「……一人で入場する気か? 興味本位で参加するだろうから止めてくれって言われたんだが、本気で止めるぞ」

「ああ、母ね。もう!」


 さすが。遊びに行く気まんまんなのが実家にバレているのはなんとも所長らしい。


「ふん、いやよほっといて。これは義務なの、ごめんあそばせ~」

「お前なぁ」


 二人はにらみ合いながら魔導所から出ていった。

 となるとこの野次馬、ここの関係が地味に気になるところでもある。







 王の島まで飛んでいくと、厳重な警護が敷かれているのが遠目から見てもわかった。

 十二歳からの未婚の女性なので、学生の貴族令嬢も参加している。十二歳……。


「お兄さま、わたしきれい?」

「可愛いよ」

「王子様はわたしのこと好きになってくれるかしら?」


 さすがにゼノン王子も十二歳の子どもを選びはしないと思うが、ときめきに頬を赤く染めている幼い令嬢の姿を見るとつい応援したくなる。

 私もだいぶ昔に王子というものに恋焦がれたことがあった。お姫様にも興味があったし、なんならお金稼げばお姫様になれるのではないかと思っていたり、ちょっとイタイ思考回路で憧れていたことはある。

 王子様に恋い焦がれるのは、貴族の女性に生まれたなら誰しも一度は通る道なのだとマリスが豪語していたのも思い出す。

 悪い魔物や怪物、ときには人間にさらわれたお姫様を王子様が救う話なんてこの世にごまんとある。それこそ刷り込み教育かのごとく、王子様は勇敢で見目がよくかっこいい、という設定は多い。姫もしかり。大抵はかわいくて美人だ。

 でも読み手が女なら、姫の容姿は王子様と結ばれるなら顔が整っていなくても気にはならない。ときめきに胸を高鳴らせ、感情移入するからだ。

 でも王子様は違う。かっこよくなければ王子じゃない。王子様がかっこいいのは当たり前。それ以外なし。あと最終的にお姫様と結ばれないのもナシ。さもなくばこの世の幼女たちが暴動を起こす。

 ちなみにマリスはアルマン王太子が初恋らしい。

 顔を見たことがなかったのに名前だけでドキドキしていたそうだ。

 まぁそれは、のちに現れる男のおかげで綺麗さっぱり過去の想いとして、永遠に仕舞われることになるのだけれども。


「通って降りても大丈夫ですか?」

「はい、いつもの道は封鎖されているので、このまま城門まで進んでください」


 白い隊服を着た顔見知りの騎士が天馬に乗って警護していたので声を掛けた。

 普段は城門か広間へ続く扉の前を警護している人だった。今日は最大規模のパーティーにふさわしい警備になっているようで、城付きの白騎士も外の守備に駆り出されているみたいだった。

 しかも未婚の貴族の女性全員に舞踏会への招待状が撒かれたことにより、騎士団で活動している人間や王宮の侍女、並びにメイドとして出仕していている女性でも未婚の令嬢であれば舞踏会に出席しなくてはならない……ということは騎士の男性の中には妹や姉のパートナーとして舞踏会へ付き添うためにやむなく仕事を休んでいる者も多く、白騎士も外に出ずっぱりの状態なのだと言っていた。


 メイドも募集が間に合っていないのか、昨日まで募集のちらしがハーレの掲示板に貼られっぱなしだった。

 これもう大丈夫ですかね? 所長にそう聞いたら当日まで貼っておいてだって、と言われたのでギリギリまで集めたいという採用担当の人の気持ちが汲みとれる。

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