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物語3・4

「明日からまた留学で一年ほど国を出ます。立つ前に、どうしても貴女に会いたかったのです」


 まるで彼女にかしづく護衛騎士みたいに、ハイズ・ロックマンがマリスの前に膝まづく。

 爪の先まで立ち居振る舞いが綺麗で、笑顔が柔らかなハイズ青年。でも穏やかなのに、どこかキリッともしている。

 母親寄りか父親寄りかと聞かれたら、断然父親だと思う。


「兄にかなわないことはわかっています」


 かなわないって、もしかしてロックマンに? 

 この人、どこからどう見てもマリスのことが好きな風にしかみえないしな。

 本人も隠す気はこれっぽっちもないんだろうけど。


「ですが帰って来た暁には、どうか私の手を取っていただきたいのです」


 恋心を胸に秘めた……なんて表現が生ぬるいくらいの熱い視線で、マリスを見ている。恋は人をこんなにも蕩けさせるのか。

 ちょ、見ているこっちがドキドキしてくるんだけど。やだわ、暑い暑い。首もとを手でパタパタあおいで冷やす。ふー暑い。


 だがしかし。

 一直線ってこういうことを言うのだろうが、それにしては妙に自信がないような。

 マリスが誰を好きなのか、お姉様と呼んでいるあたり昔から交流があったんだろうし、なにしろロックマンが兄ということは普段から察するものもあっただろうに。それかマリス本人から聞いているか。


 なんてこった。

 辛い、辛すぎる。

 自信喪失しかけるのも無理はない。

 けれどもマリスにしてみればかなわないどうこうより好きな人の代わりなんてそもそもいないわけで、比べるものじゃないのよ云々などと説教でもしそうだ。

 そこにいる本人なんも言ってないけどさ。

 

 私は肩身を狭くして縮こまる。

 考える間もない。去ろう。

 雰囲気を邪魔しない程度に静かに椅子から腰を上げようとしたら、テーブルの下で足を踏まれて動きを止められた。

 マリスの、それはそれは長い足が私の足の甲をグニグニ踏みつけて引き留めている。


 痛いよぉ、怖いよぉ! 

 ほーれハイズ・ロックマン見ろ! 

 これが君の想い人の正体だ!


 心の叫び虚しく、見えない釘が打ち続けられている。

 ねぇむしろこれ私いないほうがいいんじゃないの!?

 頭がおかしくなったフリして叫べば執事の人が私をつまみ出してくれるかもしれない。よし、やってみよう。

 突然とち狂った友人に戸惑うかもしれないが、大丈夫、育まれた美しい友情はそんなものでは壊れない。

 ……にしても、魔法で消えるのもアリだけど、マリスがこんなに引き留めてくるってことは何かのっぴきならない事情でもあったり……? 

 大声を出すような空気の読めない人間でもないので、彼女の意を汲み引き続き大人しく縮こまることにする。

 空気、私は空気。


 コホン。

 マリスが咳払いした。


「ハイズ様、よしてください」


 澄まし顔でよくも言えたものだ。

 

「誰も貴女の伴侶に迎えないと約束してください」

「恋人でもないのに何をおっしゃっているのかしら」

「さるパーティーでは殿下の手を、けして取らないでください。周りは貴女を囲い込もうとするでしょうから」

「頭がおかしくなりまして? それにあなたは、わたくしの一年がどんなものなのかご存じないようね!」


 マリスにしては大きい声に、ハイズ・ロックマンが押し黙った。

 びっくりして黙ったというよりも、何も言い返せなくて黙ってしまったように見える。


「あなたには……他にもっとお似合いの方がいらっしゃるわ。学校での噂も聞きましてよ、お嬢様方に囲まれて楽しい時間を過ごされているようね」


 マリスはそっけない態度で青年から顔をそらした。

 はてさて、つまるところ二人はいったい何歳差なのか。

 魔法学校では噂も姿もなかったし、たぶんアルウェス・ロックマンとは六歳+四歳以上は離れているか、もしくは学校が被るくらいの年齢差だけど、事情があって王都にある都立魔法学校に通っていた、っていうこともあるのかもしれない。

 学校と言っているから、青年はまだ学生なはず。

 ということは兄と同様、同級生の女の子たちがこの青年にあらゆる狙いを定めている可能性があるわけだ。

 都立には王国学校よりも多く平民が通っているが、貴族の子どもも通っている。しかも外国からの生徒も受け入れている。

 血で血を争う校内紛争。繰り広げられる争奪戦。

 お嬢様方に囲まれているって、要するにそういうことだよね。

 本人は年上のお姉さんにぞっこんなのに。


「それは誤解です。貴女だけを」

「帰ってちょうだい」


 あちらへ移動しましょう。

 マリスに手を取られた私は、テーブルの前から微動だにしない青年を気にしながら彼女に付いて行く。


「いいの……?」

「ええ。最初からお話にならないのよ」


 後ろ髪引かれる思いで振り返ったが、ハイズ・ロックマンは一礼をして屋敷の門から出ていった。

 何にも話そうとしないマリスを見ながら、私たちは生け垣のそばでそのまま二人、ずっと星を眺めていた。





 侯爵邸からの帰り。

 私を乗せて飛ぶララの背中に、ぎゅっとしがみついて目を閉じる。

 さっきの出来事を振り返ってみて後悔と反省点はいくつかあるが、まず一つ。

 なんとあらまぁ、クアーテ様よ。巨大な彗星がいつの間にか空にあったのに、流星群のほうは気づかないうちに消えていたなんて。

 くやしい! 奇跡を見逃した!

 きっと神妙な空気の際中に二つの共演が始まり、そのまま終わりを迎えたんだ。シュッて。

 だって空見てる場合じゃなかった。

 次は百年後だっけ……。122歳まで頑張ってみるか。


『またね』

『ええ。またお手紙を送るわね』


 結局何を喋っても上の空で、マリスは帰り際も最後までハイズ・ロックマンのことについて話そうとしなかった。

 でも星を眺めながら心ここにあらずだったのを見る限り、心中穏やかではいられない様子だったのは確かだ。

 私も私で、偶然とはいえあそこにいてよかったものかと延々考える。

 絶対さ、私いらなかったよね。

 とんでもなくお邪魔虫だったよ私。恥ずかしかったよ。

 のっぴきならない事情? バカめ。

 引き留める理由とか考えてないでそのまま消えればいいんだよ。

 青年のほうも、なんでいるんだろう……って顔してたし、私もなんでここに自分がいるんだろうって思ったよ。青年、他に言いたいことあったんじゃないかな。でもなぜかここからこのバカ女ぜんぜん離れないし大切なこと言えない……そんな心の声が聞こえてきていた気もする。

 とんだ恥さらしだよ。


 留学と言っていたけれど、交換留学制度は私が通っていた魔法学校にもあって、彼もきっとそれに選ばれたんだろう。

 私たちのときはアザブナー・キンズという男の子がスーラン皇国に行っていた。

 キンズはいつも成績順位が十位以内の生徒で、何よりあらゆる外国語が堪能だった。将来は国をまたにかける商人になりたいとも言っていたような。商人になれているのかはまったく耳に入ってこないけど、世界を歩き回っていることは風の噂で聞いている。

 ハイズ・ロックマンもとても優秀な生徒だから、そういう制度を使って外国に行くのかな。

 交換留学にはだいたい有望株が行くことが多い。将来の職はなんであれ、学ぶ意志が強く、国と国を結んでくれる可能性の高い、いうなれば学生版外交官のような役割も担っているので、きっと期待も大きいはず。


 でも一年は長い。

 たかが一年。されど一年。

 あの兄弟はそろいも揃って、長期でぶらぶらし過ぎている。ぶらぶら兄弟め。


 女性の一年はなめないほうがいい。

 まだ二十代前半だけど、マリスの言う通り時間は無駄にできない。

 将来設計をするときに、女性は若いうちにしなくてはならないことがたくさんあることを学生のときに知った。

 特に貴族の女性は跡取りを残さなくてはいけない圧もあるため、身体の健康年齢を考えれば悠長なことはしていられない。マリスは侯爵家を継ぐ女性でもあるので、勉強や仕事に加え、そこに長いこと時間を割くのは難しい。

 きっとハイズ・ロックマンもそれを感じているのに、学生である彼に大きく事を動かせるような大胆な行動ができるのか未知数だ。

 帰ってちょうだいと言われたときの彼の顔が、こう……胸がぎゅっとなるような切ない顔だったので、部外者と言えど多少なりとも心配になる。

 私がこうなんだから、それを向けられたマリスなんてきっと……きっと………どうなんだろう。


「マリスの気持ちなんてわからないし」

「みなさまは大人になられたのでしょうか?」

「え?」


 ララがぽろっと口にした。

 ふわふわの背中を撫でる。


「わたしたちリュコスも番を見つける時期がありますので、それと似ていますね」

「使い魔のあいだは番を見つけなくて大丈夫なの?」

「主人が番のような役割をしていますので、そのようなことは致しません」

「そうなんだ? ごめん勉強不足だったな」


 東の森の上を通ると、湖が見えた。

 彗星のせいかいつもより水面がチカチカと綺麗に光って見える。

 近くで見たらどんなだろうと気になってララに下へ降りるように頼んだら、一気に降下した。


 ひぃいい! 死ぬ!!


 最近ララは私を乗せて素早く移動するのが楽しいようで、頭が空中に置き去りになるような早技をきめられることが多い。

 元気でなによりです。



 湖の近くに降り立って、水面に映った星の光をじっと眺める。夜風が心地よくて、頬にかかった髪の毛も気にならない。

 今日みたいに、こんな風に空を見上げたり景色を楽しんだのはいつぶりだろう。色んな事があって、何かを心から楽しんだり没頭したり、そんなことをする時間が減っていた気がする。

 ちょっと色々あったけど、マリスが誘ってくれてよかった。

 花渡しは、今年もまたマリスにあげよう。

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