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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
19章 世界大戦への道
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194話 ポーランドの強気と満州の状態

争いは双方が強気になって発生することが多い。どちらかが、弱気になり下手しもてに出れば、強気のほうも無理をして戦争を仕掛けるよりも、下手になった相手を懐柔する方がはるかに得策だからだ。

そして下手が急に強気になった時、いままで吞んでかかっていた上手うわてのほうは「この野郎、生意気だ」と思わず手を出してしまう。


39年4月ドイツはダンツィヒの地位の再交渉をポーランドに呼びかける。「ポーランド回廊」を通るルートが建設された場合、ポーランドにダンツィヒ港の使用を恒久的に認めると提案したのだ。ヒットラーとすれば相当な譲歩だった。ところがポーランド政府はヒットラーを信用しない。このルート計画では貿易全体がドイツに依存することになり、ポーランドは必然的にドイツの防共協定に引きずり込まれると考えた。

「ポーランドはドイツの奴隷になる」そのような恐怖を感じたのだ。

ヒットラーは次のようにも提案している「ポーランドの外交政策に対する抵当権は、他国との政治的合意の締結を可能にする完全な自由を保証するものだ」

だが、ポーランド政府は「このような状況では、ドイツの提案は、ダンツィヒと回廊を横切る通路の問題と政治的な釣り合いのとれた問題と結びつかない。実質的にポーランドを反共ブロックに従属することになる。ワルシャワはその独立を維持する」と拒否してしまった。


ポーランドがドイツに一歩も退かない姿勢には、何としても独立を守ると言う気概があるが、チェンバレンの“ポーランドの独立保障”宣言も影響した。ポーランドはイギリスの後押しもあって、強く交渉に出たのだ。

ヒットラーが平和的に東に進もうとしても、交渉は困難になっていた。ドイツが実力行使に踏み切れば、チェンバレンの声明でイギリスやフランスが参戦してくる。それは何としてでも避けたかったが、ポーランドがとことん強気になってくるとヒットラーはいつまでも交渉に時間を掛けたくなくなってくる。

「イギリスとフランスの参戦の可能性はあるが、ポーランドに侵攻しても大丈夫ではないか。ラインラントの時も結局、戦争にはならなかった。今度も大丈夫ではないか」そんな思いが強くなってくる。

ドイツとポーランド双方の退くに退けない状態は次第に戦争を覚悟するまでになってくる。戦争の開始ゴングが鳴ろうとしていた。


ここで、戦争直前の状態を説明する前に日本のことも触れてみよう。

日本は高まるヨーロッパの緊張状態を遠くから眺めているだけだった。唯一の火種は中国問題だったが、37年4月に北支から日本軍の撤退が実現して、散発的な衝突こそ起きたものの、全面的な戦闘状態には至らなかった。日本軍は満州から一歩も出なかったし、中国も満州にまで遠征するほどの力を持っていなかった。

戦争の懸念があるとしたらソ連が満州に攻め入ることだった。

28年からのソ連の五か年計画により重工業が目覚ましく発展し、ソ連軍の機械化の充実ぶりは目覚ましかった。ソ連の極東軍も充実しており、満州に展開する関東軍の兵力とのバランスが崩れつつあったからだ。


石原莞爾は作戦課長になって次のように言っている。「初めて陸軍中央部に入り、非常に驚いたのは、日本の兵力、特に在満兵力の真に不十分なことでした。満州事変後二三年にして驚くべき国防上の欠陥を作っていたのでした」

彼は35年に作戦課長になるまで、国連総会に随行や内地勤務などして詳細な対ソ情報に接していなかった。

35年当時において、ソ連の極東戦力は、14個師団、飛行機950機、戦車850両。それに対し、在満兵力は5個師団、飛行機220機、戦車150両だ。

36年戦争指導課長に転ずると、「国防大綱」を立案した。これは、開戦初頭に一撃を加えるだけの兵力を持つ対ソ戦の配備を行おうとするものだった。それには航空兵力の充実を充実させ、対ソ持久戦の準備も必要と考えた。


正平も石原の“航空兵力を充実させる”考えに同意し、だからこそ空軍の創設を行った。ただ、まだ陸海空3軍を統括する、国防省が十分に機能を発揮するまでには時間を要すると考えていた。

「今はソ連軍が満州に侵攻してくれば、十分な兵力で迎え撃つのは難しい。できるだけソ連を刺激しないようにする」それが基本的な考えだった。

石原の考えは対ソ戦では先制攻撃を考えていたが、正平はいたずらにソ連を刺激するだけと先制攻撃を却下した。

「今の、財政状況ではソ連とまともに戦争することはできない。ソ連のように戦力を充実させるために予算を軍事費だけに注力するなど俺にはできない。今は国内の戦闘機製造を急がせ、航空兵を訓練させ、練度を上げていくのが基本だ。」

「ソ連と比べて、在満兵力は劣っている。と言って、国内にある戦力を満州に注力するのはバランスを崩しかねない。」国防省が機能するまでは大きく国内兵力を移送するのは避けたかった。


「もしソ連が満州に侵攻したならどのくらい抵抗できるか?」正平は何度もソ連の侵攻にどれだけ耐え得るか検討させた。

「約二カ月でしょう」それが石原たちの答えだった。

「だったら、日本国内の兵力をひと月で、満州に送り込ませる準備を整えさせろ。関東軍がひと月だけ持ちこたえさせている間に反撃できる体制にする。陸軍と海軍の輸送能力を上げることが肝心になる」

そのための軍事訓練を陸海空合同で行うことが決定された。

遠くのヨーロッパ情勢に目を光らせながら、いつまた戦争が始まり、それが満州に飛び火してこないか警戒しつつ、正平は国防省の創立に頭を巡らしていた。


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