181話 自由主義、全体主義、社会主義
「塚田さんの気持ちは良く分かりました。民主主義は守らないとなりません。ここにいる皆も同じ気持ちです。ところで、政党名をどうされますか?」馬場が一同を代表するように賛意を示し、正平の考える政党名を尋ねた。
「自由党にしようかと思う」
「ほう。それは何故です?」
政党名は主義や主張を盛り込むことだ。自由を名乗ることは自由主義経済を目指すとしたものだった。だが、このころ、自由主義には疑問が持たれていた。
ロシアが社会主義国となり、ソ連となって、大躍進を遂げていた。ドイツもヒットラーが政権を握ってから全体主義国として、経済発展は目覚ましいものだった。
それに引き換え、自由主義経済の国は停滞を続けている。アメリカから発生した世界恐慌から未だに多くの国で抜け出せないでいる。
「自由主義経済では不況から抜け出せない。国家が直接経済運営をした方が良いのではないか」このような考えが各国の知識人に広まっていた。
日本にもその考えが浸透していた。永田鉄山は軍人としての発想ではあるが、「『国家統制論』はまさしく全体主義の考えであった。
「ソ連は共産主義を目指し、ドイツは全体主義の道を歩んでいる。どちらも目覚ましく国力が発展しており、日本もソ連やドイツのやり方を見倣おうと主張する人もいる。だが、ソ連やドイツのやり方は最近始まったばかりで、本当にすぐれているのかまだ証明されてないだろう。ドイツやソ連が今のやり方を続けていって、本当に豊かな国になれるのか分からないだろう。
後50年、100年経ってみないと本当に優れた経済政策なのかわからないではないか?」その正平の疑問に誰も答えられない。
「私は、どのような経済政策が優れているのか、正直分からない。さっきも言ったように、100年後の先の未来を見通せるほど経済知識も持ち合わせてない。偉い経済学者がそれぞれの理論を打ち立てているが、どれだって、まだ実証などされてない。実験的な経済理論だと思う。ソ連やドイツの経済政策は素晴らしいと持ち上げる人がいるが、まだ、世界一豊かで強い国になってない。
それなら、いま世界で一番になった国のやり方を真似する方が確かだと思う」
「塚田さんの豊かな国と言うのはアメリカをさしていると思いますが、今、アメリカの経済はどん底だと思います。アメリカの真似をして大丈夫でしょうか?」
「確かに自由主義経済の欠点は好況と不況の波があることだ。国家が経済を運営すればそのような欠点がなくなると良く言われている。だがな、不況は本当に悪いことなのかと私は思っている」
意外な言葉に皆が黙る。
「景気が好況な時は多くの企業会社が儲かり、発展する。景気が悪くなれば会社は儲からなくなり、体力のない会社、経営効率の悪い会社は潰れることもある。だが、企業が潰れることは良いことでもあるんだ。不景気の時、社会から不要と思われる会社が消え、社会に良く貢献して受けいれられている会社が生き延びることでもある。世の中がいつまでも景気が良ければ、社会に不必要な会社までも残ってしまうんだ。不況は社会にとって必要な現象だと考えられないか?」
「それは分かりますな。商売時上手な店が残り、下手な店は消えるものです。私も店を潰してしまいましたが、今考えればもっと上手い商売のやり方はあったと思います。私はお客から好まれない商品を並べて失敗したが、隣は良く売れる品をたくさん並べていた。私には何が売れるかの眼識を持っていなかった。私により商売の上手な人が生き残るのは理屈に合いますね」
「安田は商売を例にとって、駄目な店がなくなることが必要だと言ってくれたが、会社や企業も同じだ。碌な製品しか作れない会社は潰れて当然なんだ。逆に潰れまいとして、良い商品を開発できた会社が生き残れる。それが社会には必要であり、不況は良い会社と悪い会社を見分ける機会でもあるんだ」
「なるほど、そう言うことですか、社会循環にとって、好況と不況が繰り返されるのは決して悪いことではないと言うことですな」金子の考えに一度も頷いた。
「私は国家が経済を統制するのは、間違っているかも知れないと考えるのはそれだ。国家が経済を統制すれば、碌な商品しか作れない企業でも残ってしまうからだ。良い会社か悪い会社かを決めるのは国家でなく、消費者であるべきなんだ。消費者に好まれる製品を提供できる会社こそ残るべきなんだ」
「それは確かにいえますね。ソ連で売られている物はどれもみんな同じで、消費者は選びようがありません。あれでは10年経っても店には同じものが並ぶでしょう」
「ソ連が今後、どのような社会になるのか分からないが、今の時点でソ連を真似するのは危険だと思う。それはドイツにも言える。
現在、世界で最も強く豊かな国はアメリカだ。そのアメリカも建国してわずか200年にもなってない。それなのに世界一の金持ちで強国になれたのだ。そのアメリカのやり方を真似した方が、良いだろうと思っている。
今のソ連やドイツが上手くいっているからと言って、50年、100年も上手くいくとは限らない。まだ、海の物とも山の物とも分からない共産主義や全体主義を真似るよりも、アメリカのやり方を真似た方が間違いないだろう。」
「国の基本方針は簡単に変えられない。50年、100年という長い目で見る必要があるのだ。そして冒険はできない。間違ったやり方で50年、100年も過ごしたなら、日本は立ち遅れるのだ。徳川の鎖国政策で日本は西洋文明を取り込むのが遅れた。誰も100年後までは予想できない。昔の江戸幕府の役人たちも200年後に日本が西洋から取り残されるとは思ってなかったのだ。
私も100年後の世界がどうなるかなど考えられない。だが、間違いの少なそうな道を選ぶのが賢明なやり方だと思っている。アメリカのやってきた方法を真似るのが一番無難だと思う。アメリカの優れた所は自由主義と民主主義だ。私はこれを基本に考えたい。」
「日本に民主主義と自由主義を確立する」
正平にとって、政治家として新たな決意を持った瞬間でもあった。




