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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
18章 産業振興と国土開発
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179話 軍再編法案

ただ気になることは少しでてきた。

与党内で軍再編に待ったをかけようとする勢力があることだった。

「政友会の状況がまとまりません」そう話すのは内務省の金子だ。彼は警察官僚でもあり、政党内部の動きにも精通している。

その彼が政友会の動きが怪しくなっていると言って来た。

立憲政友会は初代首相伊藤博文の肝いりででき、時の政権を支える立場にいた。2大政党時代には民政党と交互に政権を取り合うなど、活躍を見せて日本に本格的な政党時代を築くまでになっていた。しかし、軍部の力が増すにつれ、武力に怯え阿る姿勢を見せるようになり、犬養毅首相が暗殺された515事件後でも、政党政治の危機意識を持たなかった。それどころか民政党追い落としを図るなど、党利党略に走ったことで国民の信頼を失い、36年の選挙では総裁の鈴木喜三郎が落選するなど議席数を半減するほどの惨敗を喫した。その後は、広田内閣と塚田内閣でも民政党や昭和会と歩調を合わせ、与党となり大臣を送り込んでいた。

正平にとっても政友会は内閣を支える主要な柱であり、軍再編法案の国会通過のためにも揉め事は起きて欲しくなかった。

「内輪もめがあるのか?」

「ええ、まず鈴木総裁が病気で党運営がごたごたです。内紛はまだ表に出ていませんが、分裂騒ぎになるのは時間の問題でしょう。その中に、軍再編に物申す者がいます」

「と言うことは、再編法案を出しても政友会から反対票が出かねないと言うことか。民政党にはごたごたはないのか」

「民政党も一枚岩ではありませんが、反対票を出すような議員はでないと思います。ただここにきて、朝鮮と満州から手が伸びてきているのです。」

「手?」

「関東軍や朝鮮総督府は塚田さんの国内重視政策に反感を持っています。その中でも朝鮮と満州に進出した事業家は不満でしょう?今国会の最重要法案である軍再編法案を前にゆさぶりとかけてくると予想できます」


「塚田さんが朝鮮や満州に力を入れないからですよ」にたりと金子が言う。

正平が北支撤退と河本逮捕で、関東軍の一夕会や統制派だった板垣や東条、武藤を粛清した。これに合わせ、関東軍への締め付けを強くした。

満州や朝鮮において、日本人の事業活動は盛んで、鴨緑江の巨大な豊水ダム建設はその象徴とも言える。二千戸の現地人家屋が水没し、当然現地人の不満も上がっていたが、関東軍や朝鮮総督は強引に事業を押しすすめていた。正平の国内事業重視により、日本国政府からの資金は縮小され、これにより朝鮮総督と関東軍も単独のダム建設に慎重になるしかなかった。

それらの満州・朝鮮の事業展開企業が、満州や朝鮮への資金提供に前向きになるよう国会に働きかけていると言うのだ。

「特に政友会は分裂状態ですから、統制がとれませんよ。何かあれば足を引っ張る動きをするでしょう。

軍の再編計画は未曽有の大変革です。天皇に奏上して認められましたから、あからさまには反対しないでしょうが、法案の修正を言い出すでしょう。それを今の政友会幹部に押さえられるだけの力はありません」

と言って、今さら法案など引っ込めは出来ない。何の政党対策もないまま国会に上程することになった。


そして金子の予想した通り、軍再編法案は難航する。

軍都の構想が国民に知れ渡り、国軍の再編は既定路線化されつつあり、野党議員はともかく与党からは反対の声は上がらない。ところが多くの議員が総論賛成各論反対を言い出したのだ。

「陸、海、空の大臣ができて、国防大臣までできたら、閣議は軍人だらけになります。これをどう考えられますか?」

「国防省ビルは巨大すぎではありませんか?そもそも一つの建物に陸海空の三軍を入れる必要があるのですか?」

政友会の議員は法案に賛成と言いながら、各論では疑問点をぶつけてくる。一つずつ答えていくのだが、時間だけが経過して審議が進まない。この政友会議員の各論質問に続いて、野党議員は軍事費の増大を問題にした。

「昨年、北支から撤兵させたのは良いことだが、平時だと言うのに戦時並みの軍事費なのはどうしてなのか?国家予算において軍事費の占める割合は3割を大きく超えている。更に軍都の建設など、軍事費は更に増えようとしている。塚田内閣は戦時内閣なのか?」

ここで、正平は軍都建設でも実際には公共事業の性格が強く、軍事費増強にならないと本音を言うわけにはいかない。そんなことを言おうものなら、軍部や伝統右翼、そして軍部に近い政友会議員が蜂の巣をつついた騒ぎになるだろう。

「確かに、我が国はどこの国とも争ってはいないが、有事に備える必要がある。軍都の建設は陸、海、空の3軍が統一される効果が期待できる。そのための予算なのです」と当たり障りのない答弁を繰り返した。


結局、法案が衆議院を通過したのは2カ月近くようしてしまった。貴族院で可決され、天皇陛下の裁可を得られたのは初夏になってしまう。貴族院でさして大きな問題にならなかっただけに、衆議院の3分の2を占める与党議員の非協力ぶりは正平に相当堪えた。

各大臣ばかりではなく、裏方になって、法案通過に尽力したのは勉強会のメンバーたちだ。陸軍の水野、海軍の岡田などは国会の審議が遅れるたびに呼ばれ、資料の提出に追われた。また大蔵省の馬場や内務省の金子なども引きずり回されていた。

法案が通過し、日差しの強い昼下がりに慰労会を兼ねて、正平はメンバーを集めた。

何となくだが、メンバー全員、『軍再編法案』成立にほっとした表情を浮かべている。


「今度の法案成立にはみんなの協力のおかげだ。感謝する。君たちの感想を聞きたい」

すると「政友会の非協力ぶりはひどいものでしたからな。いっそのこと政友会を切り捨ててはどうですか?」水野は大胆なことを言い出した。

水野は法案が採決されようとしても、何度か政友会議員から待ったをかけられ、煮え湯を飲まされており、相当頭に来ていた。

「いや、それは賢明と言えません。政友会から3人の大臣を迎えており、政友会を切るとなれば、この大臣の離反は免れません。そうなると、内閣を潰して大臣を選びなおさないといけなくなります」馬場が反対する。

「そうですよ。まだ、この内閣でやってもらうことがあります。倒れては困ります」馬場の頭には財政健全化が常にある。塚田内閣は国民の人気が高く、緊縮予算にしても国民の不満が起こりにくく、正平に財政健全化に取り組んで欲しい。

「政友会を切り捨てるのは少し言い過ぎでしたが、切り崩すのは出来るでしょう。10人程度なら今すぐにでも昭和会に引き込むことができるでしょう。政友会の勢力を弱めるのは『あり』と思います」水野は殺気の発言を訂正する。

「それは言えますね。政友会のごたごたに付き合わされては、重要法案の通過が遅れるばかりです」馬場が同調する。

「ただ、昭和会をもっとコントロールしないと、こちらの思う通りに動いてくれないでしょう」金子は昭和会に少し懐疑的だ。


その言葉によって、話題が政党のありかたになっていく。正平はここで次のような質問をした。

「やはり、自前の政党でないと、重要な法案一つ通すことができない。やはり自前の党を作るしかないと思うが、みんなの考えはどうだ」

「塚田さんは、政党を作りたいのですね」安田留松が確認する。

彼が、昭和会に送り込まれたのは、昭和会をコントロールすることと、将来は正平の政党にする腹積もりあった。

その言葉に正平は頷いて肯定する。


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― 新着の感想 ―
[一言] 殺気の発言>>言い得て妙ですね。
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