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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
18章 産業振興と国土開発
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174話 財閥

料亭「椿」は大通りから引っ込んで、静かなたたずまいを示していた。少し古風な見越しの松のある門を潜ると、外の喧噪は一気に鎮まっていた。

「私はこういう所は初めてなのですが、落ち着きます」

「はい、ありがとうございます」率直な感想に案内の女将は微笑んでくれた。ただそれ以上の言葉は漏れなかった。

「皆さま、すでにお待ちかねです」

正平が約束に時間に遅れていたのではなかったが、もうすでに来ていたというのは彼らの期待の表れでもある。


「お待たせしました。塚田です」集まった面々は4人。全て日本の経済界を牛耳る財閥のトップばかりだ。

「こちらこそ、総理とは早くにお話を聞きたいと思っておりました」そう口を開いたのは、住友財閥の工藤だった。この中では最年長で、今回の口利きでもあった。

塚田は軍人で技術畑を歩んできたことが多く、経済界、特に財閥と呼ばれるような者たちとの接触はなかった。戦車や飛行機開発で、民間人と話すことは在ってもトップ経営者とは話したこともなかった。

首相となって、アメリカの経営者と日本の経営者の違いも知りたいと思っていると、先方から接触があり会合を持つことになった。


「私らも総理のお考えを1日も早く知りたいと思っておりました」続いて口を開いたのは安田財閥を率いる安田友右衛門である。彼は財閥としてはこの中で小さいが、他唯一の財閥創業者でありそれだけ、他者よりも敬意されていた。

座談は経済、政治、世界情勢など幅広く行われたが、財閥長老たちは正平の話に耳を傾けるばかりで本音は語ろうとしなかった。

「皆さんはどのような商売に関心がおありですか?」

「それは、儲かる話ですよ」あっけらかんと言ったのは三井の島田だった。唯一の50代でこの中で最年少だった。小太りの赤ら顔で、精力的な発言が会合を明るいものにしていた。

「そう言われると見もふたもないですが、一応私が考えている政府の方針を言います」島田の発言で、単なる顔見世だけでは意味がないと考え、踏み込むことにした。

「私は皆さんに、日本の基幹産業に集中してもらいたいと思うのです。皆さんは財力も人材も豊富で、それを活用すればほぼ日本の全産業を支配できるでしょう。ただそうすると、他の国民はあなた方の下請けや奉公人に成り下がってしまう。それでは普通の国民は息苦しくなるし、あなた方への反感も高まる。あなた方の財力や人材は国家の基幹産業に集中してもらえればと思うのです」

「基幹産業とは何を指すのですかな」友右衛門はすかさず聞き返した。

「金融、鉱山開発、鉄鋼などです。勿論武器や弾薬などの軍需物資の製造も入ります。皆さんにはおもちゃや駄菓子まで何でも手をだして、他の業者を圧迫して欲しくはないのです」


正平の頭には独占禁止法がある。アメリカでは特許法により、発明者の権利が尊ばれ、エジソンなどが莫大な利益を得ていた。半面、特許の取得者が独占する形になって、他の者が新産業に参入できなくなってしまい、世界恐慌の要因と考えられるようになった。独占禁止法はそのような経緯から生まれた。

正平も日本経済を発展させてきたのは財閥の力だと評価はしているが、財閥に全産業を支配されている現状は好ましいものではないと考えていた。特に自動車産業などできたばかりで、規模の小さい会社しかない産業に大手財閥が乗り込んで来られてはひとたまりもないと見ていた。

「おもちゃや駄菓子に手をだすな」は正平の独占禁止法を意識した発言だった。

そこにいた者達は正平が何を考えているのか、その一言で認識した。座は白み、重苦しくなった。

その後10分程話をしたが、互いにその言葉に触れないまま、今後もお互いの考えを分かりえるよう会合を持つことにして別れた。

それが昨年の6月、始めて正平が財閥トップと会ったことだ。


その時の者達は年が明けて、集まった。

「どうですかな、塚田内閣の昨年の皆さんの評価は?」工藤が切り出した。

「なかなか、やると思いました。軍人上がりなので、軍事費増額ばかりやるのかと思っていましたが、富国のことも考えられてますな」年の若い島田が答える。

「その通りですよ。地方の失業者のために、道を作らせました。あれで、全国の地方の多くが道の工事をやり始め、農民が働き始めました。絹の価格が暴落して、収入がなくなった農家にとっては大きかったと思いますよ。この発想など、軍人には思いつかないでしょう。」そう言ったのは三菱の田村だ。痩せて小柄だが、眼光がひときわ鋭い。

「北支から無理やり撤退させた手際も見事です。御前会議をあのように使うなど、今までなかったことです」安田友右衛門も続く。

「皆さんも、高く評価されているのは分かります。私も同じです。そこで皆さんに質問ですが、塚田内閣はまだ続くと考えますか?」

「国民の人気も高いので、まだまだ持つと見て良いでしょう」友右衛門が返事する。

「ええ、そうです。国民の人気が高ければ、塚田内閣は続くでしょう。そしてまだ続くと想定して、今後我々はどのように付き合っていくか、考えるべきだと思いますがいかがでしょう?」

「いままで通り、会合していくのは良くないと?」島田は疑問顔だ。

「塚田内閣が短命に終われば、我々にはさして影響は出ません。しかし、もし長期に政権を握れば我々に不都合な政策を執るかもしれん。それなら、今からもっと深い繋がりを持っておくべきかと思うのだが」

「逆に今から、塚田内閣を潰すことも感がられますが。塚田首相は口こそ出さなかったが、独占禁止法を考えている。長期政権になればこれを持ち出さないとは限りません」と田村が言う。

「確かに、その手もあります。だが、今の塚田内閣なら我々に不都合はない。替わりの政権が良い政権になるってくれるとは限りません。」と友右衛門。

「そうですね。だからこそ、今から紐を付けて塚田さんには我々の話をもっと聞いてもらうようにしようと言うのです」

「つまり、塚田さんに支援をしましょうと言うことですね」

その問いかけに、誰も何も言わず頷いた。


今回の話は、当時の4大財閥のトップが一堂に会合することがあったという資料はなく、私の妄想です。会話に出てくる人物も特定に人を念頭にしたものではありません。ただ、正平と財閥とにこのような関係になれば物語が面白くなりそうだと考え入れました。

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