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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
17章 外国交渉
165/257

165話 ドイツの情勢

歴史と言うのは、たまたま個性の強い人物を一度に登場させるものだ。

33年はアメリカでルーズベルトが大統領になり、ドイツではヒットラー政権が誕生した。この個性の強い二人の指導者により、世界は大きく変わっていく。


ナチス政権がドイツに誕生した時、ドイツは世界恐慌のあおりを受けて経済が落ち込み、失業者であふれていた。

世界大戦の戦勝国のイギリス、フランスなどは、経済不況から脱出するために、国内外の市場を囲い込む、いわゆるブロック経済に移ろうとした。ドイツの工業製品はイギリスやフランスから締め出されることになり、ようやく敗戦の痛手から立ち直ろうとしたドイツは再び大不況に落ち込んでしまった。

この経済困難を克服するにはナチスの政策に頼るしかないと国民が考えたのも当然だし、敗戦で古い体制が壊れて、ナチスの全体主義の経済システムを受け入れることに大きな抵抗がなかった。


ナチスは失業対策に直接雇用と間接雇用の二つの対策を取った。直接雇用策としては公共事業で、失業者を直接雇用するもので、アウトバーンと呼ばれる高速道路建設、運河・橋梁などの土木事業を政府が発注し、労働者に働く場を用意した。間接雇用としては自動車税減免や各種企業減税により、企業活動を活発化させ、雇用を創出しようとした。これに近いことは前の政権でも行われていたし、ルーズベルトのニューディール政策も似通っているところがある。

ただ、ナチスはこれに全体主義、統制経済を組み込んだ。まず労働市場から若年労働者の供給を減らすために、勤労奉仕制度を導入した。18歳になった若者には一年間、公益事業に従事させた。始めは任意であったが、後に義務化している。次に女性の労働市場への参入を防ぐために、女子を家庭に戻す狙いから結婚奨励制度が導入された。結婚に際して女子には二度と勤めに出ない条件に多額の交付金を貸与し、出産すれば子供の数に応じて返済を減免した。第三に、失業者を軍隊に編入する措置を取った。これは徴兵制に関わることでヴェルサイユ条約にも違反するので、非軍事面に限られたが、失業者を少なくする効果があった。

これらの対策で、失業者は毎年100万人、減少させた。ただ、これは統計上の見た目の措置であり、本来の正規雇用を生み出したものではない。


ナチスドイツの巧みなことはこれらの失業対策によって、600万の失業者が次第に減少していく様子を上手く宣伝したことだ。ラジオや新聞のニュースを通じて、失業者の減少を報道した。ナチスの宣伝隊は、ヒットラーの下で国民が一丸となって、大事業を成し遂げ、「労働をめぐる戦いに勝利した」と大キャンペーンを繰り広げた。

ヒットラーの狙いは内部分裂を繰り返してきた国内の情勢を、失業問題に取り組み事で解消するものだった。

「ドイツ国民よ。お前が一つになれば、お前は強くなれる」ヒットラーが何度も繰り返したキャッチフレーズだ。

ドイツ国民をまとめあげることで、強いドイツの復活を狙った。

そして次の狙いは大国ドイツである。

鉄鉱石や石炭が産出するザール地方、条約でドイツ軍の進出を禁止されたラインラント地方、ポーランドの回廊と呼ばれる旧プロイセンの東ドイツ領。これらはドイツ国民が多く住みながらも、敗戦により失われた。ヒットラーにとっては是が非でも取り戻したい領土だった。


国内の失業対策に目途を付けたヒットラーは従来のワイマール政権で行っていた外交方針を転換する。

ワイマール政権は協調外交により、ヴェルサイユ条約を順守する考えだった。その成果も現れており、ラインラントからフランス軍の撤退、賠償問題の最終決着、軍備平等権の確立などがある。だが、失った領土問題は全くの手付かずだった。

ヒットラーはこれに我慢できるはずもない。ところが、直ちに取り戻そうとすぐには実力行使には出ない。平和主義者の仮面を前面に押し出し、交渉で問題を解決する姿勢を見せた。それでいながら軍首脳との秘密会談では武断主義者として、再軍備、徴兵制の導入などの本音を語っている。このあたりがヒットラーのしたたかな一面である。

そして35年にザール地方が住民投票によって、ドイツへの復帰が決まる。これは失業率の改善などドイツ経済に明るい兆しが見えたことでザールの住民がドイツを選んだ結果だった。これをナチスが宣伝してヒットラーによる勝利と称えたのは勿論だった。


自信を持ったヒットラーは公然とヴェルサイユ条約を破る行動に出る。

再軍備計画を隠そうともせず、徴兵制の復活、空軍の創設、平時兵力36師団を打ち出した。

だがこれによる弊害は経済面に現れる。軍需産業が活発になり、雇用を増やすことになったが、インフレを増進することにもなった。

再軍備のために物資を回したため、民需用の資材が不足し、物価高を引き起こしたのだ。

35年に全工業製品の中で消費財の占める割合は25%だったものが、38年には17%までになった。当然物の値段が上がり、ドイツ国民にしわ寄せがいった。

経済相は軍拡路線に反対したが、ヒットラーは聞き入れず、4か年計画の責任者は空軍大臣のゲーリングを任命する。

こうして、ドイツは軍拡路線にひた走り、国防費は国家予算の半分を占めるまでになる。

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