146話 反響
正平はアメリカでの体験から、国民の声が政治家に大きく影響することを見ていた。
「民主主義において、国民の声は選挙でしか表されないと言うが、それは違う。
俺が住んでいた町でも、市長の汚職を端緒に市政が大きく揺れ動いた。
最後まで市長は居座り続けたが、次の選挙には立つことも出来ず失脚した。
大統領についても同様だ。国民からの支持を失えば、行政能力に陰りが生じ、それが信頼喪失に、権威の失墜になる。
日本は立憲君主制で、天皇から内閣は権限と責任を委ねられている。しかし、国民からの信頼なければ、やはり行政を司ることが難しくなる。
信頼権威を失えば、官僚はそっぽを向くのがどの国にも言える。」
多くの首相を見てきたが、国民からの信頼を無くした時、官僚は忠実でなくなるし、時には背信行為に移るものだ。
内閣を懸命に支えようとするよりも、保身に走り内閣から遠ざかるものが出るのが普通だ。
「国民からの信頼を得るには、まず自分の考えを分かってもらうことだ。就任後すぐなら国民は新しい首相に期待している。
それなら、就任後すぐにラジオで自分の考えを説明したほうがいい」
ラジオで意見を表明する考えを言ったら、即座にメアリも賛成した。
「それは良い考えね。私は日本の政治家はもっとメディアに出て、考えを表明すべきと思っていたわ。」
かつては浜口元首相もラジオで声明を出したことがあるが、単発で終わった。
それでは国民への影響力が限られるとメアリは言う。
「一度だけの声明では、効果は限られる。国民に何度も言ってこそあなたの考えが受け入れられるわ」
ただラジオでの声明を定期化目指した時、同じ話ばかりしては、新鮮味がなくなり誰も興味を示さなくなることだ。
「国民から投書を募れば、興味は増すし、投書を取り上げることでマンネリ化もふせげるわ。やはり、投書の内容をラジオで発表した方が良いわ。できれば投書主の名前を出した方が親近感に繋がるし、投書した人が自分の投書を読み上げてくれると思ってくれれば、また関心を示してくれるようになるわ」
最もの意見だった。
「そしてラジオで語るなら出来るだけソフトで、易しい内容の方がよいでしょう」
やはり民主主義国で生まれ育った妻の意見は参考になる。
正平は陸相の時に国会質問を受けたが、公な場で意見表明を言う経験は少ない。
ラジオ出演前にメアリから口調のチェックを受けていた。
「大体いいけど、いつもよりゆっくりと、穏やかに話すことを心がければ、ソフトな感じになるわ」
そんな事前準備をして上での、ラジオの声明だった。
翌朝の各紙の報道は押し並べて好評だった。
「首相、ラジオで意見表明
昨夜塚田首相は政策を発表した。首相は富国強兵政策を維持するとしながらも民生向上に軸足を置くと表明した。
これはややもすると軍事費増大に力を入れてきた前政権と大いに異なる。そして地方の生活困窮にも触れ、農民の生活向上に道を造ると言明した。道造りは都市と地方を結ぶ根幹であり、これに力を注ぐことは大いに評価できる」
また各新聞社では首相が226事件に言明していたことにも注目した。これまで政府は226事件の詳細を公にしてこなかった。各紙も政府や軍部に遠慮して事件を詳細に伝えることを躊躇する傾向がある。それを首相自ら言明したことで、これから事件の背景などを報道できるようになった。何か流れが変わったと記者の中に感じ取った者もいた。
そして国民の反響は正平にとっても気になるところだ。
殆どの国民にとって、正平の肉声を聞くのは初めてだ。
何よりも現役軍人で軍事拡路線に走るのではないかと思われていただけに、民生を重要視する姿勢に共感の声が広まったようだ。
「あんな強面の顔つきなのに、優しい話し方だよな」
「ええ、強兵よりも富国を重視するとはっきり言った政治家はきっと初めてよ」
「地方の生活があんなにも苦しいなんて、知らなかった。娘を売るなんて初めて聞いたぞ」
「いや、噂にはあったよ、それをラジオで流されたことはなかっただけだ」
「でもそれが、226事件と結びついていたなんて」
「だから地方の貧困を解決しようと考えているのは分かる」
「道を造ることから始めるのも悪くない考えだ」
そのような声が多く上がった。
その反響は大変多きく、投書も多く寄せられたのだが、中にはラジオ局が宛先を明確に発表しなかったために、どこに送れば良いのかと苦情や問い合わせが多数に上るほどだった。
その投書の内容は概ね正平の考えを支持するものが多数で、批判は5%にすぎない。
「割と好評なものが多いようだな」当初に少し目を通しただけだが、批判的なものは少ないようだった。
その中でも特に多かったのが、うちの村の道を早く広げてくれというもので、批判的なものは軍事予算が縮小することの懸念だった。
「面白い投書は私にも読ませておいてくれ。また投書を整理して、支持するもの、批判的なもの、中立不明なもの、に分類しといてくれ。
それを次の放送で話す。」
「次の放送はいつごろになります?」
「4月中ごろでよいだろう。それまでには投書も分類するに必要な数にはなるだろうし、整理するのに問題ないな?」
「ええ、それは大丈夫です」
側近たちは次のラジオの声明に向けてしっかり準備を始めていた。




