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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
13章 激化する派閥争い
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117話 皇道派

名前の由来は、荒木貞夫が日本軍を「皇軍」と呼び、政財界を排除して、天皇親政による国家改造を説いたことによる。

この皇道派のメンバーには元帥の上原勇作の援助を受けた者も多く、薩摩閥との関係もあった。

山県有朋や田中儀一は荒木と真崎の性格が気に障った。二人とも性格が偏っていると冷遇され、シベリアにも出兵した。

その後、宇垣にも睨まれ、出世が遅れている。

また永田が宇垣の軍縮に理解して、協力していたのとは対照的に、荒木や真崎は批判的だった。

「軍縮をして、貴重な将校が陸軍から追われることになった。こんなことでは組織が持たない」宇垣軍縮の批判の先鋒になったことで、荒木と真崎は陸軍内部から信頼を集めるようになる。

シベリアでの経験は荒木と真崎に大きな影響を与える。

ここで革命直後のロシアの混乱や後進性を見る一方で、赤軍の「鉄の規律」や勇敢さに驚かされた。そのため荒木は反ソ・反共の思想を固めただけでなく、ソビエトの軍事・経済建設が進む前にこれと戦い、シベリア周辺から撃退し、ここを日本の支配下に置くべきであるという、対ソ主戦論者となった。

そんな二人も30年代になると、宇垣が軍縮政策で、陸軍内部の人望を失い、ようやく日の目が当たるようになった。


一方この頃、佐官・尉官クラスの青年将校には「国家改造」の機運が盛り上がり次のように考えていた。

「ソビエトが五か年計画を成功させると、日本は満州を占領できなくなる。更にはソ連を攻撃できなくなるので、早く満州を確保して、対ソ戦の拠点にすべきだ」

「宇垣軍縮のため将校達の昇進が遅れ、待遇も以前と比べて悪化している。」

「農村経済が疲弊し、農民出身者の兵士の間には共産主義に共鳴するものが増加して、軍の規律が乱れかねない」

「農民出身の部下には実家が零落して姉妹が身売りされている」

などの現状を見て、これを作りだしたのが宇垣たちの「軍閥」であり、腐敗した政党政治家とそれに協力する財閥や重臣、官僚たちと決めつけてもいた。


31年12月に犬養内閣で一夕会に担ぎだされる格好で荒木が陸軍大臣になると、正平や金谷、杉山元、二宮治重などの宇垣派は中央から遠ざけられた。金谷参謀総長の替わりに、閑院宮載仁親王かんいんのみや ことひとしんのうを後任にし、更に真崎を参謀次長に据えた。

更には陸軍次官に柳川平助、軍務局長に山岡重厚、人事局長に松浦淳六郎、軍事課長に山下奉文にするなど自派閥優遇の人事を行う。

また、尉官クラスを官邸に招き、ほぼ連日酒を振舞って、彼らの歓心を誘うこともする。こうしたやり方で荒木、真崎は佐官・尉官クラスの青年将校の人気を得るようになり、彼らは皇道派の青年将校になっていく。

荒木や真崎の考えは、日露戦争時の国の在り方を理想とし、日本をその状態に戻すことが軍の拡大化や対ソ戦を実行できるもとになると考えた。

「君側の奸」の討ち、「国体を明蝶」にし、「天皇親政」を実現する。これが荒木たちの思想だった。

「君側の奸」とは天皇側近の重臣と政治家や財界人、官僚を指す。

だが、これらの政治家、財界人、官僚がどのような悪事をしたのかは何も言わない。「天皇親政」でどのような政策をとるのかも示してない。

ところが、青年将校は荒木たちを「無私誠忠の人格者」と称え、無条件に信じた。これが「皇道派」の姿だった。


荒木や真崎も、自分たちが首班となって内閣をつくることは考えていた。しかしそれではどのような政策をとるのか、計画も無く、各方面から強力な支持者もいなかった。

財閥や官僚は皇道派の偏った考えを危惧し、危険視していた。

まあ日頃から財界や官僚を「君側の奸」と叫んでいたのだから当然とも言える。

従って、彼らには具体的な政策を助言する者がいなかったのだ。

先に優遇した将官たちの他にも参謀本部第三部長に小畑敏四郎、第二師団長に秦真次、作戦課長には鈴木卒道になったのだが、彼らも内部の将校から信頼されなかった。

彼らの多くは軍政経験がなく、最も行政能力見込まれる小畑にしても永田と対立したことで、永田系の部下の協力が得られず成果を上げることはできなかった。

まして荒木には有能な部下が少なく、補佐が行き届いてなかった。

もともと荒木は軍令や教育畑の経験が長く、政治力がない。

軍事予算の増大を高橋蔵相に求めるが、高橋を納得させるだけの根拠ある資料数字を示すことができない。

「何としてでも軍事予算を付けてほしい」

「なら、この予算の内訳とその理由を明示してください」

「・・・」

「そんな理由での予算要求には応じられませんな」高橋は首相経験もあり、蔵相をいくつもの内閣で務めた猛者だ。にべもなく断られてしまった。


斎藤内閣でも荒木は陸軍大臣だったが、次第に能力を疑われるようになっていく。

陸軍省の中堅幹部の信頼を失い、孤立していた。予算を取れない大臣には青年将校からも批判され突き上げられるものだ。

また参謀本部でも真崎次長に閑院宮総長が不快感を露にしていた。真崎が勝手に実務を切り回し、閑院には碌に報告もしなかったので嫌われるのも当然だった。


この状況を正平は予想していた。

「荒木では軍務行政は務まらない。独断専行の強い真崎さんも衝突を繰り返すだろう。

いずれ、皇道派は陸軍から追われることになる。」

正平は南次郎のような派閥活動に加わらないことにしていた。それでも陸軍の行政や人事には関心を払ってはいた。

「永田に率いられているだけ、統制派の方が理路整然としている。

皇后派の政策には見る物がない。精神論だけでソ連に勝とうとしている。彼らはソ連と日本軍事力をどれだけ把握しているのか疑問だ。」


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