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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
12章 暗躍の時代
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105話 血盟団

今回の話は書いていて、胸糞悪くなりました。

気分を害されると思われるなら、読み飛ばしてください。

32年2月9日、井上準之助前蔵相は、選挙応援演説会で本郷の小学校を訪れた。自動車から降りたところを、小沼正によりピストルで銃撃された。打ち込まれた弾は3発で、すぐに病院に急送されたが絶命した。蔵相していた時、金解禁とデフレ政策により日本経済を大恐慌に陥らせたこと、軍縮で海軍の予算を削減したことが殺害された理由だ。

同年3月5日、団琢磨三井財閥総裁は、三井銀行本店に出勤してきたところを、待ち伏せしていた菱沼五郎により射殺された。三井財閥がドル買い投機で利益を上げていたこと、団が労働組合法成立に反対したことが暗殺の理由だった。


小沼も菱沼も犯行直後に逮捕され取り調べを受けた。

二人は黙秘を続けていたが、共に茨城県出身で、22歳で、犯行に使われた銃が同系であったことから、出身地の周辺を聞き込み行った。そこで、井上日召を中心とする暗殺集団の存在が明らかになり、関係者14名が逮捕されることになる。

人を殺害することもいとわない彼らの特異な思想は日召によることが大きかった。


日召は日蓮宗の僧侶で、茨城県大洗町を拠点に、近在の若者を集めて政治運動をしていた。メンバーは若者がほとんどで、小沼と菱沼は農民だったが、東大の学生など高学歴の者も多く含まれている。そのような若者に彼は政治家や財界の指導者を「私利私欲にかられ、国防を軽視し、国民の福利を思わない極悪人」と決めつけ、暗殺命令を下した。標的になった人物は犬養毅・西園寺公望・幣原喜重郎・若槻禮次郎・団琢磨・鈴木喜三郎・井上準之助・牧野伸顕などいずれも主要人物ばかりだ。

日召は「紀元節ごろに、我々が政財界の指導者を暗殺すれば、海軍内部に同調者がクーデター決行し、天皇中心主義に基づき、国家革新が起こるだろう」とメンバーに伝え、「一人一殺」として必ず一人が標的になった人物を殺害するように命じていた。


日召は群馬県川場村の医者の3男として生まれ、早稲田大学や東洋協会専門学校(現拓殖大)を中退している。23歳のとき南満州鉄道に入社し諜報活動などをしていたらしく、42歳の時に大洗町の住職になっている。

彼が近代日蓮主義運動の思想に傾いていたのは確かと思うが、彼がどのような思想に駆られ狂信的な考えを持つようになったのかは分からない。

田舎で坊主生活をしていたような者が、政財界の指導者を私利私欲にかられた極悪人と決めつけられるほどの頭を持てるはずもない。

それでも彼に共鳴し、信じてしまった若者たちがいたのだ。

平穏な時代ならこのような危険思想など世間知らずの者でも近寄りはしない。

時代が危険思想も受け入れられるほど、混迷、混乱していた。

盲目的に若者たちは日召の指示に何の疑いもなく信じ実行してしまったのだ。

この暗殺団は特定の名称を持ってなかったが、後に取り調べた検事によって「血盟団」と名付けられる。


事件を起こす前に日召は陸軍の下級将校にクーデター実行を打診するが断られている。その後、海軍の下級将校に近づき協議した結果、紀元節ごろに政財界の反軍事的指導者の暗殺を決定する。だが決行前に上海事変が起き、これに海軍側の参加者も前線に送られてしまう。そこで民間側が「一人一殺」を先行し、海軍側の同調者の帰国を待って、陸軍も引き込んでクーデターを決行することになった。

それが彼らの計画であった。

その暗殺計画を見ればあまりに幼稚なことに驚く。

彼らの中にも高等教育を受けた者が多くいたのだが、この計画の杜撰さに気付いたものがいなかったのだろうか。

こんな計画で、世の中を変えられると本気に思っていたのだろうか。

彼らは理想の社会を具体的に考えていたのだろうか。

彼らの心理を探ろうとすれば、分からないことばかりだ。

時代が彼らを危険な考えに陥らせたとしか思えない。


彼らの裁判は33年2月から始まるが、裁判は難航し92回も公判が開かれ、2年半もかかり34年11月に判決された。

被告たちは無罪や減刑が目的などではなく、公判を利用して自分たちの考えを世間に広め、社会に自分たちの主張を受け入れさせることにあった。

弁護団は判事の態度が悪いなど中傷めいたことまで行い、「自分たちの思想に共感していない裁判官に我々を裁かせるつもりはない」とまで主張した。

とうとう裁判長になった一人は法廷闘争に巻き込まれる形となり、体の不調を訴え辞表を出した。

こんなやり方が功を奏したのか、国民からの減刑嘆願書が30万に及んだと言う。

暗殺者を擁護する世情が生まれていた。

そして主犯の日召には殺人罪により死刑が求刑されるが、無期懲役となる。他のメンバーもおおむね死刑が求刑されるが、懲役刑になっている。

被告・検察側共に控訴せず1審で判決は確定する。

事件も異常なら、裁判過程も判決の寛大さも異常だった。


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