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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
12章 暗躍の時代
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103話 馬場亮太

次の勉強会は昭和恐慌とその対応がテーマだった。

「高橋是清蔵相が行った経済政策は適切だと思います」勉強会でそう言い切ったのは馬場亮太だった。

彼は日銀マンとして井上前蔵相を支える立場であり、井上を支持すべきだ。ただ、蔵相の進めた「金解禁」により、日本経済は「昭和恐慌」と呼ばれる最悪の状態に陥った。その後、蔵相に就いた高橋が日本経済を立て直したのを見て、馬場も考えを改めるしかないと思っていたのだ。

「高橋蔵相は前回の金融恐慌では銀行の窓口に札束を積み上げさせました。それを見て、銀行から預金の引き出しを考えていた者達は安心して帰っていった。あれだけ札束が積まれていたのだから、急いで金を引き出すことはないと預金者に思わせたのです。これを見て分かるのが、景気は人の心で変わるものです。

今度の『金解禁』をすぐに撤回したのも、人々に安心感を与えました。これを見ても分かるのですが高橋蔵相は人々の気持ちを見事にくみ取っていることです。政府の経済政策に信頼を置けば、人々はパニックになりません」

「井上前蔵相のやり方は正しくなかったのか?」

「経済政策に正しいとか正しくないとかはありません。井上前蔵相の政策は世界の情勢から見ても理にかなっていたのです。ただ、日本においては実情に合ってなかった。政策が悪ければ景気が悪化する。それだけのことです」

「経済政策によって景気が悪くなるのは分かったが、良い経済政策を続けていくことはできないのか?」

「景気を良くしようとすれば、公共事業を増やして世間の金回りを良くすることがあげられます。ただ、公共事業は税金を使わないとできません。税金だけで公共事業を賄えない時は、公債を発行します。その公債が我が国では多くなっています。公債は政府の借金です。今、高橋蔵相はその借金で国家予算を計上しています。借金によって、経済を動かし続けられません。

そして好景気を長くつけるのは難しいです。」


「景気とは何か?簡単な例で言いましょう。今私の着ている服が大変な売れ行きが好調だったとします。そして注文が殺到するのですが、生地、縫子の手配などしていませんから、今から製造しても間に合いません。つまり洋服の製造会社は儲けそこないます。

それなら、あらかじめ大量に服を作って置けばよかったのでしょうか?でも、もし服の売れ行きが悪ければ製造会社は大量の製品を抱え込むことになります。会社はそんな危険なことを出来ないので、売れそこなっても大きな損害のないだけの服しか作れないのです。

もし、売れ残った製品が多くなれば、会社は服を作るのを減らします。洋服屋が服を作らなくなれば、洋服生地や糸、ボタンなどを作る会社も物を作らなくなります。働いていた者達は服がよく売れていた時は残業をして金を多く貰っていました。しかし服が売れなくなれば、残業代は貰えなくなるし、ことによれば首を切られるかもしれない。そうなると金を使わなくなります。これが不景気の始まりです。

企業は製品が足りなくなれば、工場をフル稼働して生産を高め、従業員は給料が多く貰えます。でも製品が倉庫に積みあがれば、生産を止め、従業員の給与は減るのです。これが景気の循環です。」

「ソ連のように社会主義経済なら景気は長く続けられるのではないのか?」


「服などには毎年、流行があって、どんな服が売れるのか誰も予測できません。科学的手法を使っても流行の予想など出来ないでしょう。

農業も予測のできないものです。天候などによって、豊作も不作にもなります。年の初めにコメの生産量など分からないです。

計画的に生産量を決めることはできないのです」

「確かに計画通りに、服やコメが生産できないのは分かるが、鉄鋼などは計画に沿って作れるのではないか?」

「鉄鋼は計画通りに作ることはできますが、売れるかは疑問です。さっきの服と同じで事前に鉄の需要を正確に予測できません。そして予測を見間違うことはよくあるのです。物を作り過ぎた翌年は作るのを控えるでしょう。それがさっき言った景気の循環、好況と不況が起こる原因です。

悪いことに計画経済は売れようと売れまいと生産し続けます。市場経済では作り過ぎたなら、おのずと生産を落とすものです。でも計画経済は簡単に計画を変更しません。どんなに工場に製品が溢れても生産を落としません。上からの命令がない限り変更できないのです。

資本主義経済は景気変動があるので、生産調整を会社や工場の責任者の判断で行えます。しかし計画経済では計画の立案者、政府のお偉い人の命令がなければ変えることができない。それが計画経済の問題だと見ています。

マルクスは科学的な手法を行えば、需要を予測でき、計画通りに行えると主張しているが、果たしてそれが可能か疑問です。10年あるいはもっと長い目でソ連を見ていけば分かると思います。」

馬場亮太はまだ40に満たない若手官僚だが、その説明は分かりやすく会の者達も納得の表情を浮かべていた。


そんな会の流れに加える形で、正平も意見青言った。

「私は別の面で社会主義に疑問を持っている。人は金儲けしたい。それは誰もが思う欲望だ。金儲けしたいから人は人よりも働くし、頭を使う。それがソ連のように、皆公平に金を貰うことになれば、懸命に働き、知恵を絞らなくなると思う。よく働く者と働かない者の給料が同じなら、働き者から不満が出るし、だれも懸命に働かなくなる」

「でも、しっかり管理すれば、誰が良く働き、さぼったかはつかめると思います。それを踏まえて給料を計算すれば良いのではないですか?」

「確かにしっかり管理すれば、正当な給与は計算できる。だが、現実面では難しい。

儲かっている会社なら皆の給料を上げれば不満は出ない。でも儲かってない会社なら給料を上げることができないから、一生懸命働く者から不満が出る。

そして儲からない会社は給料が上がらないから人を集められなくなる。それで自然にそんな会社はつぶれる。しかし社会主義経済では国がバックになるから、儲からない会社もいつまでも残ってしまう。

生産性のよくない企業がいつまでも残るような社会は全体でも生産力が上がらなくなる」

経済政策の勉強は初歩的なことから始まり、全員が意見を述べ合うまで発熱していった。

資本主義と社会主義に対する考えは全員が同じではなかったが、それぞれが社会の抱えている問題を意識していった。

水野雄二などは経済をテーマにすると言ったら、いやな顔をしていたが、彼の顔もいつしか真剣な顔つきになっていたのだ。

その意味で馬場亮太を講師役にしたのは正解だった。


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