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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
12章 暗躍の時代
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102話 勉強会

陸相を外されて、正平は勉強会を作ることにした。

「一夕会が勢力を伸ばしたのは、彼らの猟官運動を見過ごしていたからだ。仲間を増やしていかないと彼らのいいようにやられてしまう」

一夕会が始まったのは10年前のことで、余りに遅いとも言える。

だが正平には一夕会とはまた違う目的を持っていた。

「陸軍の中だけで勉強をしても、狭い視野を持つだけだ。幅広く人材を集め協議してこそ意味がある」

彼は軍人だけでなく、官僚や経済人、民間人にも有能と思われる人物に声を掛けた。

初めての会合には16人が集まってくれた。

最初に正平は会の目的や会則などを話し合うことにした。

「まず此の会の目的はそれぞれ専門知識を持った者に、日本の問題点をどのように解決するか一緒に考えてもらうことだ。だから専門分野に優れた人に来てもらった。私は軍人で軍事のことは詳しいが、他のことは疎い。陸相をやった経験で話すが、外交や経済などに関心を持たないと、軍事予算をどれくらい振り分けるのが適正か分からないことだ。他の分野に比べ陸軍の予算がどれだけ突出しているのかそれとも少ないのか、他の分野の人の意見を聞かずに分からないはずだ。諸外国との軍事バランスでどれほどの予算が必要か、経済状況を見なければ軍事費にどれだけ傾けられるのか。それは外交にも経済にも基礎的な知識が必要だと言うことだ。

この会合では専門分野の異なる者同士が、日本の現状を話し合い、今何が問題か、解決するにはどうするのか議論してもらいたい。

多くの者が知恵を出し合って、国を良くするのがこの会の目的だ。」

目的については異論が出なかった。


「次に会則だが、次のように考えている。

会はだれでも自由に発言し、他人の意見を尊重し、他人が口述している時は口を挟まない。

原則として会の発言は公開し、秘密にしない。

国を良くする目的のためとはいえ、暴力や陰謀を用いることをしない。

入会はこのメンバーの紹介があれば認め、脱会は個人の自由にする。以上だ」

「その会則では、我々の会話が筒抜けになります。公安がうるさくないですか?」早速水野が口を挟んだ。

「我々には何も後ろ暗いことはない。正々堂々と言ったことを公にすれば世間から疑いの目で見られない。それにな、ここにいる桜井君は今は内務省庶務課にいるが、公安も仕事の範囲だ。この会が疑われるようなことはない」

「「「え」」」この発言に対し、おもわず会の面々は驚きの表情を浮かべた。

「はい。私は公安室にも在籍していました」桜井と言う40代の細面の男が柔和な顔つきで肯定する。

昔のことだが山県は陸軍ばかりか内務省にもにらみを利かしていた。その縁で正平は内務省の公安部局の幹部に引き合わされていた。その幹部の紹介で桜井を会に呼んでいた。

「確かに我々には何の後ろ暗いことはありません。会則にも暴力と謀略を排除することになれば公安から疑われるようなことはなくなります」そう言ったのは金子と言う民間人だ。

田中儀一内閣で警察に疑いを持たれれば、令状なしに取り調べをされるようになった。陸軍大将で陸相まで務めた正平の主宰する会議には警察も疑いを持つことはあり得ない。それでも公安の者を入れたのは、オープンな会議であることを明確に示すものだった。

「どうやら会則にも不満はないようだな。では今日のテーマから議論しよう」


「まず、当たり障りのないことから始めるが、日本で自動車産業をどうすれば成長させるかということだ。

自動車産業が如何に必要かは今さら論じることはないと思う。軍人として見て、今後の軍事力には戦車や飛行機、戦艦など機械化は絶対避けられないものだ。その生産には工業力を伸ばさなくてはならない。日本は繊維産業が未だに主力で、工業力は他国と比べて劣っている。言って見ればこのまま繊維産業に頼っていては、いつまでたっても工業力は伸びない。アメリカなどを見ると、自動車産業が発展していることで、鉄鋼、ガラス、ゴムなどの需要が伸びている。何よりも機械の生産技術が向上している。それが、戦車などの製造に非常に役立つ。

だが、現状の日本は自動車産業がほとんど伸びていない。これをどうやって伸ばすかを話し合おう。」

「今の日本車はどのくらい生産されているのですか?」

「31年では、400台しか作れませんでした。それに対してフォードとGMのアメリカ2社が生産した車は2万代に及びます」そう簡単に説明したのは民間人の久本だった。彼は正平が戦車開発で知り合った民間会社の営業課長だった。正平と予算面のことで何かと交渉しており、正平は几帳面な仕事ぶりを評価し会合に加わってもらった。

「え、たったの400ですか」素っ頓狂な声を安田留松があげる。その驚きの声は多くの者に共通している。

「そうだ、残念ながらそれが今の日本の自動車の現状だ」正平が全員に認識するように言う。

「日本の会社は製造技術が劣っている。良い製品を作れないから、日本人も日本車を買おうとしない。買ってもらえないから、会社は大きくなれず、いつまでも経っても製造技術が上がらないのです」そう冷静に分析して見せたのは馬場亮太という日銀の課長だった。

彼は正平が陸相をしていた時に、「有能な若手を紹介してもらえないか」と蔵相だった井上に頼んで知った人物だ。

「そうなると、なかなか日本の自動車会社を大きくするのは簡単ではありませんな」安田がため息交じりに言う。


「ところで塚田さんがフォードを日本に呼んだのは、少し早かったのではないですか?」そのような疑問を言ったのは、水野だ。他人がいると彼は正平にタメ口を慎むようだ。

「フォードなどはアメリカから主要部品を輸入して、それを日本で組み立てている。だが、それでも足りない部品などは日本の会社に作らせている。アメリカの企業は製品管理がやかましいから、日本の会社は良い製品を作り出そうとしている。結果として部品会社の技術は向上している。」

「なるほど塚田さんの狙いはそういう所にあったのですか。日本の自動車会社を育てるのもやはり気長に見るのが良いのではないですか。少し遠回りのようですが日本の道を良くすることも考えておくべきだと思います」そう言ったのは久本だ。

「ほう、道を作るのが自動車会社を育てるのですか?」

「今の日本の道はほとんど舗装されておりません。アメリカ車でも東京から大阪まで行くのはなかなか大変です。それで人は車が重要だと気づいてないように思われるのです」久本の分析は正しいように思えた。


正平の勉強会の狙いは結論を出すことよりも、会員が共通の知識を持ち、問題解決を考えることにある。例え良い結論は出来なくても、皆で共通意識を持つようになればいつしかそれが役に立つと考えていた。

そして、しばらくしてトヨタとニッサンが自動車を作ると宣言した。この二つの企業とのかかわり合いを正平はいずれ持つようになる。その話はいずれまた話す。


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