ゴッドスピード・婆ちゃん!ブラック・エンペラー
天才高校生・岸川ガルムは神奈川県グラシル市の祖母の家に、祖母と二人で住んでいた。
ガルムの両親はともに世界的に有名な科学者だったが、原因のはっきりしない事故で行方不明になり法律上死亡扱いになっており、彼の肉親は今や祖母のマーナガルムただ一人である。そのような気の毒な状況にも関わらず、ガルムはあまり両親のことで感傷的になることなく日々の勉学に励み、気が付けば両親と同じ科学の道の途上を歩く人となり今日を迎えているのだった。
「お前は素直で頭が良いけど、どこか感情が欠落してるんだよね。そういうとこお前の父親に似てて、婆ちゃん嫌いだよ」
ある晴れた土曜日の朝食後マーナガルムは庭の草むしりをしながら、縁側で将棋盤を机代わりに研究に勤しんでいるガルムに悪態をついた。
「お婆ちゃんこそ、実の孫によくそれだけ言えたものです。感情が欠落しているのは遺伝だと思われます」
「いやな孫だよ。で、草むしりも手伝わずにさっきから何をしているんだい?」
「先日お婆ちゃんが、買い物に行くのがとても大変だ、と言っていたので、お婆ちゃんのシルバーカーにジェットエンジンを取り付けました。まだそれは陸地対応の装備しかしていなかったので、水上走行機能を付けるべく設計図を作成中なのです」
「ずいぶん勝手なことをしてくれたね」
マーナガルムは草むしりを途中でやめて玄関に行き、買い物に行くのに重宝していたシルバーカーの変わり果てた姿を見た。
「・・・なんだい、これは?」
祖母について玄関に来たガルムは
「ジェットエンジン使用シルバーカー、その名もブラック・エンペラーです。操作はお婆ちゃんでも容易いように、スクーターと同じような持ち手のアクセルをひねると前進、方向転換はハンドル操作と体重移動という感じにしています」
と説明した。
「だったら普通のスクーターを作ってくれたらいいじゃないか」
「お婆ちゃんは原付の免許を持っていないではないですか。お婆ちゃんに無免許運転をさせるわけにはいきません。これであれば、今の日本の道路交通法の外にいる乗り物なので免許は必要ないと思われます」
「お前も行方不明になってしまえばいい」
マーナガルムは孫の行きすぎた心遣いに呪い言葉を吐いてから、
「じゃ、イオンに買い物に行ってくる」
とブラック・エンペラーを押して玄関を出た。
「で、これ、どうやってエンジンかけんだい?」
思いはすれ違い気持ちは届かないが、血は争えない。結局のところ彼女もモノ好きなのだ。
「右手側の親指あたりにあるスイッチを押してください。指紋認証でお婆ちゃんと僕にしかかけられないようになってます」
「これかい?・・・おうっ!」
小柄な老婆と小型の歩行補助用品には過剰出力すぎるジェットエンジンに火が入り、ドドドドドッッ!という重たいモーター音が周囲に響き渡った。
「あとは右手のアクセルをひねるだけで走行する仕組みになっています。ただし最高速度400km以上は出ますのでアクセル全開には・・・あッ!?」
「ッッッ!ぎゃああああああああああーーーーーーッ!」
マーナガルムの右手がグイッとアクセルを回すと、ジェットエンジンが火を噴いた。
ゴオオオオオオオオオオッ・・・!!!!
シルバーカーのタイヤが大地に爪痕を残し、老婆の体を旗のようになびかせながら発射されていくのを見送りながら、
(横にちょっと羽つけたら空くらい飛べそう)
とガルムは考えながら縁側に戻っていった。
一方、マーナガルムはその長い人生でも体験したことの無い高速の世界に突入していた。
(おお・・・汽車ポッポの歌で「畑も飛ぶ飛ぶ、家も飛ぶ」とあったが、これはそれどころではない!視界どころか、魂が追いつかないスピードとは恐れ入谷の鬼子母神だ!これであれば行けるかもしれない・・・光の向こう側へ・・・イオンの向こう側へ!コストコへ!)
いつもであれば容易に買い物に行けない他市にある会員制倉庫型卸売小売点・コストコに行く未来を予感して、マーナガルムは歓喜に打ち震えた。
「そこのおばあちゃーん、止まりなさーーーーい!」
マーナガルムの背後から、神奈川県警のパトーカーがスピーカーで停車を呼びかけた。
「ちっ、ポリスがきやがった!あたしゃ忙しいんだ!お前らの相手などしていられるか!」
高速のシルバーカーを体重移動で巧みに操りながらマーナガルムはコストコへの道を走った。
「ちょっ、待てよ!あのババア、なんてスピードだ!」
神奈川県警グラシル署交通課のスレイプニル北村は冷や汗をかいた。
「道路交通法違反とかいう生易しいレベルじゃねえ!これは・・・これはスピードというなの戦争だ!あやつを始末しなければ、公道の正義は守れ
ない!」
スレイプニルは拳銃を握り、窓から腕を伸ばしてマーナガルムに向けて撃った。
「墜ちろーーーッ!」
バン!バン!バン!
背後から飛んでくる弾丸を左右にシルバーカーを振ることでマーナガルムは避けた。
「ハッ!そんなのろまな弾が当たるものか!これまであたしに直撃することができたのは、じいさんの元気玉だけだ!」
ジェットエンジンの速度が手伝ったのだろうか。マーナガルムの脳裏にこれまでの人生の出来事が走馬灯のように駆け抜けた。
(ああ・・・そうだった・・・じいさんは休みの日、いっつも釣りに行っていたね・・・おかげで毎週末は、魚、魚、魚・・・魚ばっかりだったよ)
「止まれーーーッ!」
バン!バン!バン!
背後から届く銃声を聞きながら、目の前の小さな視界の中に、なつかしい伴侶の姿をマーナガルムは見たように感じた。
「殺すぞババア!止まれやコラァーーーーーーーーッ!」
スレイプニルの声は容疑者の耳にはもう届かなかった。
ジェットエンジンのブラック・エンペラーはマーナガルムをなびかせて疾走する。
(さかな、さかな、さかな、さかなを食べると・・・あたま、あたま、あたま、あたまが良くなるー・・・そんなわけあるかッ!)
マーナガルムは風圧に目を細めながら、銀色に輝く小さな点になってしまった視界に飛び込んでいった。
自宅でガルムがブラック・エンペラーの水上型設計図を作成し終えて台所でカルピスを飲んでいると、彼の祖母が燃料の切れたブラック・エンペラー
を押しながら帰宅した。
「お婆ちゃんお帰りなさい。ブラック・エンペラーはどうだった?」
「ただいま。クソみたいだったよ」
マーナガルムはブラック・エンペラーの荷物入れから買い物袋を取り出しながら孫につれない返事をした。
「どうしてだい?すごい速かっただろう?」
不満気なガルムの横で買い物袋を台所のシンクに置きながら、
「あれが速かろうがなんだろうが、結局、人は自分の速度でしか生きられないんだよ」
とマーナガルムは言葉を返した。
買い物袋の中身はイオンで買った鮮魚がいっぱいだった。
(じいさんが釣ってきた魚にはかなわないけどね)
マーナガルムは心の中で呟いて、買ってきた魚をパックから取り出して塩を振った。
おわり




