Ep⑤母、マリア
「ヒース殿下の捜索に人を当てねばならなくなった。休みのところ申し訳ないがお二人を頼めるか」
「承知しました」
ハッシュ卿の言葉を聞いたロビンも侯爵子息の顔から護衛騎士のそれになった。
弟のヒースがいなくなった。
それを聞いたローズは最悪の事態を想像して青ざめた。
皇族が何者かに消されることは、歴史を見れば両手の指でも足りないほどあることだ。
王子ともなれば、その可能性は一気に上がる。
しかしリリーは毅然として言った。
「私たちも探しましょう」
「リリー様、お待ちください!」
リリーはロビンの制止も無視して会場を飛び出してしまった。
ローズにはリリーの気持ちは痛いほど分かる。
弟がいなくなれば、両親はどれほど悲しむだろうか。
両親が結婚してから、数年かかってようやく生まれた、ただ一人の王子だ。
父と同じ色の髪と目を持つ彼が生まれた時の父の喜びようは今でも覚えている。
舞踏会で警備が手薄になった今夜を狙いすましたかのようなタイミングで、その弟が姿を消した。
リリーの後をロビンとローズは共に追った。
3人は城の裏側、森を抜けると海が一望できる小高い丘に向かった。
小さい頃のヒースとここでよく遊んだものだった。
森を少し進んだところで誰かの声が聞こえた。
まだ声変わり直前のかすれた男の子の声。
ヒースだ。
急いで声のする方へ向かうと少し開けた場所に出た。
3人の目に入ってきたのは大きな魔方陣の中に立つ弟だった。
「ヒース!ダメ!」
駆け出したリリーが弟を勢いよく突き飛ばした。
その勢いで、ヒースは魔方陣の外に転がるように飛び出した。
その瞬間、魔方陣の中に残されたリリーの体が吸い込まれ始めた。
「リリー!」
「リリー様!」
同時に叫んだローズとロビンは慌ててリリーに手をのばした。
リリーが思わず二人の手を取ると、ローズとロビンも魔方陣の中に引きずり込まれ、あっという間に三人はヒースの目の前から光と共に消えてしまった。
真っ青な顔で動けなくなったヒースだけがそこに残された。
◇
どれほど時間がたっただろうか。
リリーが目を覚ますと、見慣れない天蓋が見えた。
どこだろう。
まだぼんやりした目を動かしてみる。
華美ではないが美しい調度品が並んでいるのが見えた。
どこかのお屋敷のようだ。
ゆっくりと起き上がると、体のあちこちに鈍い痛みが走った。
その時コンコンというノックの音がした。
扉を開けて入ってきたのは、どこか見覚えのある同い年くらいの少女だ。
リリーに気づくと、その顔がぱあっと明るくなった。
彼女は着替えを持ってきてくれたようだ。
「目が覚めたのね。良かった」
「……あの、ここは?」
「ここはレイズ家のタウンハウス。私の家よ」
「私、どうしてここに?」
思い出そうとするとリリーは頭がズキっと痛んだ。
「覚えていない?あなた空から落ちてきたのよ」
どういうことだろう?必死で記憶をたどる。
そうだ、弟のヒースが魔方陣の罠にかかっていたところを突き飛ばしたのだった。
そのあとのことはまだぼんやりとしている。
「いきなり空から降ってくるんだもの、おどろいたわ」
「あの、ほかにもう二人いませんでしたか?」
「大丈夫、今はリビングにいるわ。二人とも無事よ」
ローズとロビンの二人が無事で少しほっとした。
「あの、ありがとうございます。二人に会いたいのですが」
そういって立ち上がろうとすると右足がひどく痛んだ。
「まだだめよ。落ちてきたときに、あなただけかばい切れなかったの。ごめんなさいね。木と植栽がクッションにはなったけれど、それでもあちこち痛めているはずだわ。良かったら、これに着替えて。あとで二人を呼んでくるわ」
確かに、よく見るとパーティーの時に着ていた美しいドレスは所々裂けて、汚れていた。
彼女はリリーの着替えを手伝うと、また部屋を出ていった。
しばらくすると、再びノックの音がした。
「どうぞ」
そういうと、扉が開くやローズが飛び込んできた。
「リリー!良かった!」
「私がついていながら、申し訳ありません」
ローズはリリーに抱き着いて泣きだし、その後ろでロビンが申し訳なさそうに謝っている。
「ロビン、私はどれぐらい眠っていたの?」
「2時間ほどでしょうか?リリー様が気を失っておられたので、馬車でこちらのお屋敷まで運んでくださったのです」
「そうだったの」
リリーは先ほどの少女のことを思い出した。
優しそうで、それでいて凛とした雰囲気の彼女をリリーはどこかで見たような気がしてならなかった。
「では、彼女にお礼をしなくてはね。そういえば彼女の名前は?」
そういうと、ローズとロビンはお互いの顔を見合わせた。何やら言いにくそうな顔をしている。
「リリー、驚かないで聞いてね」
ローズがそういうと、ロビンが続いた。
「ここはレイズ邸、そして彼女の名はマリア・レイズ。私の母です」




