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第二十一話

「くしゅん! 申し訳ない、くしゃみが出た」

「あら、誰かが噂してるってことぉ?」

「かもな」

 そう話すヒイロがいるのは、マンホール内部に広がる下水道の中であった。水先案内人は地上で出会ったアリスが勤めている。

 彼女は慣れた様子で携帯ライトで通路を照らしながら、枝分かれしている道を進んでいく。

「まさか地下にこのような空間があるとはな」

「あらぁ。もしかしてここに来るのは初めて? だとするとあなたの人生は相当恵まれてるわねぇ」

 二人が今いる半円形の形をした下水道はヒイロが腰を屈めてやっと通れるといった高さだが、場所によっては大人一人が立ち上がっても余裕があるような区間もあるのだそうだ。

「そう言うあなたはよくこのような場所に来るのですか?」

「来る、って表現は間違ってるわねぇ。だってわたしぃ、この先に住んでるんだもの」

「住む? こんな場所に?」

「そうよ。ここなら地上よりずうっと暖かいし、天候にも左右されないからねぇ」

 アリスの説明を受け、改めて通路を見渡すヒイロだが、現実味が湧かない。

「下水道というのは、文字通り下水が通る道のはず。そんな場所に人間が住めるのか?」

「人がいない地域だからさ、もう使われてない場所は住民で塞いじゃってるところがあるのよぉ。そう言うところに私達は住み着いてるってワケ」

「……」

 理屈としては納得したものの、自分の知らぬ現実を前にヒイロは言葉を失っていた。

「俺は今日まで、道に溢れる二級、三級市民の事ばかり気にしていた。だが、実際にはこんな暗い所で暮らす者も居るなどとは考えた事もなった」

「なぁに? 哀れんでくれるのぉ? 私達はね、これでも結構楽しくやれてるんだよ、ドレッドイーターさんのお陰でさ」

「その、ドレッドイーターとはどんな男なんだ?」

「一言で言うならずばり、私たちのヒーローねぇ」

 間髪入れずアリスは告げる。

「だってぇ行くところがない私たちに住む場所や食べ物を与えてくれたんだものぉ。あの人がいなかったら、どれだけの人間が地上で行き倒れていたか……あの人はね、元々一級市民として何不自由ない暮らしをしてたんだけど、血の繋がった家族に騙されて住む家を全て奪われちゃったんだって。可哀想よねぇ」

「それはまた、不幸な」

「でも、そんな状況のドレッドイーターさんにも優しくしてくれる三級市民がいたらしくてね。それであの人は、自分の命の恩人とも言える人達に恩返しをしようと、下級市民の保護活動を始めたらしいわ。だから、今の私たちが生きていけるのもあの人のお陰なのよ」

 そのあなた方の暮らしが違法薬物の販売で得られていたとしてもか? という質問をヒイロはしようかと考えたがアリスの笑顔を見ている内、そんな思いも霧散していった。



「ドレッドイーターさぁん。お客さんですぅ」

 違法薬物の売人と思しき男、ドレッドイーターはアリスの言う『集落』の最奥に居た。確かにアリスの言う通り、集落がある広い空間では三十人ほどの男女が集まっていて、慎ましくも最低限文化的な生活をしている様に見えた。

 地上ではどこでも見かけるテレカメラこそ無かったものの、カセットコンロなどの調理器具や電気毛布といった電気家電の存在が見受けられ、人として最低限の生活は送れているようだっだ。ドレッドイーターが集落の人間に『ヒーロー』と呼ばれるのも頷ける。

(だが、この匂い……例の違法薬物か?)

 ヒイロが集落を歩いている途中、パイプのようなものを咥え薬物を吸引している、子供や老人の姿が目についた。

「お客さんとは、どう言う意味だいアリス? 俺たちの同志になりたい人って事かな?」

 そんな集落の奥、カーテンで仕切られた先から中年の男性らしき返事が返って来た。

「なんでもこの人、ヤクを売って欲しいんだってさぁ。そう言うの、ドレッドさんがいつも対応してたでしょ?」

「アリスはお馬鹿さんだなぁ。そうだったとしても、こんなところにお客を連れてきちゃダメだろう? 警察に通報でもされたら俺たちは一発で捕まってしまうじゃないか」

「ごめんなさい。でもぉこの人、見た感じ一級市民とかじゃないから、わたし達を売るような真似はしないかと思ってぇ」

「二級、三級だろうと関係ないよ。俺は君を始めとした仲間以外は信用しないようにしてるんだ。まあ呼んでしまった以上は仕方ない、入ってきなよ」


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