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第五話 絶虎狂狼

第五話


「こっちだ」

ユーガオに案内されるがまま着いていく。


騎士宿舎は、城の南西側に寄り添うように建てられていた。

二階建ての、簡素な石造りの建物。

城本館のような華やかさはない。装飾らしい装飾もほとんどなく、白灰色の石壁が実直に積み上げられているだけだ。

「ハッハッハ。簡素な造りだろう?」

「……そうだな」

「生意気なやつだ!」

ユーガオは豪快に笑う。


「ここが訓練場だ。洗った服や鎧を干したりもするぞ」

建物の正面に、踏み固められた土の広場が広がっている。

隅には木剣や槍を立てかけるための武具立てと長椅子、雨水を溜める大桶、洗濯物を干すための縄等がいくつも渡されている。

「お、丁度いいところに……!コデマリオ!」

ユーガオが声をかけた先で一人、騎士が服を干していた。

赤茶色の短髪と、長いもみあげが特徴的な青年。

「あ!ユーガオさん!!!ぢわっス!!」

コデマリオと呼ばれた男の声が大きすぎて、鼓膜が痛くなる。

大きいだけじゃなく、よく通る声。

「うむ!相変わらず元気がいいな!」

「恐縮ッス!!!」

「コイツはコデマリオ。団員の中では比較的若いほうだから、いろいろ教えてもらえ」

「……?ユーガオさんコイツは」

「まー……いろいろあってな。今日ヨル姫様が連れてきた新入りだ」

「よろしく」

「そりゃまた突然ッスね!?」

「そうなのだ。私もまだ整理がついてなくてな……ヨル姫様のお転婆には頭が痛くなるよ」

「ダハハ、姫様案件ならしゃーないっス」

言いながら、訓練場を後にする。

次は宿舎の中に案内された。

中は、外よりもほんの少し湿気を帯びた空気に、革鎧の油の匂いと汗の臭いが微かに感じられる。

不快というほどではないが、清潔一辺倒でもない。


人が大勢暮らし、働き、眠り、また起きて武具を担いで出ていく──そんな生活の匂いが染みついていた。


「一階は共同で使う区画になっている」

入口を入ってすぐの広間には、長机と長椅子がいくつも並べられている。

食堂を兼ねた談話室なのだろう。


夜になれば、ここで酒を飲み、飯を食い、愚痴をこぼし、くだらぬ冗談で笑い合うのだと一目で分かる。

「そこの棚は触るなよ。お前には"まだ早い"からな」

「……?分かった」

そう言ってニヤッと笑うユーガオ。その笑顔はどこかあどけない。


机の縁には、刃物で削ったような傷があり、椅子の背には誰かが刻んだ落書きが残っている。名前の頭文字、意味のない線、簡単な紋様。

長く使われてきた場所にしか生まれない擦り減り方だった。


「んで、こっちが炊事場だ」

広間の隣。

煉瓦を積んで作られた大きな竈がいくつも並び、煤で黒く染まった煙抜きが天井へ伸びている。

壁には鉄鍋やお玉、包丁、木匙が整然と掛けられているが、どれも使い古されている。


「最奥には、武具庫があるが……お前はとりあえず関係ないな」

「関係ないのか?」

「童に武器を持たせるわけないだろう。お前の仕事は家事掃除だ」

「騎士見習いと言ってたが」

「バカタレ。見習いは雑用からコツコツやってくんだ」

「そういうものか」

生まれてから、戦場しか知らない自分にとって、家事や掃除といった響きはどこか新鮮に思えた。


最後に、二階へ案内される。

二階は寝泊まりのための部屋が並んでいる。

階段は木製で、何度も上り下りされたせいで中央がわずかにすり減っていた。

踏みしめると、ぎし、と低い音が鳴る。

(ここの床は踏み抜けるな。使える)

「あ、そこ気をつけろ。この前床が抜けてな。仮で板貼っつけてるだけなんだ」

「……わかった」


二階へ上がると、長い廊下がまっすぐ伸び、その両側に扉が規則正しく並んでいる。

窓は多くない。防寒と防犯を兼ねているのか、どれも小さく、外からの光は細く差し込む程度だった。

そのぶん、廊下の昼間は少し薄暗い。

(身を隠すのにも丁度いい)


居室は基本的に相部屋らしい。

一室ごとの広さは、男が二人から四人寝起きするには十分だが、余裕があるとは言い難い。

「それで……お前の部屋はここだ」

部屋に入る。

壁際には簡素な寝台が並び、その上に藁を詰めた寝具と薄手の毛布が置かれている。

寝台の脚元には木箱が一つずつ備え付けられており、着替えや私物をしまうためのものらしい。


窓辺には水差し、粗末な洗面器、布巾。壁には外套や腰帯を掛けるための木杭。

「部屋は基本的に年齢で分けられている。この部屋は二つベッドが余ってるし、ちょうどよかった」


一番右奥の寝台は皺ひとつなく整えられているが、その隣の寝台では毛布が丸まったまま端へ押しやられている。


「コデマリオの奴め。いつも部屋は綺麗にしておけと言っているのに……」


ぶつぶつと小言を言いながら、床に散らばった本や小物を拾うユーガオ。

ヨルやアサヒとのやり取りを見てても伝わるが、世話焼きのようだ。


「とりあえず、宿舎の案内はこんなところだな。他に分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」


「それと、夜明け前には鐘の音で起きる。

起床したら身支度、軽い食事、武具の点検……とやることは色々あるが」

言いかけて、止まる。少し考えたあと、ふむ。と何かに納得するように頷く。

「お前の仕事は掃除と畑だ!あと、タイミングが良いときはヨル様の相手でもしててくれ。あの方は目を離すとすぐに城を抜け出してしまうからな」

「承知した」

よし!と言って、ユーガオは部屋を出ようとする。

出る直前にこちらへ振り向く。

「今日はいろいろあって疲れただろう。とりあえずゆっくり休むといい」

そう言って扉に向かう。

「ユーガオ。いろいろと、かたじけない。これから世話になる」

「おう、よろしくな!見習いっ」

振り返らずに答え、部屋を出ていった。



空いてるベッドに腰掛ける。

(本当に今日は……色々あった)

つい先刻まで、戦火の中崩れ行く城にいたはずだ。

それが気づけば河原で行き倒れていて、そして豊姫そっくりのヨルに拾われ、見たこともない料理を食べて美しい街並みに心を動かされた。


体感では一瞬。だが、確かに一日。

殺戮と豊姫を守ること。

それだけで生きてきた忍が。

今は、見知らぬ世界にいる。


過去と今が、全く噛み合わない。


それでも――


(拙者の使命は、一つだけだ)

元は忍。今日から騎士として生きる。



『オワリのトバリ 〜異世界忍法帖〜』

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