高嶺の花はかくも艶めく 2話(全2話)
短編集としてシリーズにまとめました。
こちらで一旦、短編は終了となります。
また、この世界線でお話を続けていけたらいいなと思っています。
いつのことやら……ですが
大講堂は就任式典に出席する生徒たちで溢れていた。
本来はセカンドの生徒のみがその式典への参加を強制されているのだが、見るからにセカンドの生徒だけではない数である。
「予想通り、すごい人ね。空いてる席はあるかしら」
「フィオ、あそこ……運よく二席空いてる」
急いで手を繋いだまま階段を駆け下りていく。
着いた席は、お世辞にも良い席ではなかったが、こんな人の多い中で隣り合った席があったなんて幸運でしかない。きっとこれも女神さまのお導きだわ、なんて思ってみる。
「はぁ……今日もシルファ様は本当にお美しい。私もあんなふうになりたいわ」
高学年となるサードの自治をするのはフテラ。その首席でもあるシルファ様は、ウェルス様とティエラ様のお姉様で、この国 サルトスの次期女王となるお方だ。背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩く姿はリリーの花を思わせる。
私に言わせればフィオも決して負けていないと思う。意志の強いところや、周囲への気配りや私に向けてくれる情愛も。しかし、それが彼女に対して、賛美とならないことも私は知っているから、心の中で思うだけで、彼女の言葉に素直に頷いた。
続いて現れたステラの面々に、私はほぉっと溜息をもらす。着飾ってまでここへ来たのは、彼らを見るために他ならない。
今日は特別な日だからだろうか、普段のラウンジや学舎内で見かける彼らよりも、少しだけキリリとした雰囲気で、いつも以上に素敵に見える。
シルファ様が真っ白なリリーの花だとしたら、彼らは何だろうと考えてみる。
リテラート様の守護石は、燃えるような赤い色だと聞いたことがある。当然、見たことはないが……。燃えるような赤、そうだな、幾重にも花びらを重ねる赤いローザかしら。あぁ、そうね、一際、華やかでどれだけ他の花がいようとも決して霞まないそれが相応しい。
じゃぁ、カーティオ様はどうかしら……。実は、カーティオ様の守護石 瑠璃は、一度だけ国にいる時に見たことがある。深い海の色を映したような青、メディウムの海だと、幼い私は思った。コメリナ……そう、コメリナだわ。染料にも使われるとても深い青は、しっかりと私の心を染めていったもの。
次はティエラ様。輝くような笑顔と光を集めた様な金色の髪がステキな方。そうね、ヘリアンサスだわ。夏の日差しをたっぷり浴びて、お日様を映したような、そこに居るだけで心が温かくなるような……。
「素敵だわ。庭園の設計にも役に立ちそう」
「フラウ……また花たちの事を考えていたのね。仕方ない人、目の前にあなたの憧れの花たちが居るっていうのに」
「それとこれは別よ。遠くから見て楽しむ花もあれば、手ずから育てる楽しみの花もあるのよ」
「そう……じゃぁ、あなたは私の花って事ね」
「もう、また、フィオったら……」
「華の命は短いから、せいぜい愛でられるうちに愛でるのよ」
くすくすと笑ったフィオに、どこかくすぐったいような気持ちを抱きながら、再度、壇上へと視線を向ける。ちょうど、そこでは首席のリテラート様が誓いの言葉を述べている所だった。
―――――――――――――――――――――
式典が終わり、寮に帰った私たちは、普段着に着替えるとそれぞれの目的の為、そこで別れた。
フィオはサードに上ったら研究所に入るのだと決め、今から出来る事をと時間がある時は研究所へ手伝いに行っている。
サードには様々な研究機関があり、その運営は学生たちが主体となっている。その中の一つ、魔術研究所の現在の主席研究員はシルファ様だ。
しかし、彼女がサードに上った頃には、シルファ様はアカデミーを卒業されている。それでもいいのかと問うたことがあるが、シルファ様がいるから行くのではない、シルファ様の軌跡を辿り、意志を継いでいくお手伝いをしたいのだと言われた。
そう語った彼女の笑顔はとても輝いていた。
私はというと、先程の作業の続きと片づけを陽が落ちる前にやってしまいたいと、庭園へ戻っていた。
「さぁ、もう少し……。夏は、橙色に染まって、綺麗になるわよ」
今植えているソニアは、ソリオ様かしら。皆さんと一緒にいらっしゃるときのあの穏やかな笑みは、ソニアの花のようにあたたかだもの。
球根を埋める隣には、マイオソウティスの花が揺れていた。青く小さな沢山の花をつけるそれは、さわやかな笑顔を浮かべるクラヴィス様に似ている。
森の入り口にはペッシュの木。もう落ちてしまったけれど、淡い赤の可愛らしい花をつけるそれは、そうフォルテ様のようね。
リデル様は花っていうより、森を支える樹のようだわ。この庭園にも幾つか樹が植えられているけれど、それと同じように皆を見守っていらっしゃるような気がする。
物静かなウェルス様はなんだろう。マンジュリカも似合いそうだし、ゲンティアも雰囲気が似てるかしら……。ハイドランジアも捨てがたい。あぁ、ウェルス様だけは決められない。
「よし、これで最後。夏が楽しみ……皆、綺麗に咲いてね」
森に一番近いところへソニアの球根を植えたのは、その場所からは、庭園が一望できるからだ。逆に言えば、庭園に入って来た時に顔を上げればその場所に目がいく。
もともと、この庭園を管理していたのはサルトスの王宮付きの庭師 ホルトさんだった。アカデミーに入った頃、時間があればここへ通い詰めていた私は、ホルトさんと顔見知りになり、手伝うようになった。
ホルトさんからは色々な事を教わった。花たちは、よく人の事をみているのだとか……。だから、楽しい気持ちで花たちに語りかければ楽しく揺れるし、悲しい気持ちで眺めればどこか項垂れている。言われてみれば、確かにそう見えた。
何時かメディウムの城の庭師を務めるのが夢だと語った私の頭を、ホルトさんの大きな手が撫でてくれた。
そして、セカンドへ上がったのを機にここを任されるようになった。
それからも、ホルトさんはたまに見に来てくれて、その度に色々な助言をくれる。庭園の設計に迷った時は、精霊の声を聞くといいと言われたのは、一度、植えた花を枯らしてしまった時だった。悲しくて、辛くて、花たちに何度もごめんと告げる私に、深くしわが刻まれた顔を緩めて泣かなくても大丈夫だと言ってくれた。
『フラウ、精霊たちの声を聞くんだ。彼らは美しいものが大好きだからな。きっと、お前さんに力を貸してくれるだろう』
それから私は、迷った時は必ず、嬉しい時も同じように姿の見えない精霊たちに話しかけた。まだその姿を見たことはないけれど、そうして語りかけた時には、何だかすっきりして考えが纏まるのだ。だから、きっとそれが精霊たちの導きだと信じている。
「精霊さん、ソニアの準備が整ったの。きっと、今年こそは素敵な景色を見せてくれるはずだわ。そしたら、見に来てくださいね。そうだ! ねぇ、精霊さんたち、ウェルス様に似合うお花は何かしら、マンジュリカにゲンティア、ハイドランジアどれも似合いそうなの」
花の姿を思い浮かべながら指を折る私の頬を、さわり、と風が撫でる。こんな時は、何となくだけど、近くに精霊たちが居る様な気がしている。その風の中、降り注ぐ光の中、掘り起こして柔らかくなった土の中、色々な所から私を伺っているような、そんな不思議な感じ。
お話出来たらどんなに楽しいだろうと思うけれど、魔法と無縁の私には難しいかも知れない。
「うん、そうだね。マンジュリカ……より、ゲンティアだ。俺もそう思うよ」
「なるほど、ゲンティアかぁ……えっ?」
もしかして、精霊? それにしてもカーティオ様のお声に似てる気が……。
確かめるために、そっと顔を巡らせて声のした方を向いてみる。
「!?」
「やぁ、こんにちは。精霊たちが君の噂をしていたから見に来たんだ」
「え、あ……あの、カーティオ様。あの、噂……て」
突然の登場に、何時も神出鬼没だな、なんて思う余裕などは決してなく、彼の周囲にふわふわと浮かぶ光たちに目を奪われる。
なんだろう、これ。綺麗だな。
そんなことを考えていると、その中の一つが私の方へ向かって飛んできた。
「精霊を見たことはある? 君はどうやら彼らのお気に入りのようだけど」
えっと、カーティオ様はウィザードの中ではすごい人で、マスターの称号を持ってくるくらいすごい人で……。だから、きっと精霊たちとは仲良くされているって事は、分かっているけど。要するに、私とは無縁の世界で。だから、精霊が私に見えるはずもなく。
とりあえず、頭をぶんぶん振る私が面白かったのか、あははと楽しそうな笑い声を上げるカーティオ様。
「そんなに頭を振ったらだめだよ。せっかく、綺麗にしてるのに。それに、フィオリーレにも叱られちゃうでしょ」
「フィオ……フィオリーレを知ってるんですか?」
そこまで口に出して、カーティオ様は研究室によくいらしてるとフィオが話してくれていた事を思い出す。
「そう、研究室でよく会うよ。彼女、とても優秀だから助かっているし。数年後、きっと彼女はあの場所の中心に居ると思う」
そう褒められるフィオの事を私は誇らしく思った。サードに上っても輝く彼女を見る事は私には叶わないけれど、きっと、カーティオ様の仰る通りになるだろうと信じられる。
サードに進むのは上流階級の子供ばかりだ。中にはそうでない人たちもいるが、それは何かしらの分野で優秀な人。私のように特に能力のない普通の子は、セカンドの卒業と共にアカデミーを離れる。
だから、数年後、私はメディウムに戻っていて、父さんの手伝いをしているはず。貴族の彼女とは、もう話す事も、いいえ、見る事すら出来ないだろうと思う。
仕方のないことだと分かっているが、そう思うと急に寂しくなってきてしまった。
すると、カーティオ様の傍にあった光がふわふわと私の周りに集まってきた。それが何だか元気を出してと言っているような気がしてくる。
「精霊さん? ありがとう」
「ここを何時も綺麗にしてくれているからと、よく彼らが話してるよ。君も、彼らの声が聞けるといいのに……。そうだ、それがいい」
「あ、あの……」
「ちょっとじっとしてて」
何か、私の知らない所で話が纏まったらしい。言われるまま、じっと固まった私は、視線だけで周囲を漂う光を追う。
私の後ろに立ったカーティオ様は、両手でそっと私の瞳を覆った。そして、咄嗟に目を瞑った私に、優しい声で語りかけてくる。
「ほら、耳を澄ませば彼らのささやきが聞こえるはずだよ。大丈夫、君は聞こえる」
くすくすと笑う声が沢山する。その中には私の名を呼ぶ声も……。
「フラウ、フラウ……私ね、赤色の花を咲かせて欲しいわ」
「私は黄色」
「青よ!」
「いいえ、赤よ。絶対」
目を覆っていた両手を退けたカーティオ様は、早速、私の後ろで笑い出した。
国にいた頃、国内の行事で見かける姿は、何処か冷たい印象を与えていたけれど、ここにきてからは真逆の印象を持つようになった。きっと、共にいる方々へ心を許しているのだろう事は、普段のカーティオ様の様子から良く分かる。
「えっと……いろんな色のお花を咲かせますから、皆、喧嘩しないで」
まぁまぁと宥める私、話し続ける精霊たち。その両方を眺めながら、カーティオ様はずっと笑っていた。
―――――――――――――――――――――
それからというもの、私が庭園へ向かうと分かれば幾つかの精霊たちが纏わりつくように飛んできては話しかけてくれるようになった。
庭園の作業は大変だったけれど、この先に咲く花たちの事を考えるだけで嬉しくなった。そして今は、精霊たちが話し相手になってくれる。
そうそう、庭園に私を探しに来たフィオが、精霊たちに囲まれる姿に悲鳴を上げたこともあったわ。驚きではなくて、歓喜の……。良い研究対象になると質問攻めにする彼女に、何時しか精霊たちは私を盾に隠れるようになってしまったけれど、彼女はまだ諦めていないらしい。
「ねぇ、フラウ。あなた、カーティオ様の事が好き?」
「どうしたの? フィオ、突然、そんな事を聞くなんて」
「何となく、ちょっと確かめたくなったの」
「前にも言ったけど、眺めるだけで幸せな花と、手ずから育てる花とは違うのよ。カーティオ様は、私にとっては高嶺の花。そこにいらっしゃると思うだけで幸せになるの。きっとこれは、あなたの言う『好き』とは違うわね」
そう、カーティオ様はとても素敵な方で、私と精霊たちとお話しできるようにしてくださった優しい魔法使い。
例え、フィオの言う『好き』であったとしても、それは、決して叶う事のない想い。だから、そうであっても、そうじゃないと自分に言い聞かせる。
世の中には、どんなに望んでも叶わない事はあるから。私は私の与えられた世界の中で、幸せを見つけていくの。
「フラウ、好きよ。大好き……」
きっと、このアカデミーはゆりかご。沢山の大人たちの想いに護られた子供たちが暮らす学び舎。ここを出てしまえば、私たちは決して同じには扱われない。
「フィオ……フィオリーレ、私もよ」
だから、あと少しだけでも、彼女の手の中で咲く華で居たい。
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