高嶺の花はかくも艶めく 1話(全2話)
短編4つ目
「切り取られる花にだって」の後日談的なお話です。
女神たちに愛されたルーメン
中央にサンクティオ、東にメディウム、西にサルトス、北にゲンティアナ、そして、南にオレア。
それぞれに女神の末裔たちがおり、今でもルーメンを護っているのだとか。
実際に創成の三女神の末裔は神子としてサンクティオ、メディウム、サルトスの王家としてあり、四季を司る女神たちの末裔は、加護を受ける者として存在している。
そしてここは、ルーメン中の子供たちが集められている学び舎。
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花壇の手入れを終えた私は、ほぉっと息を吐いて立ち上がった。
夏に咲くソニアの花の球根は、春のこの時期に植えなければならない。そして、天気もいいこんな日は作業には持ってこいだった。
広大なアカデミーの敷地の半分近くは森が占めている。その森へと続く道すがらには、これまた広大な庭園があって、季節ごとに綺麗な花を咲かせている。今の時期はマイオソウティスの小さな青い花が咲いているし、それが終われば色とりどりのローザが咲く。
同じ花でもその年ごとに顔色を変える花たちの姿は、私にとって最大の癒しだった。
はずだった……
そう、少なくとも一年前まではそうだったんだ。
けれど、学年が上がってなんとなしに学舎の上層階にあるラウンジへ入った事で、運命が変わってしまった。
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一年前
「リテラート、専門棟の使用申請が来ていますので、早めに処理を」
「分かった。上に行ったらやる」
あぁ、見たことがある……と言っても、遠目にだ。
何せ相手はルーメンの中央の国 サンクティオの王子様とそのお付きの人だから、そもそも有名人だ。しかし、こんなに近くで見たのは初めてだなぁと、なんとなしに見つめてしまっていた。
本当に自分と同じ人間であるなんて……あ、違った。この人、神子だった。そもそも、同じですらなかった。やっぱり纏うものが違うよなぁ……なんて。
「君は、リテラートがいい?」
「えっ?」
不意に後ろから掛けられた言葉に、振り返った私は、目の前にあるその顔に後退り、そのままバランスを崩して尻もちをついてしまった。ガタガタと椅子を鳴らしてしまったため、いや、目の前の人の影響も多分にあるんだけど、余計と注目を浴びてしまい俯くしかない。
「あ、えっと、ごめんなさい」
「君が謝ることないよ。急に声を掛けたカーティオが悪い」
そっと手を差し伸べてくれたのは、これまた神子の一人でこの国の王子であるティエラ様だった。
えっ、なにこれ、神々しい笑顔ってこういうのだ。そんな眩しい笑顔を見せられてしまったのだから、思わず固まっても仕方ない。
「大丈夫? ごめんね。君があんまり熱心にリテラートを見てたから」
くすりと笑ったその顔がまた眩しい。いやいやいや、そうじゃなくて。ちょっと何、私の寿命ってこんなに短かったの? 一気に神子様たち三人とも近くで見れてしまうなんて、私はきっともう死んでしまうんだわ。きっと、これは女神さまたちが私に最後のご褒美をくれたのよ。
「君、面白いね。ちなみに、俺たちを近くで見たって君は死んでしまったりしないよ」
「……へ?」
どうやら心の声は、全部、口から出ていたらしい。
「ごごご、ごめんなさい!」
どうしよう、どうしよう。
恥ずかしいし、親衛隊の視線が痛くて顔が上げられない。
「カーティオ、そういうの僕なんて言うか知ってるよ。誑かすっていうんだよ」
「さすがに程々にしておかないと、その内、刺されるよ」
「そうなったら看病するのって、俺?」
「適任だろ。同室だし、癒しの力もあるしさ」
頭上から次々に浴びせられる言葉に頭がくらくらしてきた。顔を上げなくても分かる。だって、カーティオ様にこんな風に言える人たちなんて限られてる。カーティオ様の弟のフォルテ様と従弟のクラヴィス様、ティエラ様のお兄様のウェルス様と側近のリデル様。
どうして、こんな事になってしまったんだろう。空がとても綺麗だったから、少しでも近い位置で見られたらって、ラウンジへ上がって来ただけなのに。
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そして今……
あの後は大変だった。同室のフィオにラウンジでのことを問い詰められるし、次の日は同じクラスの皆に囲まれるし。
本当に、何でもないのだ。たまたま、きっとカーティオ様の興味を引いた何かがあっただけ。それが何かは分からないけれど。
「皆、今日も綺麗ね。素敵よ。お天気がいいから、かしら」
私の実家は、メディウムで城の庭師をしている。城の庭園もアカデミーの庭園と負けずと劣らずの素晴らしい庭だ。
一度だけ、小さな頃、父の手伝いで訪れたことがある。色とりどりの花が咲き誇るあの場所は、何年も経った今でも忘れられずにいる。だから、父のような立派な庭師になって、城の庭園を美しいままに保つのが私の夢だ。
作業の為にしていた手袋を取ると、それでも土で汚れた手がそこにあった。球根を埋める為に道具だけでなく、自分の手で掘ったりしたものだから爪の間にも細かな土が入ってしまい黒くなっている。
あぁ、これは念入りに洗わないと取れないな、そうしないとフィオに叱られると考えて、ふっと口元が緩んだ。
寮で同室のフィオリーレは同じメディウムの出身だが、彼女は貴族の娘だ。それなのにお付きの人をつけずにアカデミーにやってきた。ちょっと変わっていると言ったら怒られるが、実際変わっているのは、こんな平民の私に全然偉ぶることもなく接してくる事だ。
生まれた家が違うだけ、とは、彼女の談だが、それを実際に行動に移せる人は、上流へ行くにつれて少なくなるというくらいは、私でも知っている。
「フラウ! やっぱりここにいたのね。ほら、ステラの就任式典がもうすぐ始まるわ。早く、手を洗って。行くわよ」
噂をすれば……とは、誰が言った言葉だっただろう。たった今、思い浮かべていた相手が現れた事にくすりと笑いが漏れてしまった。そんな私を不思議そうに見つめる大きな瞳に、今日もこの人は綺麗だなと改めて思う。
「ほら、ぐずぐずしない。服は……うん、こっちは大丈夫ね。ちょっと! 何よこれ!」
私の手を取ったフィオが悲鳴を上げる。爪の間まで土が入ってしまい黒くなった指先を見たからだ。
女の子は、手足の爪の先まで気を使わなければならない。そう常々言っているフィオにとって、今の私の手の状況は信じ難いものであっただろう。
だが、そこで握っている私の手を離さない所が彼女である。
「あの、これは……」
「分かってるから大丈夫よ。だって、あなたがここの手入れをしてくれてるから何時も綺麗な花が咲いているんですもの。それを責めるつもりはないわ。けどね、フラウ」
「「華の命は短いのよ」」
私と彼女の声が重なった。
だって、これは何時も私を着飾ろうとする彼女が口にすることだから。
ふっと笑う彼女と手を握り合って笑う。彼女といると嬉しい、楽しいと、心から思う。後二年、それだけの関係だとしても、きっと彼女との時間を一生忘れる事無く、大事にしていけると思うほどに。
急いで私たちは寮へと向かった。
寮の部屋に入った私は、しっかりと丁寧に手を洗う。そうしてしまえば、今まで花たちと会話をしていた事実は洗い流されてしまう。それは、少しだけ寂しいと思うが、今日は特別だから良いだろう。
式典用の制服に身を包み、綺麗になった私の指先へ、フィオがクリームを取って塗り込んでいく。次にはオイルを爪へ。
そのどれも私とは無縁のものであったが、彼女の信条が許さなかったらしい。何時しか彼女は私を着飾る事を趣味の一つにしてしまった。
鏡の前に座らされ、視線を上げれば、彼女がそっと私の顎へ手を添えて上向かせる。
「少し、口を開いて。目も閉じて」
言われるままに口を開き、瞼を閉じる。
「……ん」
優しい手つきと同じくらい優しい感触が頬を滑っていった。次に、そっと瞼に何かが触れていく。二度、三度……両の瞼に触れると、それは離れていった。最後に唇が撫でられると、ぬるりとした感覚がする。
「いいわよ。目を開けて」
鏡の中の私は、ペッシュの花と同じ色の口紅を引き、健康な土を思わせる色を瞼に乗せ、上気したような頬をしていた。
「綺麗よ、フラウ。さぁ、愛しの王子様たちに会いに行きましょう」
そう言って伸ばされた手に自分の手を乗せた。
「ありがとう、フィオ」
今日はステラの就任式典の日だ。
ステラとはアカデミーの中学年に当たるセカンドを自治する生徒たちの事。毎年、生徒たちの投票によって決められるそれは、同時に生徒たちの人気度と同等の意味を持っていた。
そして、ステラとその補佐をするサウスステラの八人は、一年ほど前のラウンジでの出来事以来、花たちと触れ合う事を一番の癒しと思い愛情を注いできた私の心を奪った人たちでもある。
だが、別に彼らとどうこうなりたいとは決して思ってはいない。何せ彼らはルーメンを創成した女神たちの末裔で、確実に将来のルーメンを動かす人たちだ。たかだか城へ出入りが自由に出来るだけの庭師の娘が、話す事すら本来なら許されない相手なのだ。
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