292 ソロバン
特許庁から帰って来たマサカツとミードリは、正式な書簡を広げて持ち上げ、大喜びしている。
「あらおかえり、早かったわね」
ヴィーシャが二人に話しかけた。
「フフン、一番腕のいい職人に製造を任せた、ビジネスは分かりやすく一本化するのがいい、職人とは7:3の割合にした、明日からミードリと僕で路上実演販売するんだ」
「おぉ、あの計算機?出来たのかい?」
ヤヒスが二階から降りて来て手すりに身体をもたげた体制で声をかける。
「とりあえず何個売るの?」
パムは茶をすすりながら興味ありそうに話に入って来た。
「とりあえず5個ですね、職人がまず手探りで制作するのでそれが限界なんです。
ミードリは少し残念そうな表情をした。
「マサカツよ、お前は戦闘職として金は稼げている、他にも収入のアテが必要なのか?第一に我はアレの意味を理解できない」
リャヒがいつになく真面目な表情で肘をついて喋った。
「うまくいけば働かなくても金が入って来るんだ、ああ夢の不労所得」
マサカツは今までに見たことが無いほど高揚している様子である。
翌朝
ヤヒスの許可証を持って二人は意気揚々と出かけて行った。
夕暮れ時になってマサカツとミードリは憔悴した様子で玄関に入って来た。
「おや、どうにも浮かない感じだね、どうだったんだい、ソロバンの売れ行きは」
ヤヒスは夕飯を作る手を休めてたずねた。
「ろ・・・」
「え?」
「ゼロだよ・・・」
ヤヒスの言葉に答えたマサカツはダイニングに座り、ミードリも黙って隣に座した。
「予想外だった・・・いや、予想できたことだったんだ、ソロバンそのものが理解されない、ミードリに使わせたときにすぐさま構造を理解したから誤認していた」
マサカツは両手を握りしめ顔を落としている。
「どういう事なの?」
ソファーに座り込んだヴィーシャは二人の顔色をうかがっている。
「ミードリの頭が良すぎたんだ、多くの人々はアレの意味が理解できない」
「実演販売したんでしょう?」
マサカツはヴィーシャとのやりとりを続けている。
「3桁の数字が絡むともう理解されない、玉の動きも伝わらない、だいいち検算が出来ないんだ、3桁の数字を10回足す計算をして見せても、相手の検算に時間がかかりすぎる、ソロバンでの検算はソロバンでしかできない」
「それで検算をやめて帰ってしまう人が大勢・・・じゃあ2ケタの数字を5回足すとなるとソロバンの恩恵が感じられないのです」
「ん?なんだ、葬儀のような空気だが」
外から戻ったリャヒは詳細を聞いて言葉を発した。
「うむ、悪いが我はそうだろうと予想していた、マサカツもミードリも頭が良すぎる、我が国の大臣は優秀だがそれよりもずっと頭が良い、となれば民草が扱える道理が無かろう」
「そうなんだよねぇ・・・まぁ、漫画みたいにおおこれはスゴい!なんてならないってことか」
「良く考えれば読み書きができない人も大勢いますからね・・・計算なんてもっと敷居が高いのは分かるはずでした」
マサカツとミードリは肩を落としている。
「うぅ・・・マクロを組んだ計算を電卓で確認している人を見た時の気分だ」
「またマサカツが良くわからないことを言っているよ、いいじゃない、もうけなくても十分お金もあるし」
ヤヒスがマサカツに声をかけると彼は、はたと気付いた様子で言った。
「まぁそっか、金は良いとして自分で使えていれば良いし、ここの文明が変わらないってだけのことだむしろ独占できている状態だな、よし」
彼はそう言って朗らかな顔になり二階の自室へ登って行った。
「・・・何だったの?あの切り替えの早さ」
「葬儀みたいな空気から笑顔になっていた・・・」
ヴィーシャとヤヒスが顔を合わせている。
「・・・ああいう人を天才って言うのだと思います、思考が全く違います」
ミードリは椅子の背にもたれてそう言った。




