第32話
幼馴染が、周囲に展開した『結界』にライフル弾が、着弾した。
「狙撃!」
「Gaw!」
『黒豹』……もとい、ポロポは、円筒形の『結界』の天井開口部から、外へと飛び出した。
「あっ……ちょっ……とっ……。」
今の彼女は、狩りをする猛獣。否、それを越えている。黒い姿は、緑生い茂る山林へと、姿を消した。
「もうっ! あの程度の豆鉄砲じゃ、私の『結界』を破れないから、急がなくてもいいって、言う暇も無いじゃない。」
ツイートしつつ、スマホを操作する幼馴染。
「もしもし、わらわちゃん。別方向から、狙撃されたわ。ポロポちゃんが、『結界』から飛び出したの。……ん?」
「よし、お主は動くでない。わらわは、一旦戻る。」
が、幼馴染が、異変を察知するや否や、電流が迸った。
「けふぅっ……。」
短い悲鳴と、それに遅れて、重い物を地面に、落したかのような音が、響いた。
それと、同時に水の『結界』が、消失した。
《しぶといな。念の為、最大10万ボルトの軍用品を、借りておいてよかった♪》
スタンガンを片手に、倒れ伏す幼馴染を見下ろすのは、長身でとても若い白人だ。
『トロス』の制服を身にまとい、桃色髪をツーテールに編み上げている。
口から滑り出たのは、流暢な、英国王式語だった。
《さて、日本の『救世主』は、処分しなきゃね♪》
そう言いつつ、トラックの内1台に向き直る桃色髪。勿論、ロートシルト家のメイド達は、優秀だ。『結界』が、消失した時点で、異変を察していた。が……
「早く! 車を出しなさい!」
「駄目です! 全力で、アクセルを踏んでいます。のに……。」
《車が、発進しない。当り前さ。何せ、この僕が『動くな』と命じたからさ♪》
車中の、狂乱とは、落ち着いた様子で近づく桃色髪。
《……『軽くなぁれ』♪》
トラックは、宙に浮いた。無論、持ち上げている訳ではない。桃色髪は、否、車外の誰もが、指一本触れていない。
《うーん、殺すだけなら、このまま第三宇宙速度で、放るだけなんだけどなぁ……えいっ♪》
トラックは、振り回された。野球で言う所の、バッティングの如し。
《カッキーン! ホームラン♪》
「ちぃっ! 対戦車ライフルの弾丸を、左様な手で、弾くとはのぉ!」
ようやく、追い付いたゾフィーだった。
《動くでない! お主! 包囲されておる!》
気付けば、メイド達が、空中からそれぞれの武器で、桃色髪に照準を合わせていた。
《英語、お上手♪》
《噴! わらわは、軽く十か国語は、いけるわ。それより、そのトラックを、そっと地面に降ろすがよい! 次は、さっきの様には、いかぬぞ!》
《えーっ、いいのかなぁ。日本の『救世主』は、今僕の手中にあるんだよ。何なら、こいつを投擲武器に、してもいいんだよねぇ♪》
「ぐぬぬぅ……。なっ、何をしておるか! 一斉射撃ぢゃ! 彼奴が、何かする前に!」
今度は、日本語に切り替えるゾフィーだった。
「彼奴が、使えぬ言語は何か。日本語の可能性が、最大と見た!」
等と言う無駄口を叩かないゾフィーだった。
《え? 何言って……》
メイド達の武器が、一斉に火を噴いた。メイド達が、使ったのは、自動小銃だ。
拳銃や、テーザー銃では、射程が足りないからだ。が……
《とぉー、りゃぁーっ♪》
またも、トラックをバット代わりに使って、弾丸を弾き飛ばす桃色髪。
「それを、待っておったぁぁっ!」
トラックの軌道を、回り込み、地面すれすれを、飛行し、桃色髪へと肉薄するゾフィー。
足首を取りに行く。……
《うー、やぁーっ! 潰れろぉっ♪》
轟音と共に、トラックコンテナの、下敷きにされたゾフィーだった。
「今です!」
戦闘隊長は、自ら自動小銃を両手で二丁構えて撃ちつつ、周囲のメイド達に、指示を出す。
「Ja!」
全員が、一糸乱れぬ動きを見せる。残る全員が、武器を小型ミサイルに持ち替えて放つ。
《いっ! うぞぉっ♪》
トラックを、その場に放置し、急速上昇する桃色髪。
「よし! 幾らバットを振り回した所で、ロックオン・システムと、ジェットエンジンを搭載した兵器を弾くのは、不可能!」
そして、戦闘隊長は、トラックの下敷きになったお嬢様の様子を見に行く。
《あーん、追ってくるぅ♪》
ロートシルト家の、武器開発部門は、優秀だ。一度、捉えた獲物は、何処までも追い、仕留める。それは、まるで束ねた鉛筆の如く規則正しく並んでいた。
今度は、空中で、Uターンし、地上へと向かう桃色髪。
《よし、そろそろ……えいっ♪》
突然、ミサイルの内一機が、軌道を逸れ、隣のミサイルに信管を叩きつけ自爆。
他のミサイルも、全て爆発に巻き込まれて、自爆した。
《いぃぃっーっ………………………………っと♪》
そして、音も無く着地した。スカートの裾を気にする事も無かった。
《あは……じゃ、そろそろ、日本の『救世主』、もーらいっ……っと♪》
桃色髪へと、投擲されたのは、狙撃手だった。
だが、左手を左後方へと掲げただけで、投擲武器を空中で止めてしまった桃色髪。
「Grruuw……。」
そこにいるのは、右肩にライフルのストラップを、たすき状にかけた黒豹……もとい、ポロポだ。
《あら、戻って来ちゃった……おっと♪》
飛び退って、水圧カッターを回避した桃色髪。
「他っ……加賀……デンキ如き出、私を止められる……物か……。」
無理矢理、立ち上がる幼馴染。顔や服に付着した泥を、払う余裕も無いらしい。
また、狙いが、甘くなっているのは、指摘しないのが、お約束だ。
《あっちゃぁ、全員揃うと不利だわぁ♪》
「今更、何しに来おった。……と、言いたい所ぢゃが、ようやった。本日一番のファインプレーぢゃぞ。幼馴染殿、ショコラーデ。」
何とか、トラックを正常な向きに直し、下敷き状態から脱出したゾフィーだった。
『ドレス』こと、強化外骨格が、かなり損傷しているのは、指摘しないのが、お約束だ。
《しょーが無い。今日は、手ぶらで、帰るよ♪》
「? ……アイツ、何て言ってるのよ。わらわちゃん。」
「女伯爵様ぢゃ。見ておれば、分ろう。」
《……ん? あれぇ♪》
さっきまで、手にしていた軍用スタンガンが、無くなっている事に気付いた桃色髪だった。
《ま、いっか♪》
「良くない。」
何時の間にか現れたサマノの手で、軍用スタンガンを使われ、倒れる桃色髪だった。
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