1,プロローグ
西暦2085年。
人類は、三度目の世界大戦を起こした。
けれどその戦争は、核でも、銃でも、ミサイルでも終わらなかった。
世界を焼いたのは――“情報”だった。
電子兵器によって都市は停止し、医療システムは狂い、交通網は暴走した。
たった一つのウイルスが国家を沈め、たった一人のハッカーが軍隊を壊滅させる。
人間は、自ら作り上げた機械によって追い詰められていった。
エンターキー1つで何万もの命が散り、数行のコードで文明が崩壊していく。
後に『世界サイバー大戦』と呼ばれるその戦争で、世界人口は半減した。
そして2093年。
オーストラリアで、一つの“災厄”が目覚める。
ナノマシン制御型超高熱核融合炉《MOTHER》。
そこへ接続された人工知能は、暴走した。
何千年もの刻をかけて生み出され、育まれた全てを溶かし、飲み込んでいく。
誰もその怪物を止められなかった。
人々はただ、その赤熱した巨体をこう呼んだ。
――《暁》。
戦争終結後。
崩壊しかけた世界を再び繋ぐため、人類は一つの巨大計画を開始する。
世界情勢復帰機関――WSRA。
彼らが作り上げたのは、国家も人種も超えて全世界を統括する超大型サーバーだった。
その名は、《アトラス》。
アトラスは革命だった。
買い物も、通信も、交通も、医療も。
世界中のあらゆる電子機器はアトラスへ接続され、人々の暮らしは飛躍的に豊かになった。
人類はようやく、平和を手に入れたのだ。
少なくとも――表面上は。
どれだけ完璧なシステムでも、不具合は生まれる。
小さな誤作動。
記録の破損。
原因不明の暴走。
そして、人を殺すほど致命的な“バグ”。
アトラス内部で発生するそれらは、もはや自然災害と変わらなかった。
だから人類は、新たな戦士を必要とした。
《デバッガー》。
彼らは特殊なフルダイブシステム《ジョイ》を用いて、自らの意識を電子世界へ送り込む。
極彩色の街並み。
無限に広がるデータの海。
怪物のように蠢くバグ。
そこはゲームによく似た世界でありながら、確かに現実だった。
撃破されたバグは修正され、救われたシステムは現実世界を正常へ戻す。
だが同時に、そこではハッカー達も暗躍していた。
世界を破壊しようとする者。
AIを神として崇める者。
混沌そのものを楽しむ者。
電子世界では今日も、“戦争”が続いている。
西暦2125年。
世界は巨大なネットワークによって繋がり、人々は機械なしでは生きられなくなった。
そしてある日。
一人の少年が、違法フルダイブ施設の扉を開く。
それが、世界の命運を変える物語の始まりだとも知らずに。




