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首無し死体と耳の形、そしてカルディナ

 

   首無し死体と耳の形、そしてカルディナ

 

 残忍な犯行を自白してしまった……

 まあ、探偵が犯人というのはよくある設定だ。

 

 探偵自身、あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。

 

 ヴァンダインの第四則違反……

 

 ただ、これだけは書いておく――

 

 私は彼女の首を撥ねてはいない。

 

 そんな猟奇的な趣味は私にはない。心底嫌になったから彼女を殺した。ただそれだけだ。

 

 クローゼットの中で話の内容はハッキリとはわからなかったが、尾崎夫妻と彼女の夫の声を聴いている。クローゼットの中で聴いた声――父親に電話しているその声は確かにそのちょっと前に聴こえた声の一つと同じに思えた。

 私は顔は見てはいないが首を撥ねたのは勝男だろう。

 まあ、失顔症――相貌失認の私なので、仮に見たとしてもハッキリ勝男だとわかるわけはないのだが……

 

 失顔症――相貌失認といえば……

 

 このミステリーで耳の形云々が出て来ていたな……

 あれは、何かの伏線だったのだろうか?

 

 顔が区別できないという障害を負ったあと、私は可能なら耳の形を気にするようになっていた。勿論、髪の毛で隠れてわからないことも多いし、余程の特徴――例えば福耳とか――がなければ役には立たないが。

 一度だけ良美と良美ちゃんが同時に私の目の前に現れた時、私は二人の耳の形を意識した。顔で区別はできないが、耳の形に特徴があれば区別できるはずだった。

 しかし――髪で少し隠れていたせいもあるが――ハッキリとは区別できなかった。ただ、その時、もう少ししっかり耳の形の違いを頭に入れておきたかった気持ちはあった。

 ちなみに祐天寺良美がまだ子供の時、あの施設で会った時にも彼女の耳は見てはいるはずだが、その時、彼女がどんな耳をしていたかはまるで記憶にない。他人の耳の形に注意を向けるようになったのは、失顔症――相貌失認という障害を持ったあとだ。

 読者も誰でもいいので知人の耳が福耳であるか? そうでないか? 記憶だけでは即答はできまい。私が耳の形を気にするのは「顔が区別できない」という抱えた障害があるが故だ。

 

 話を戻そう――

 

 あの時、私の目の前にはうつ伏せに倒れた女性の首無し死体があった。殺したのは私で間違いないが、首を撥ねたのは私ではない。首がないという異常な光景にしばしその場に立ち尽くした。

 切断面を見たか? は記憶にないが、やはり見ないようにしていたかもしれない。医者とはいえ、やはりショッキングな光景だった。

 勿論、それは人体模型ではない、その点は間違いない。私が殺した佐藤良美――旧姓尾崎良美が恐らく尾崎勝男によって首を撥ねられ……

 しかし、その時思ったのだ。

 

 この死体は本当に佐藤良美――旧姓尾崎良美なのだろうか? と――

 

 顔を見ても区別はできないが、胴体の切断面のその先の頭があるべきところをずっとただ見つめていた。

 

 そこに頭があって耳があればわかるのだろうか?

 

 いや、耳の形でも判断はできない。

 

 ただ、一つだけ確認する方法はあった。

 

 そうなのだ。私は彼女のアソコにほくろがあることを知っている。

 

 ああ、破廉恥だな……

 小説内の坂東善を私は責めることはできない……

 

 私はその首無しの死体のアソコのほくろを確認したのだ。

 ホクロはあった。死体は佐藤良美――旧姓尾崎良美で間違いなかった。

 

 ここで白状しておこう。彼女と不倫関係を続けてしまった理由にはこのホクロも関係している。

 私はその障害ゆえに、彼女と面と向かっていても、彼女が本当に彼女なのか? わからなくなる不安があったのだ。

 その不安を取り除きたくて仕方なくなる。

 明るい環境下で彼女とそうした行為をすれば、自ずとそのホクロを見ることができる。そしてそれは私を安心させてくれたのだ。

 障害を抱えた私にとって、彼女は世界でただ一人の存在であったのかもしれない……

 

 いけないな、こんなことまで書いてしまうとは……

 

 彼女を殺した犯人は私だと自白しているが、最後、もう少しきちんとミステリーらしく状況を記しておく。

 

 首のない彼女はうつ伏せだった。胸の牛刀は抜かれてキッチンの流しにあった。奇麗に洗われていたようだ。

 首の切断面は見たかもしれないが、あまり記憶にない。死体もうつ伏せのままにしてたから、胸の傷がどうなっているか? 牛刀はただ抜かれただけなのか? それとも抉られたのか? は確認してはいない。

 

 玄関には鍵が掛かっていた。

 

 ――密室……

 

 一瞬、その単語が頭をよぎるが、意味は何もない。

 私が殺して、私はその密室の中にいるのだから。

 単に、勝男が合鍵を持っていて外から施錠したのだろうと思った。

 

 どうしようもないので逃げることにした。

 一瞬だけ、すべての犯行を勝男に押し付けられないか? 考えたがやはり無理があった。

 最低限の後始末――自分が触れたであろう箇所を簡単にハンカチで拭っておいた。

 流しの牛刀の柄も拭ったが、首を撥ねた犯人――おそらく勝男の指紋まで拭うことになることに妙な想いがあった。

 玄関の鍵を開け、そのまま外に出た。

 車は少し離れた空き地に止めている。私の車は……

 

 いや、もうこの辺でやめておこう……

 

 おそらく、誰かに見られているだろうな。

 

 祐天寺良美も気付いたのだろう。

 

 帰路、バイクとすれ違った。サングラスとマスクで顔を隠した人物が乗っていた。

 恐らく、殺し屋首猛夫だったのだろう。

 


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