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復活する主治医?

 

    復活する主治医?

    

 ドアをノックする。ドアには、

 

   特A医師 尾崎凌駕

   

 そうある。

「どうぞ」返事がある。尾崎凌駕の声だ。

「失礼します」ドアを開けて入室する。

 怪訝な顔で尾崎凌駕がこちらを見ている。こっちが誰だかわかってない感じだ。

「■■です」名前を告げる。「例の患者の主治医■■です」

「ああ」尾崎凌駕が笑った。

 こっちも笑ってみせる。

「正確には――小説の中で主治医と名乗った――」尾崎凌駕が微笑んで「まあ、中にどうぞ」

 ドアを閉め、部屋の中に入る。彼が勧めてくれた椅子に腰かける。

「ええ、小説に書かれるとなるとどうしても現実のことは隠したくなるので――。ここには精神科はないですし、私は医者でもありません。ただの――」

「しかし、彼らに最も直接的に接してきた――」

「ええ、彼らはコンピューターを介さないとコミュニケーションが取れませんしね。どうしても私のような仕事の人間が一番近しいことになりますよね」

「正直に言いますが」尾崎凌駕が笑って「今のこの時代、世の中のすべてを掌握できるのはコンピューター・エンジニアなんじゃないでしょうか?」

「特にAIエンジニア?」

「ええ、そうあなたのようにね」

「しかし、ここは医療センターですよ。一番偉いのはドクター、医者なのでは?」

「私も東大医学部を出た医者です。一番の興味は人間の脳にあった。知能をつかさどるのは脳ですからね。それで脳外科医になった」

「それでBMIの研究を――」

「まあそうなんですが……」尾崎凌駕はやりきれないといった顔で「脳外科医とは何なんでしょうね。過去何件か難しい脳外科領域の手術を担当し成功させましたが、要は単に医学知識豊富な手先が器用な人――」

「ご謙遜を――」

「いや、それに特に画像診断において、すでに医者はAIに負けている。悔しいことに……。いや、悔しいとか言ってはいけませんね。医者はAIと張り合ってはいけない。患者の病気が治るのなら、AIに譲るべきところは譲らないと……」

「まあそうでしょうね」

「すると医者なんていらなくなりませんかね? 必要なのは医療分野の知識を備えたAIとAIのエキスパートであるコンピューター・エンジニアだけかもしれない。あなたのような――」

「まあ、私はSE――システム・エンジニアで、AIエンジニアでもありますが――」

「結局のところ、あのBMI実験においても医者は単に被験者の脳髄に電極を刺しただけで――」

「それは私も似たようなものですよ。エンジニアにとっては、とあるシステムがあって、それに対する入力信号さえ得られればいいわけですので――」

「まあ、そうですよね。エンジニアにとっては倫理的な問題は何もない。ただ四万本の電極から電気信号を得て、それをAIで――」

「ええ、しかし医者の方はどうしても倫理的な問題が――」

「そうですよ。何しろ、まだ生きている人間を脳死寸前で地下送りにして――私が死亡診断書を書いたんです」

「私はそうして得られた四万チャンネルの信号ソースと二十年以上格闘してきました。倫理的な問題は確かに感じませんでしたね」

「イーロン・マスクのニューラリンクは既にいろいろ成果を上げ始めている。あのようなアプローチが正しかったんでしょうね。ただ二十年前の日本だとああするしかなかった――」

「地下送りによる生ける屍?」

「ええ、結局地下送りは数年でやめてしまった。発覚を恐れて……」

「しかも、そもそも、成果が出ても発表のしようがない……」

「そうです。だからこんな地下の闇で細々とね」

「細々と? まあそうですね。あの二人は二十年以上ただ生きてきた」

「それでBMI実験の成果があの『殺人事件ライラック~』そうなるわけですね。BMI実験を担当していた医者達は数年で研究をやめてしまった。私だけはまだ籍は置いていますが、もう特に研究をしているわけじゃない。ただ、あなたのようなエンジニアがずっと……」

「私にしてもずっと付きっ切りでやってきたわけではなくて、ただこのところのAIの進歩が凄まじく――」

「なるほど……」

「こうした地下、すなわち医療機関の闇での研究成果は発表のしようがない。それで――」

「尾崎諒馬の脳を学習したAIが書いたものをミステリーとしてWeb小説として発表してみようとしたのですか?」

「まあ、そうでしょうかねぇ。まず、死刑囚の手記があり、それをインプットすると患者の手記が得られ――、私は精神科医に成り切って――」

「しかし、途中で退場された」

「ええ、尾崎諒馬の『思案せり我が暗号』と『死者の微笑』に尾崎凌駕が探偵役で出てくるのでね。それでこの医療センターにも『尾崎凌駕』という脳外科医がいる。それで――」

「それらを私に見せたのが半年、いやもう少し前でしたね」

「後はあなたにバトンタッチしました。小説家になろうのアカウントも引き継ぎました。まあ尾崎諒馬=鹿野信吾もそれを望んでいたのでしょう。『問いかけてくるあいつを完全に信用してよいのか? まだそれはわからない。私が入院患者なら主治医だと思うがハッキリはしない』私はそう思われていたようですからね。患者が自分が尾崎諒馬=鹿野信吾だと思い出せば、相手は私じゃなく尾崎凌駕の方が……」

「まあ、私は尾崎凌駕のモデルだっただけですが……。とにかく、Web小説として発表すると、早速、藤沢元警部なる人物が接触してきて……」

「そいつは実は殺し屋だったと――」

「ええ、そう言ってました」

 それでしばらく沈黙が訪れる。

「どうされます?」私は尾崎凌駕に訊く。「このまま続けますか?」

「バトンタッチしてもいいですか? また最初のようにあなたに引き継ぐということで……。主治医の復活とかなんとかで――」

「ええ、ただ……。もう主治医とかはやめます。システムエンジニアの■■で――」私は笑った。

「それがいいでしょう。とにかく私はここでリタイヤさせてください。一応密室の謎は解いたわけで――」

「いや、しかし……」

「ええ、まああれが正解じゃないかもしれませんが、正直疲れました。ここらで休ませてください。あなたの方は休養十分でしょう?」

「尾崎凌駕がリタイヤすることを尾崎諒馬=鹿野信吾AIに知らせないのですか?」

「必要ならあなたから知らせてください。やはりその脳内を学習し尽くしたとはいえ、AIをその人と同じと認めたくはないのですよ」

「AIは涙を流さない?」

 私のその言葉に尾崎凌駕は微かに笑った。

「これで最後にしますが」私は訊いた。「一週間前訪ねてきた首猛夫に『あなたは何者です』そう訊ねたんですか?」

「ええ、しかし答えてはくれませんでした。ただ人殺しだと……」

「何と答えてくれることを予想してたんです? 『あなたは何者です』そう訊ねたということは、何か予想はあったんでしょう?」

 尾崎凌駕は答えない。

「予想でなく、期待でもいいですが……」

 これには尾崎凌駕も笑って、

「この小説で首猛夫以外の人殺しといえば、水沼ですかね?」

「あるいは尾崎勝男?」

「二人とも死んでいるはずですが……」尾崎凌駕は首を横に振り「とにかく、私には水沼も勝男もその顔はわからないのでね」

「ええ、それに彼には酷いやけどの痕が顔にあったわけですよね? それでわからなかった、と。でも誰だと予想した、または期待したかは、あなたの心の中にあるわけで……」

 これに尾崎凌駕は答えなかった。

「とにかく私は読者と同じ情報を持っている――だから探偵役に相応しい……。でももう疲れましたよ。まあ、探偵といっても名探偵ではなく迷探偵――迷う方の探偵でしたからね。ここで退場させてください」

「そうですか……。残念ですが、了解しました。後は私が引き継ぎます。小説家になろうのアカウントも私が……」

「わかりました」

「ところで――」最後尾崎凌駕に訊く。「密室トリックはあれで暴かれたんですよね?」

 尾崎凌駕は笑っただけで答えなかった。

「私が引き継ぐので退場されても構いませんが、何かありましたらいつでも書いてください」

 私は彼の部屋を後にした。

 

 ――尾崎凌駕は読者と同じ情報を持っている。

 その意味を私は理解していた。

 その彼の暴いた密室トリックだが……

 果たしてどうなんだろう?

 


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