首猛夫の小説の続きの挿入
首猛夫の小説の続きの挿入
「あなたは前に『真相』と題して小説を書きましたよね? 『若干、現実とは違うのかもしれないが、神の視点を持つ、首猛夫が書いているので現実に肉薄している』とか何とか……」
「ええ」
「あなたは神の視点を持つと言いながら、佐藤稔宅での佐藤良美殺害斬首事件は見てはいない。だから何を書いてもそれは事実ではなく、小説――つまり虚構に過ぎない。違いますか?」
「それで私の書いた『真相』を途中から割愛したと?」
「ええ、でもここであれの続きを挿入しましょうか?」
別荘での殺人事件 続き
女装して仮面を付ければ、勝男は良美と入れ替わることが可能――。そういうトリック。それをミステリー作家の尾崎諒馬自身が証明した……
確か第一部の八章にそんなことが書かれているが、尾崎諒馬は変装した勝男を良美と思い込んでいる。立ったまま気絶した彼は夢の中でそう思い込んで、何とか良美を救おうとしている。殺人という犯罪が良美には不可能だった――そういうアリバイ工作をしようとしている。
尾崎諒馬は勝男をウェディングドレスに着替えさせる。
「午前一時半、バケツを被って……。生首はバケツに入れて……。階段でいちりとせ……。そして離れに……。大丈夫、僕が何とかするから……」
勝男は素直に尾崎諒馬の言うことを聞くことにする。
本物の生首と首無し死体を使って「針金の蝶々」を演じるのだ。
――主演は自分だ!
しかし……
二階にバケツは一個しかなかった。
生首は半透明なポリ袋に入れることにしようかと考える。先ほどえぐった心臓のかけらを入れたポリ袋に纏めて……
いや……
勝男は良美と結婚したが彼女を少しも愛してはいなかった。良美も勝男を愛してはいなかったので何の問題もなかった。
勝男はただ本物の生首を所望していた。
ふと、クーラー・ボックスの中の姉の生首を思い出す。
クーラー・ボックスを開け、姉良美の生首を取り出す。
――生首の足し算が合わない……
勝男は妻良美を殺して首を撥ねたことで、先に撥ねてしまった姉の首をどうすればいいのか? 思い悩んだ。
まあ、仕方ない……
あれもあれで本番のいい練習になったわけだ。
とにかく本物の生首が欲しかっただけだ。
それくらい、作り物の生首はチープで稚拙だった。
勝男は満足していた。嬉しそうに笑っていた。
果たして勝男に人間の心はあるのだろうか?
心は何処に宿る?
脳か? 心臓か?
ブリキの花嫁に果たして人の心はあるのだろうか?
勝男は尾崎諒馬がどっちの良美を愛しているのかを考える。
そして答えを見つけた。
ブリキの花嫁の心がその答えを見つけた。
その心は人ではなく鬼だったのかもしれない。
殺人鬼……
それでも心はあったのだ……
姉良美の生首を手にしたまま、クーラー・ボックスの蓋を閉める。
勝男は姉良美を恐らく殺してはいない。
首は撥ねたが殺してはいない。
姉もあいつに無残に殺されて……
こうして生首になってしまって……
でも、これは祝福された死だ!
そんな風に言われたら……
きっと、恨むだろう……
姉の生首にちょっとだけ恨みを晴らさせてあげようか?
ミステリー作家への恨み……
残忍な死を祝福するミステリー作家への恨み……
* * *
「小説としてはよくできていると思います」尾崎凌駕が笑った。「しかし、これはあくまで小説――つまりあなたが書いた虚構で――」
「虚構かもしれませんが現実がベースにあります」首猛夫が口を挟む。「それに、あなたが読者への挑戦状に追加した――ブリキの花嫁が離れに持ち込んだ首が『良美ちゃん』の首ではなく『良美』の首だったのはなぜか? の回答になっているつもりなんですがね」
「なるほど、しかし……」
「まあ、確かに……」首猛夫が声を落として「実はわざと現実とは違うことを書きました。だからあなたが割愛してくれて少しホッとしています」
首猛夫が認めたので尾崎凌駕は頷いて、
「で、あの言葉について思ったのですが……」
「例のあの?」
「ええ、世界の【悪意】のすべてを一身に引き受けたような――」
「重い言葉ですね……」
「ですが……」尾崎凌駕は首を傾げて「確かに中井英夫の言葉と言われれば重い言葉かと思いますが……、果たしてそれを真に受けて自殺までするでしょうか?」
「尾崎諒馬=鹿野信吾と……それに会長も……いや、会長は病死?」
「ええ、まあ、会長は置いておきます。二十数年前の惨劇の発端が自分の書いた『針金の蝶々』というミステリーにあるのだとしても、果たして自殺までするでしょうか? 別荘に火を放って――」
「わかりました――」
首猛夫は腹を括ったように頷いた。そしてポケットからUSBメモリを取り出した。




