首猛夫の独白 会長について
首猛夫の独白 会長について
尾崎凌駕の自室に戻った二人は椅子に座り、首猛夫を聞き役にして、尾崎凌駕が語り始めようとした。離れの密室について――
しかし、それを首猛夫が遮った。
「密室トリックの種明かしはもう少し後にしましょう。その前に私に話をさせてください」
「いいでしょう。何です?」
「まず、尾崎凌駕さん、あなたは二人の良美が似ていたのかどうか? それを気にされた。二人の生首の標本があるので、それで確認できる――」
「あなたは確認できましたか? 髪は剃り上げられ、顔は液浸でふやけたあの生首から――。似てると言えば似ているとも、似てないといえば似てないとも――。いや、そうか、あなたは二人の耳の形を知っている――」
「しかし、あんな標本になってしまえば、性別すらわからない。仮に似ていると判断できたとしても、似ているのは姉と弟、つまり良美と勝男かもしれない」
「なるほど」
「まあ、とにかく似てる似てないの判断は――」
「個人の主観」尾崎凌駕が笑った。
「そう、そうとしか言えない」首猛夫は一息入れた。「とにかく、尾崎凌駕は二人の良美が似ているのか、どうか? を気にした」
「まあ、確かに」
「つまり、旧姓祐天寺良美は自分の異母兄弟かどうか? それが気になった」
「うーん、否定はできませんね。わかりました。黙って聞きますから続けてください」尾崎凌駕は笑ってそのまま黙ってしまった。
首猛夫は話始める。
これから話すことは密室トリックには関係ありませんが、一応ちゃんと話しておきたいのですよ。尾崎睦美会長のことを――
勿論、すべてが正しいのかはわかりませんし、憶測もありますが、生前会長から聞いたことがベースになっていますので、まあそういう話だと……
とにかく――
二人の良美が似ていたか? という問いが、
二人は血がつながっていたのか? と同じ……
つまり、前に私が話した
祐天寺良美は尾崎会長の子供だった――祐天寺良美は孤児ですが、父親は尾崎睦美――小説で言えば近藤睦美――会長には本妻以外に女性が多くいた。そして、その本妻以外に産ませた子供がいて、成人後、自分で祐天寺良美と改名した。
というのは本当か? どうか?
と同じではないかと……
結論から言うと、それは会長か、その女性しか知らないわけですが、どうも、血は繋がっていないようなのですよ。
実は会長は無精子症だったようです。完全な無精子症ではなく、極端に精子が少ない――乏精子症か、運動性に異常がある精子無力症、精子不動症だったようですが、とにかく会長が複数の女性と避妊もせずそうした行為を行っていたのはそういう――
「やはり、そうなんですね」黙って聞きますと言っていた尾崎凌駕だったが口を挟む。「多分、私も会長とは血がつながっていない。いや、失敬――話を続けてください」
なるほど、尾崎凌駕もまた会長とは血がつながっていない……
しかし、尾崎凌駕の母親は会長の前妻で、彼は戸籍の上では会長の子供にあたる。そこは祐天寺良美とは異なる。
話を続けます――
会長は自分のこと――無精子症――は理解した上で、それでも子供――跡取りが欲しかったのだろう。ひょっとしたら、関係を持つ女性を変えれば子供ができる可能性が高まるかもしれない――いや、これは憶測なのだが、無精子症であるが故に快楽をむさぼったのではないだろう。
つまり会長は子供に強く執着している。
仮に自分の血は引いていなくても、愛した女性が産んだ子供なら見捨てはしなかったのだと思う。妻が産んだ子供――良美と勝男。前妻の子供――尾崎凌駕。婚姻関係はなかったが関係を持った女性の子供――祐天寺良美。そして……
首猛夫の話を尾崎凌駕が遮った。
「そしてもう一人――尾崎諒馬=鹿野信吾、本名は佐藤稔」
「なるほど、知っていましたか……」
そうなのだ。尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔も会長の子供の一人。ただ、血がつながっているかは不明――いや、恐らくは繋がっていない。ただ会長と関係のあった女性が産んだ子供であるのは確かだと思われる。
会長が尾崎諒馬のファンだったとして、彼の執筆支援のため別荘を建てる――果たしてそこまでするか? 確かにそうだ。しかし、彼が会長の子供だったら……。血は繋がっていなくても、かつて愛した女性の産んだ子供だったら……
そういうことだ。憶測もあるが首猛夫が知った情報から、その可能性は高い、と読者に伝えておく。
あの事件――
尾崎勝男
佐藤、旧姓尾崎良美
この二人は会長の子供。
尾崎、旧姓祐天寺良美
尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔
二人も会長の子供、ただし血がつながっていない可能性が高い。
坂東善=水沼=佐藤稔
彼は会長の義理の息子
そして今、事件の謎に挑んでいるのは……
尾崎凌駕
彼も会長の子供 但し――
「もう、いいでしょう」尾崎凌駕が遮る。「やはり、密室トリックの方が重要でしょう」
「ええ」
そう頷いた首猛夫だったが、尾崎凌駕は少し何かを考えている顔をした。
「いや、密室トリックの解明の前に――。あなた――首猛夫が書いたパート『事件について語る~生首が三つ』の中にも事実とは違う――つまり嘘があるでしょう?」
「ふーむ」
「なるほど否定はしない」
「嘘なのか? いや、ひょっとしたら叙述トリックなのかもしれませんよ」首猛夫は笑った。
「なるほど」尾崎凌駕も笑った。「まあ、いいでしょう。次は私に語らせてください。密室トリックを暴いてみせます」




