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最終話 事件を通した主人公の成長変化を示すために日常場面を描くエピローグは用意される

 大隈憲法意見書の写しの行方をめぐる騒動は終わった。

 東京府第二中学の生徒、山田武太郎。

 新聞記者も、外務省密偵も、大隈重信の配下の書生たちも、杵屋の芸者たちも、もはや武太郎の学生生活に関わってこないはず。

 ただただ教室で教えられた知識を詰め込むだけ。

 文明開化の時代では立身出世をしなければ始まらないと騒ぐ他の生徒たちほど勉強に熱くなっているわけではない。

 終わらない日常の流れに武太郎は身をまかせる。

 何も変わらない?

 今回の事件を通じて、一つだけ変わった。

 長屋一つ挟んで隣に住む幼馴染との交友関係が復活した。朝に通学するとき、徳太郎のことを誘うようになった。

「もう、早く用意してよ、徳ちゃん」


 朝日の光を浴びながら、芝から内幸町に続く道を、武太郎は徳太郎と二人で連れ立って歩いていく。

 半玉の振り袖姿に身を包んだ 杵屋の美妙ミタエなる者は、もはやこの世には存在していない。

 それなのに、徳太郎ときたら、

「昨日の武ちゃんの芸者姿って、本当に似合っていたな。アリャ、写真でも撮ればよかったのに」

 とか言ってくる。

「黙レ」

「いや、素直に思ったから。化けやがった、と。女に化けるという点においては、あの外務省の密偵を上回っていたのではないかい?」

「フフフ」

「たつ吉の野郎もさすがに本職なだけあって見事な化けっぷりだった。けれども、武ちゃんはさあ・・・」

 武太郎はさえぎる。

「アレは、杵屋の美妙みたえ。美しく妙なると書いてミタエと読ませる」

「何、それ?」

「芸者さんとしての僕の芸名だよ。杵家お六の家から大隈さまの雉子橋のお屋敷に着くまでに急いで馬車の中で考えた。芸者さんとして大隈さまの屋敷に潜り込むというのに、僕にそれらしい芸名がなかったら、おかしいでしょう? ねえ、ミタエって名前、どう思う?」

「ノリノリだったんだなァ」

「え?」

「見習い芸者の半玉にしては、立派な名前すぎない? ねえ、ねえ、ミ・タ・エちゃんはそう思わなかった?」

 と、徳太郎。

「うるさいうるさいうるさいよ。僕がどれだけ大変だったか、徳ちゃん、知らないくせに」

 からかわれて武太郎は赤面する。

「本当に短い時間しかなかったから、そこまで色々と考える余裕がなかったの。とりあえず、芸名がないよりましなの。門のところでは、当然に、僕の芸名も聞かれたんだ」

「ふーん」

「やっぱり、そういう細かいことが大切なんだなって思うよ。細部に神が宿る。斎藤くんもうっかりしていたよね、本職の密偵なのに。しょうがないから、僕は自分ひとりで何とかしちゃったよ。ねえねえねえ、僕ってば、すごいでしょ?」



(終幕)



 

 明治十四年(一八八一年)の四月から五月にかけて、幼き日の山田美妙(武太郎)と尾崎紅葉(徳太郎)は大隈憲法意見書をめぐる騒動に巻き込まれた。

 しかしながら、この【前夜祭】は、彼らにとっては、ほんの一瞬で終わる大嵐にすぎない。

 二人にとって、十月の明治十四年の政変の【本祭】よりも、もっと影響力のあるイベントが七月に待ちうけている。

 東京府第一中学校と東京府第二中学校との合併。

 中産階級の育成を目的としたと思われる一中の生徒たちは、二中の生徒たちと違って、上級学校への進学面に重きをおいてはいない。

 原則として男女別学になる明治十二年(一八七九年)の教育令以前に入学してしまった女学生も、わりと存在している。

 明治時代にエリート男子校と普通の共学校が合併したらどうなるか?

 実際に巻き込まれた両中学校の生徒たちからすれば、たまったものではなかっただろう。


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