第7話 スニーキングミッション1
この貧乏な村では、慢性的に食糧が不足しており、生きていける人間には限りがある。そのため養えないと判断された子供を、船型の木箱に入れ地下水に流すという村の掟がある。
その掟は宗教的な儀式に組み込まれており、選ばれた子供たちを木箱に入れて流すことで、女神の国に送られることになっている。まあ、詭弁だろう。
母親の懸命な努力は実らず、もうすぐ2歳になる俺は、残念ながら養えないと判断され、流されることとなった。
(何とかして、手に入れないとな。)
村周辺には、他に集落や村はないとされている。それが本当であれば、流された後、生き延びたとしても、逃げる先はない。生き続けるためには、サバイバル生活を強いられる可能性が高い。
サバイバル下においては、金属製の道具があるだけで、かなり有利になるはずだ。金属製の道具は、貧乏な村では、かなり貴重で、ほとんどお目にかかることはできない。今分かっているのは、年に数回、教会の儀式で使用される武器が、金属製だと思われること。何としてもそれを確保しておきたい。
当然、頼んだところで貰えるわけもなく、確保するためには、教会の中に保管されているものを拝借するしかない。貴重品なだけに、一度失敗すれば、間違いなく騒ぎになる。恐らく二度目はないだろう。一度きりのチャレンジは、俺が流される直前、1週間前に決行することにした。
貧乏で隔絶された場所にある小さな村なので、周りに知り合いが多く、盗難などの犯罪の話はあまり聞いたことがない。そのため、防犯に関しては緩いのだが、さすがに教会の儀礼用に使われるため武器は、相応に厳重に保管されている。
これまで必死に調べてきたこともあり、保管場所のあたりはついているのだが、そこに一般人が入れるはずもなく、直接は確認できていない。一発勝負で、保管場所に忍び込み、誰にも気づかれずに、目的のものを持ち帰る必要がある。
リスクが高すぎるのだが、今後の絶望的な状況を考えれば、リスクを押してでも、チャレンジする価値がある。厳重に保管されているとはいえ、所詮、この貧乏で技術力もない村でできるレベルの対策であり、たかがしれているはずだ。
(問題は、どのくらい厳重かだが・・・)
わかっているのは、保管場所に近づけないように、人的な対策が行われていること。要するに、警備する人がいるということだ。正確には保管場所を警備している訳ではなく、保管場所がある教会の入り口を警備している。
警備する時間は、日の出過ぎから日没まで、若干前後するが、夜は日が落ちてから2時間程度で、警備員は帰宅する。村には人工的な明かりが皆無のため、そのぐらいの時間で就寝する家庭も多い。そういう意味では、十分な警備時間なのだろう。
儀式用の武器の保管場所に、あたりを付けることはできているのだが、その先のことは、調べようとしたがわからなかった。対策があったとしても、精々、扉に鍵がかかっている程度だとは思う。村の技術力からすれば、扉に鍵がない可能性も十分考えられる。あったとしても単純で原始的な鍵だろう。
そこまで考えて、前準備を行ってきた。できる限りのことはしたはずだ。今晩、いよいよチャレンジすることにする。
・・・
(珍しいな。)
俺は寝たふりをしながら、母親の様子をうかがっていた。既に日が沈み、部屋が暗闇に包まれている。いつもなら、すぐに寝息が聞こえ始めるのだが、今日に限って聞こえてこない。俺の緊張が、母親にも伝わったのかもしれない。
やきもきしていると、1時間くらいたっただろうか、ようやく母親の寝息が聞こえ始めた。一度寝てしまえば、めったに起きることはない。俺はさらに30分程度様子をみて、母親が完全に寝入ったことを確認してから、こっそり外に出た。
(きれいだな。)
今日は天気が良く、いつも以上に星がきれいに見える。村には人工的な明かりがない。村長の家の前には、松明が置かれることが稀にあるが、少なくとも、うちの周りにはない。
日没とともに、うちの周りは暗闇に包まれたのだが、やがて、それを補うように、星の光で明るく照らされる。夜空の星々が呆れるほど綺麗に見える。
周りの気温は、急激に下がってきているが、気持ちが高ぶっており、心臓の鼓動が速く、あまり寒さを感じない。
(この時間は、いつも誰もいないから助かるな。)
狭い村と言うこともあり、誰とも会うことなく、目的としている教会前に到着した。教会には神父が住んでいるのだが、寝泊まり用の住居が隣にある。儀式用の武器は、教会の中に保管されている。
とは言っても、隣の建物には、神父が寝泊まりしているので、大きな音がすれば、当然見つかる可能性が高まる。極力音を立てず、誰にも見つからずに、目的を果たす必要があるだろう。
(こんなゲーム、昔よくやっていたな。段ボール最強・・・)
今から侵入を試みる教会には、通用口も含め、扉を開けると音の鳴る仕組みが付いている。防犯というより、来客を知らせるための仕組みだ。たとえ入り口の扉をゆっくり、慎重に開けたとしても、ちょっとでも音が鳴れば、神父に気づかれる可能性がある。
扉以外の侵入経路としては窓があるが、通常であれば侵入は難しい。窓に鍵は付いていないのだが、少し高い場所にあり、侵入しにくいうえ、サイズが小さい。大人であれば、諦める経路だが、俺ぐらいの大きさであれば、ギリギリ入り込める。
俺は窓の高さをクリアするために、竹材で作っておいた簡易な足場を使い、窓を開けて侵入する。
「ガタン」
侵入したときに窓がしまり、大きな音が出てしまった。心臓が跳ね上がり、ドキッとしたが、窓の位置は神父の寝ている建物から遠い。気づかれる可能性は、低いはずだ。
「ふう」
暫く、息を止めて周囲をうかがっていたが、どうやら気づかれたような反応はない。安心すると同時に、少しため息が漏れる。そのため息の大きさに、また、心臓の鼓動が少し速まった。
しかし、我ながら2歳弱とは思えない運動能力がある。体が軽いということもあるのだが、それだけでは説明がつかない。
1歳で歩けるようになり、積極的に深夜の調査を行ったお陰で、体力が付いたことは間違いない。前世の意識があり、必要に駆られて行ったのだが、普通の一歳児では体が付いていかず、そもそも調査などできないはずだ。
特に筋肉質とも思えない、見た目は、赤ちゃん特有のぷにぷにの腕。それなのに、異常な運動能力だろう。その原因については、今は考えてもしかたがない。ここはありがたい事実として、それ以上考えることなく、目的を果たすために行動していく。
(さてと、ここから更に慎重に行かないとな。)
無事に教会内への侵入を果たしたのだが、完全に暗闇となった。もう一度、深呼吸しつつ、人の気配を探る。
・・・
周りに人の気配はない。さらに、少し動きながら、周囲を確認し、完全に無人であることを確認してから、竹の入れ物を調節する。
外は、星の光のお陰で、行動できるレベルの明るさを確保できているが、室内ではさすがに厳しい。行動するためには、人工的な明かりが必要となる。そこで俺が用意したのは、オリーブを集めて作ったロウソク。
ロウソクは直接持つのではなく、それを入れる用の竹の入れ物を用意しており、光源が不要な場合には、明かりが漏れないように蓋をする工夫もしてある。
竹の入れ物のため、発火するリスクは当然あるのだが、試行錯誤を重ねて、火を十分小さくすることでリスクは抑えている。それでも、材料が燃えやすいだけに、油断は禁物だ。ちなみに、ライターのような便利な道具がないので、家の台所にある火種で既に着火してある。
(十分だな。)
小さなロウソクの明かりが、竹の入れ物から漏れ始め、その明かりで部屋の中がうっすら照らされるようになった。強い明かりではないため、目が慣れるまで少し待ってから移動を始める。
慎重にあたりの気配を探り、物音を立てないように気を付けて進みながら、目的の保管場所を目指して進んでいく。儀式用の武器は、祭壇がある部屋の中にある小部屋に保管されているはずだ。