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STELLAR PLACE  作者: 如月十六夜
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3. 望遠鏡

午後7時少し前。

待ち合わせなんてした覚えもないのに、メンバー3人だけの名ばかり天文サークルは同じ時間に同じ場所で落ち合った。

昔から、お互いに相手の行動や考えてることはわかっていた。

しかし大学に入ってからというものの、僕は生まれ持ってのその性格で色々と塞ぎ込んでしまい友人という友人は白鳥くらいのものだった。

一方で彼女は生まれ持ってのその性格で着々と素晴らしい大学生活を送ってきた。

そんな月と鼈のような関係の僕らが何故気の合うような人間同士なのかといえば、幼馴染という括りでしかいられない。

これが、僕がもっと華やかで揚々とした性格であれば彼女も文字通りの"彼女"となっていたかもしれない。

考えれば考えるほど、僕の人生をリセットしたくなる。


「ごめん、待った?」


「待つも何も、約束してないだろう。」


「意地悪いなぁ。だから友達少ないんだよ?」


「少ないんじゃない、いないんだ。」


「どこまでも突慳貪なんだから…いつからそうなっちゃたのよ。」


「一番近くに居たキミが一番よく知っているんじゃないのか。」


「自分でもわからないことを他人の私が知ってるわけないじゃない。望遠鏡の構造って知ってる?遠くのものは見えても近くのものは見えないでしょう。」


ぐうの音も出ない。

身に突き刺さるその言葉を聞き流した振りをしながら、よく反芻する。

彼女の言う言葉は至極真っ当な言葉ばかりでつい反抗してしまう。

反芻はするものの、これが良く消化されて自らの糧になることは滅多にない。

幼馴染のお説教というものは、よくある少年モノやラブストーリーだけのものだとばかり思っていたが実際に経験してみるととても鬱陶しいものである。

世の中そううまくはいかない。

遠くのものはよく見えるけど、近くのものは見えない、か。


「私星を見るのは久しぶりなんだけど、今だと何が見れるの?」


「蠍とか、夏の大三角、ペガススとか。」


「ペガサス?」


「"ペガスス"。正しくはね。」


「へぇー!やっぱり星一君は星のことになると顔が明るくなるね。0等星並みだよ。」


「そんなに明るくない。」


「じゃあもっと明るくなってよ!」


真っすぐと僕の顔を見て言った彼女の顔を僕は見ることができなかった。

その様子を確認して彼女は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で続けた。


「キミが月なら私が頑張ればキミも輝けると思ったんだけどな」


「僕が…なんだって?」


「一度しか言いません。」


そう言って彼女は僕と重たい望遠鏡を置いて見晴らしのいい丘の方へ駆けて行った。



「早くしないと置いてくよ!」


「望遠鏡を持たずして何を見るんだ。」


「無くたって、星はいつも見えるもの!」



体力のない僕が嵩張る荷物に悪戦苦闘しながらようやく丘の上に着いたころには、既にレジャーシートを広げて彼女は寝ころんでいた。



「晩御飯、食べてきた?」


「いいや、まだだけど。」


「ちょうど良かった。梅星のおにぎり、作ってきたの。食べよう?」


「…かたじけない。」


「いつの時代の人間?というか、感謝はできるんだね、安心した。」


目を細めて笑いながら彼女が言う。


「僕を何だと思ってるんだ。ありがたいと思ったらありがとうは言うさ。」


「かたじけないっておもったの?」


「そういうことにしておいてくれ。」


まさか数年ぶりに彼女の作るお弁当を食べるなんて思ってもみなかったから、自分でも面白いほどに整理がつかなくてあのような返答になったのだ。

最後に食べたのはいつだったか…。


「高校生のころだよ。あの暑い日の夜。」


「そうだったっけ。」


「晴れて雲一つ無い、今日みたいな夜だったよ。白鳥君にも見せてあげたかったなー。」


レジャーシートに大の字になって伸びをする。

彼女は続ける。


「わし座。」


「え?」


「あの時教えてくれたよね、彦星。」


「…あぁ、そういえばそうだったっけ。」


「私も星は好きだったけれども、星座の配置なんてほとんど知らなかった。夏の大三角は知ってても、わし座、こと座、はくちょう座の配置を完璧に覚えてる人なんてわずかでしょ?」


「知ってても、社会では役に立たないけどね。」


「役に立てたいと思わない?」


思うさ。


けど、僕はキミみたいには輝けない。


「…キミは眩しすぎる。」


「光を弱めれば、君と居れるかな。」


「…キミはどうしてそんなに僕に優しいんだ。太陽みたいなキミが、どうして僕なんかに気を使うんだ。」


「私が輝けば、君も輝けるかなって思ったんだけど、私の思い違いみたいだね。」



レジャーシートから乱暴に起き上がる。

それはもう、子供のように乱暴に、乱雑に。



「昔は、私とキミは間逆の存在だったはずだよ。君は変わっちゃった。あの日から…」



彼女は言葉を詰まらせ、それ以上は言わなかった。

決して泣いてる訳でもなく、怒っているわけでもない。呆れてもいない…ように見えた。



彼女はその日はそれ以降、口を利かなかった。



真っ暗で近くに明かり一つ無い丘の上。

二人は無言で星座を紡いでいた。



夜空に浮かぶ欠けたさそり座と夏の大三角。

さそりの心臓は、とても赤かった。

でも、今までまったく気がつかなかった所から小さな雲が現れて、さそり座の心臓部を隠してしまった。


それを見た彼女は、少し顔を曇らせていたような気がする。


望遠鏡を逆から覗いたときみたいに、今の彼女は遥か彼方、雲の向こうで輝くアンタレスよりも遠い気がした。



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