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私のお兄ちゃんは完璧すぎる  作者: 朱雀 蓮
2.5章 夏休み編
67/75

ときめき奏多メモリアル 中篇 その③

遅くなりました。今回は何方かと言えば短編です。

 陸上競技は、紀元前777年の第1回古代オリンピックに遡る歴史のある競技であり、ルネサンス時代以降に近代スポーツとして発展した。

 1896年に開催された第1回アテネオリンピックをきっかけとして、世界各国へと普及した。 陸上種目の多くはその起源を古代にまで遡るものが多く、古代ギリシアで既にその競技種目としての形式が確立されていた。

 そして、近代オリンピックでは多くの国の選手たちが己の築き上げた、全てをぶつける熱き戦いを繰り広げている。

                         ◇

 【疾風対迅雷】


 その日、靫空奏多の朝は早かった。

 夏休みに入ってからは毎朝7時起床だったが、今日は朝の5時。

 その理由は隣人且つ幼馴染、轟加奈が大阪で行われる陸上大会の応援に来てほしいとの頼みに承諾し、奏多は午前9時の開会式に間に合うように朝早く支度をしていた。

 家で留守番をしてくれる者たちの朝食と昼食の準備をし終え、愛用の割烹着の様なエプロンを外す。


 既に居候の佐々木紅葉は目覚めており、窓を開けると木刀を素振りする音が聞こえる。

 そして、隣の部屋に住む妹の靫空奏は未だすぅすぅと寝ている。

 奏多は奏の部屋に入ると、何時も驚かされる凄まじい寝相にくすりと笑い、その頭をなでなでと撫でる。

 

 「行ってきます。」

 

 そう、耳音で囁くと奏はグフフフと寝ながら笑い、奏多は部屋を後にする。

 リビングに降りると恒例行事の様に猫がピョンとジャンプし奏多の鞄に入ると、奏多は鞄を背にした。

 外に出てバイクに跨ると庭で未だに素振りをしている紅葉に、

 

 「じゃあ、紅葉さん、留守番は任せます。」

 

 と、声を掛けエンジンを掛ける。


 「畏まりました!!頑張って加奈殿を応援してきてくださいで候。いってらっしゃいませ!!」

 

 紅葉はバイクが見えなくなるまで手を振り続け、そのまま訓練に戻った。

 

 そしてバイクを走らせる奏多の背中の鞄から愛すべきポンコツ猫神ソナタがぴょこっと首を出した。

 だが、凄まじい風圧のせいで顔がとんでもない事になっている。

 

 「あぁぁるぅぅじぃぃぃぃぃ~~~、きょぉぉぉうぅぅぅぅはぁぁぁぁぁ、ずぅぅぅいぃぃぃぶぅぅぅんとぉぉぉぉはぁぁぁぁやぁぁぁぁいぃぃぃぃのぉぉぉぉぉ!!」

 

 扇風機の前で話すような感じになり、正直聞き取りずらい。

 

 「あぁ!!応援のために早めに会場入りして轟に遭っときたいなって思ってさ!!だから昨日の晩に、蜂蜜檸檬作っといたんだよ!!」

 

 走行中の為奏多も大声で話すが、周りに車が少ないため声が響く。

 

 そうこうしている内に、奏多の乗ったバイクは駅に着き、有料の駐輪場にバイクを置く。

 

 「じゃあ、アイ。盗まれないようにしっかりとセキュリティを頼むね。」

 『畏まりました!!このアイ、マスター意外を跨らせません!!』

 

 何というか・・・意味合いはあってるんだが、捉え方を変えるととんでもないセリフになるから出来れば人前では止してほしい。

 

 奏多は駅に入ると、新幹線(指定席/グリーン車)のチケットを買う際、あることに思い当たった。

 

 「ソナタを乗せるのに檻がない」

 

 ここで、新幹線にペットを乗せたいそこのあなたに新幹線ペット料金及び規定の分かりやすい講座!!

 通常、新幹線に犬、猫など危険性のない動物は基本大型でない限りは檻に入れて料金を払えば連れて行けます!!ですが、絶対檻が必要です。以上!!


 だけど、ソナタは猫神!!人間の女の子(幼女)に変身なんてお茶の子さいさいだ!!

 が、まだ明らかに学生の見た目の奏多が幼女を連れているところを万が一同級生にでも見られれば、夏明けに奏多には子供が居る、奏多は夏休みに幼女を連れまわすロリコン、的なあられもない中傷被害を被る可能性が限りなく大である。

 

 だが、背に腹は代えられない・・・奏多はソナタ(人間体)をつれチケットを買うと、朝食の調達のためファストフード店のモーニング限定のハムエッグマフィン、奏多はコーヒーのセット、ソナタはカルピスウォーターのセットを頼み新幹線に乗り込む。

 

 新幹線の中は思ったよりも人が少なく、周りを気にすることなく、奏多達は朝食のマフィンにあり付く。

 200円という安い値段なのに、かなり美味い。しかもコーヒーに至っては感謝プライスで0円という中々赤字になりかねない事をしている。客を呼ぶためならここまでやるか道化師のハンバーガーショップよ。

 

 ぺろりと一人前を食べきり、横を見ると未だ笑顔でマフィンにあり付くソナタが目に映った。

 こうしてみると、何だか娘を見る父親の感情という物が分かるかもしれない。物凄く可愛く見える。

 

 奏多はソナタの口元に着いたマヨネーズをティッシュで拭こうとすると、ティッシュを強奪され自分で拭きだした。

 

 「子ども扱いをするんじゃないわい、(たわ)け!」

 

 うん、可愛くない。この子供。

 

 ハァとため息を吐きながら、奏多は鞄から本を取りだす。

 その際に鞄に入れておいたマスクを装着する。夏風邪でもなったらシャレにならないからな。

 それも、昨日買った【最果てのザナドゥ】だった。

 本を読み始めると同時にソナタが奏多の膝上ですぅすぅ寝始めたので、2,3回頭を撫でてやり読書に没頭した。

 【最果てのザナドゥ】———人間に形を模した不死身の怪物が自らの死を望み、森羅万象の死を司る世界の最果てにある楽園ザナドゥを巡る物語。

 誰もが望む不老不死を手放すための物語という中々斬新なモノで、作品の中で怪物は自分を愛する存在と出会い、その者の為に生きるか死ぬか、とういう葛藤をするシーンがあり、読んでいてとても面白かった。

 

 そうこうしている内に奏多一行は大阪に到着した。

 駅の改札口を抜け、人目と監視カメラのない場所を模索し、ソナタを猫に戻すと鞄に入れて陸上大会開催地である関西陸上第二競技場を目指し、携帯のマップアプリを使い案内通りの電車の券を買う。

 

 再び改札をくぐり奏多は電車へと乗り込む。

 ガタンゴトンと大勢の人に揉みくちゃにされながら奏多は何とか体勢を維持し、定位置を見つける。

 すると、目の端にいた自分と同じくらいの女子の下半身に伸びる手が見えた。

 都市間の電車に乗ると大体一人は居るその存在———


 —不味い、痴漢だ。


 そう思った瞬間に奏多は急ぎとめようとした瞬間。

 

 「何すんねん!!このボケェ!!!」

 

 時すでに遅く触られたと同時に、その少女はその手を掴み、大声で叫ぶ。

 

 「な、なんや!!このガキ!!」

 「うっさいわ!このゲスがぁ!!!あんたやろ?最近うちの学区内で痴漢ばっかしてる野郎は!!」

 「しょ、証拠は!!証拠は何処にあるねん!!わてがやった証拠は!!」

 「うちのたこ焼き回すので鍛えた反射神経舐めんなや!!触られた瞬間に手掴んだんやからな!!」

 「ちぃ!!離さんかガキぃ!!」


 と電車が駅に着きブレーキがかかりその衝撃で少女は手を離してしまった。


 「しまった!!誰か、捕まえてや!!そいつ痴漢魔や!」

 

 と痴漢した中太りの男性が女の子の手を振りほどき、ジャストなタイミングで電車のドアが開き、逃げようと入り口付近にいた奏多を押しのけようとした瞬間、体に触れた手の手首を掴み、入り口が開くと同時に身動きが取れないように逮捕術を応用した確実に相手の自由を奪う関節技で締めた。

 

 「イダダダダ!!痛いわ!!何なんやお前ぇ!?」

 「すいませんが、少し大人しくしといてください、あんまり抵抗するようだと、折りますよ、骨。」

 

 脅しが効いたのか男はすっかり観念し、その騒ぎを聞きつけた駅内の警官が数分も経たずに来てくれたおかげで、痴漢犯は捕まった。

 すると、周囲からは捕まえた奏多に拍手喝采が沸き、奏多はぺこぺこと頭を下げた。

 だが、それとは反面鞄に入れていた蜂蜜檸檬が零れてないかと心配したが、鞄の中でソナタが頑張って押さえててくれていた。


 すると、先程痴漢犯を暴いた女の子が近寄ってきた。

 良く見ると凄く日焼けしており、かなり健康的でほっそりとした体つきだが足に至っては結構な筋肉質と伺えた。


 「マスク付けた兄ちゃん、凄いなぁ!!うちが捕まえて!って言ったら、お手本みたいに捕まえてくれたやん、ほんまおおきに。」

 

 思い切り肩をバシバシ叩かれる、これが関西人か。


 「いえ、つき飛ばされそうになって、偶々向こうが手を出してくれたおかげでした。」

 「は?どういう意味?」

 「いえ、向こうが自分から突っかかってきてくれれば正当防衛とれますし、手が体に掛かれば拘束しやすいですからね。」

 「ほーん、格闘術ちゅーのは凄いのぉ・・・ん?兄ちゃん、関西の人じゃないんか?」

 「ええ、今日は幼馴染が陸上の全国大会でその応援に来たんです。」

 「陸上!?奇遇やなぁ、うちも今日陸上の大会や、会場は?」

 「ええと、確か関西第二陸上競技場ですね。」

 「ホンマに奇遇やなぁ、うちもそこやねん。ほな、一緒にいこか、うちよくそこに行くからさっきの礼に近道教えたる。」

 

 と半ば無理やり手を引かれながら、奏多はその少女と会場への道筋を辿り始めた。

 何というか凄いフレンドリーな人だ。

 そして、その会場に『よく行く』という事は・・・

 

 「にしても、さっきのあのクズ野郎思い出しただけでもめっさ腹立つわぁ~、何にせうちのクラスの友達も被害に遭ったんやで!?うち、ほんま友達が傷つけられるの腹立つねん。」

 

 拳を握り顔に剣幕感が増したことから、この子はかなりの友達思いなのが分かる。


 「それでも、貴方が囮という形でわざと触らせるのもあんまりよくないですよ・・・貴方だって女の子だ。その友達だってきっと心配します。」

 「うっ・・・。それは、そうやな・・・反省するわ。」

 「それにしても、犯人結婚してるのに、なんであんな事したんだろ・・・」

 「ん?何で分かるんや、あのおっさんが結婚してるって。」

 

 この子て掴んでたのに気づかなかったのか?・・・いや、普通は気がつかないのか。


 「さっき拘束した際、薬指にくっきりと指輪の跡がありましたし、鞄に付いてたキーホルダーも明らかに手作り感があってまだ真新しいので子供さんが作ったか、奥さんが作った考えれるので、既婚者、若しくは結婚後に指輪のサイズが合わなくて外している人、と予想が出来ました。」

 「なんや、兄ちゃん。探偵かなんかか?名字、明智とか金田一とか工藤とか服部か?」

 「いえ、靫空奏多です。」

 「ふーん、なんや珍しい名字やな。うちは早乙女 (りん)や。よろしくな。」

 

 と握手を求める手を握り返し、奏多は凜の案内の元、関西第二陸上競技場に着いた。

 

 そこは、想像していたよりも大きく奏多は少し驚いていた。

 というのもここ、関西第二陸上競技場は実質日本で2番目にでかい競技場であり、今日行われるインターハイ自体も全国的にかなり大きな行事であるのだ。

 

 「大きいなぁ、ただ走るにしては、って考えとらん?」

 「ええ、少し・・・」

 「素直やなぁ、まぁその通りや、ただ走るだけならうちも走り慣れた自分の学校のグラウンドとかの方がええわ、でもなぁ、インハイは違うんや。キリキリって張りつめた空気に、会場の熱気、隣におる奴の闘気ちゅうやつがどうしようも無く、自分の心に、身体にずっしり来るんや、でもな、そういう場でぶっちぎりでゴールテープ切った瞬間が、言い表せへん程の快感なんや。」

 

 その言葉には子供の様にはしゃぐ無邪気さと本当の勝利を知る強者のみが放つオーラという物が入り混じっており、流石の奏多も生唾を飲み込んだ。

 

 「しっかしなぁ、ここ数年のインハイやら国体やらで、めんどくさい奴がおんねん。うちと同学年でなぁ、【関東の疾風】なんちゅう大層な異名持ってるんや。まぁ、うちも【関西の稲妻】呼ばれとんねん。風の数百倍速いからのぉ!!あっはっはっはっはっは」

 

 会場前で大笑いし始める少女に、観戦客や出場選手らしき 人々が可愛そうな目で見ている。

 ―――止めてあげて。

 

 「あれ、奏多?」

 

 と自分の声を呼ぶ声に反応すると、朝一番から片手にたこ焼きを頬張る【関東の疾風】さんが居た。

 

 「口の中のモノ飲みこんで喋って、あと立ち食いは駄目だよ・・・」

 「ん!!モグモグ・・・ゴクン。 ふぅ~やっぱたこ焼きは本場が一番だよ。奏多も食べる?」

 「いや、大丈夫・・・あ、凜さん。紹介遅れたけど、これが僕の幼馴染の―――」

 

 と加奈を紹介しようとした瞬間、奏多を押しのいて凜が加奈の前に立った


 「まさか、アンタがこの人の言うとった友達ちゅーだったのは・・・」

 「ゲッ、早乙女凜・・・って、何で奏多こいつと知り合いなの!?」

 「こいつって呼ぶなや!!こんの、馬鹿奈!!」

 

 なるほど馬鹿+加奈で馬鹿奈、流石、関西人仇名付けが美味い。

 

 「何よ!!ちび猫!」

 

 こちらは身体的特徴と彼女がしている猫のキャラクターのヘアピンを捉えてる、典型的な頭の悪い子が付けそうな仇名だ。

 

 と互いの仇名付けを興味深く考察している奏多だったが、そんな奏多を他所に2人は取っ組み合いになりかけており、奏多はすぐさま間に立とうとした。

 

 「まぁまぁ、2人とも大会があるんだから、決着はそこで付ければ・・・」

 『うっさい!!』

 

 と同時に叫ばれ、ドンとつき飛ばされた拍子に奏多は尻餅をつきその衝撃か地面の土埃が舞い、奏多の顔に付着した。

 

 「ゴホ!!ゴホ!あーあ、マスクが土塗れだ・・・」

 

 茶色くなったマスクを取り、夏の暑さで若干掻いた汗に付着した大量の土をハンカチで拭うと、改めて二人の仲裁に入った。

 

 「轟、いい加減にしないと僕帰るよ。」

 「うっ・・・す、すいませんでした。」

 「凜さんも、大会前なんですから怪我なんかでもしたら・・・って、聞いてます?」

 

 しょぼくれる加奈を他所に凜は奏多の顔をみて上の空になっている。

 

 「あ、あの?僕の顔に何かついてます。」

 「・・・や。」

 「や?」

 「ごっそイケメンや!!」

 

 目を輝かせて放つ大声に周囲の視線も集まる。

 

 「はい?何ですか、いきなり・・・」

 

 と自分から質問しておいて直ぐに気がついたが、先程までマスクをしていた為、自分の顔をちゃんと見るのはこれが彼女にとっては初なのだ。

 

 「うわぁ、居るんやなぁ・・・頭も良くて、運動も出来て、友達思いのイケメン男子、2次元の中の存在やと思ってたわ。」

 

 酷い言い草だ、僕は3次元だ。


 「いやぁ、近くで見れば見るほどイケメンやなぁ・・・因みにいま彼女居るの?」

 「い、いえ・・・居ませんけど。」

 「そうか、そうか!!良かったわ。もし居ったら連絡先とか渡しにくいからなぁ、ほい!これうちの番号。」

 

 とケータイのアドレスやSNSのアカウントのIDなどが書かれたメモを受け取る。

 

 「ちょっと!!奏多から離れなさいよ!!奏多もそんなの捨てなさい、こいつに関わるとめんどくさいんだから!!」

 「何やて!?誰がめんどくさい奴やねん!!寧ろ奏多君の方が気の毒や、こんなじゃじゃ馬阿呆巨乳女と幼馴染とか、考えただけで気が滅入るわ!!」

 「なんですって!!!」

 

 と、二人の口喧嘩は先程よりも大きくなり、もう殴り合いでも起きてしまうんじゃないかとハラハラしてしまう程だった。

 

 すると、会場から同い年位の男子がこちらに走ってきた。

 

 「おい!凜!!もう開会式整列10分前やぞ!!監督がカンカンになっとるけぇ、はよう来いや!」


 『あっ・・・』

 

 気がつけばもうすでに8時30分を過ぎており、大会に出るのだったら既に会場入りとかしていないとまずいのでは・・・と思った矢先、やはりマズかったらしく、2人は目にも止まらぬ速さで会場へと走り去っていった。その際、先程の男子がこちらをギロッと睨んできた、何でだろう?


 辺りを見ると先程賑わっていた人々も既に会場に入ったらしく、周りには人がいなくなっていた。

 すると、鞄からひょっこりソナタが出て来て、奏多の肩にひょいと乗った。

 

 「まるで嵐のような娘たちじゃ・・・お前さまはつくづく女難じゃのう。」

 「はっ!!しまった!!!忘れてた!!」

 「どうした!?何か重要な事か!!」

 「蜂蜜檸檬渡し忘れた・・・休憩時間とかに会えるかな・・・」

 「お前さんもお前さんでマイペースじゃのう・・・いいからもう入ろうぞ、熱くて構わん。」

 

 恐らく会場はもっと人の熱気で熱くなっているのだろうが、この猫の言う通りさっさと会場にはいろう。

 

 奏多は会場に入り、スタンド席の一番上に上ると、そこからは全種目の代表選手たちが綺麗に並びまさに今開会式が始まろうとしていた。

 

 「凄いなぁ、流石に決勝ともなると出場選手の顔つき、体つきが普通じゃないや・・・」

 「お主に言われてものぉ・・・・恐らくじゃがあそこにおる全員と競技してもお主負けんじゃろう。」

 「流石に素人とその道のプロとじゃ経験に差があるよ。」

 「それを踏まえてもお主勝てそうなんじゃよなぁ。」

 

 そう、靫空奏多に努力など必要ない。ただ自分以外の人間を殺すための能力のみで普通の人間以上の能力を手にし、ただの暇つぶしの読書で知識を得る。彼は準備運動はするが、本気で練習はしない。筋トレはすることもあるが本気ではしない。あくまでも己が肉体を保つための最低条件—人間が生きる為に呼吸や食事をするのと同じことだと思って彼は行っている。それと同時に彼は唯一の家族とも呼べる妹を守るために命を捧げるのを当り前とさえ感じている。 ――と、僅か2,3か月で飼い猫であるソナタが見出した主人の人間像である。


 「へぇー、まずは決勝本線に行くための予選を先にやって各ブロックの上位二人までが決勝に出れるのか。ええと、轟はDブロックだから・・・最後か。」

 

 特にどうでも良い話だったのか、既に彼は目の前の大会に釘付けになっている。

 ソナタはこんな抜けてる感じも主人らしいと納得し、始めて見る陸上競技に半ば興味津々になりながら同じく競技に目をやっていた。

 

 暫く他の競技を見つつ、楽しんでいると遂に陸上女子短距離100m予選のAブロックが始まった、端の方では後に出てくる選手たちがアップをしたり、監督やコーチと話したりしている。

 その中に応援しに来た加奈を見つけた、入念に柔軟やアップしながら同じ学校の選手たちと話している。

 流石にかなり距離が離れているので分からないとは思うが、ここで見守るとしよう。

 

 と、何処か座れる場所を探そうとしていると、後ろからドンと叩かれた。

 

 「おーっす!!さっきぶりやなぁ!!」

 「り、凜さん!あービックリした・・・」

 

 つい先日階段から突き落とされたばかりなので後ろからワッとくる感じの驚かせ方は結構心臓に悪い・・・

 

 「すまん、すまん!!で、こんな所で何しとん?応援しに来たんやろ、あの巨乳を。」


 言い方に毒あるなぁ・・・

 

 「というか、凜さんはアップとかしないで良いんですか?」

 「ウチ?う~ん・・・走る直前の3分前にするなぁ、本番20分前からやると足がくたびれんねん。車と一緒や、早いエンジン詰んだ車がレース前にエンジン掛けっぱにしとると、ガソリンが直ぐに尽きるの早いやろ、この大会に出とる連中は皆スーパーカーや。まぁ、うちはウルトラカーやからな。あの巨乳は・・・せいぜいケーオンや、いやモーターカーやな。」

 

 加奈の扱いがドンドン悪くなってきているのを察しながら、奏多は微笑んだ。

 

 「轟は、速いですよ。」

 「・・・知っとるわ。」

 

 凜はツーンとした態度になり、アップをしている加奈を見つめる。

 

 「ホンマ、あの巨乳は・・・なんであんなに胸でかいのに早いねん、ずるいわ。」

 

 自身の胸を押さえ、凜は唇をかみしめる。

 すると、後ろからドタドタと音がすると、先程の男の子が現れた。

 

 「おい、凜!!お前はよう、着替えて並べや、監督カンカンやぞ!!」

 「・・・おう。今行くわ。じゃあ、奏多さんまた後で。」

 

 先程の男子が再び呼びに来たのか、凜は重い足取りでその場を後にした。

 だが、男の子はそこに立ち止まりこちらに寄ってきた。

 

 「お前、凜の何なんやねん?」

 「ん?えっと、今日初めて出逢ったお方・・・」

 「んなわけないやろ!!さっきからずーっとあんたの事ばっか話してるし、絶対何かあったろ!!」

 

 言いがかりも凄まじい・・・何で出逢って数時間でそんなただならぬ関係になるのはおかしいだろう・・・というか、あの人、ずっと僕の事話していたのか・・・そう思うとちょっと恥ずかしいな。


 「いやいやいや、貴方が思ってるような関係性は無いですよ?」

 「・・・そういう事にしてやるわ。話はまた今度や、じゃあな。」

 

 どうやら彼も時間がないらしく、最後までこちらを睨みながらその場を去っていった。

 

 「春じゃのぉ・・・背中がムズムズするわ。」

 「え、今夏だよ?頭大丈夫か?」

 「そういう事ではないわ、戯け。やはり、お主は阿呆じゃのう。」

 

 鞄に入っている猫の言葉に若干のいら立ちを覚えながらも、奏多はたった今始まろうとしている女子の短距離走のAブロックが終わっており、

 Bブロック、Cブロックがその後も直ぐに行われ、とうとうDブロックが始まった。

 選手が入るのと同時に周りもざわつく、それもそうだろう、優勝候補の2人が同じブロックで並んで走るのだ。

 Dブロック5人の代表選手が並び、足を延ばしたり、軽くストレッチをしたりしている中、注目の2人は横目で互いを睨みあい、走る準備を終えていた。

 予選から本戦へ出れるのは各ブロック2名、だが、それは同時にこの予選でどちらが早いかが解ってしまうというモノでもあった。


 凄まじい緊張感が会場を包み込む・・・すると、観客サイド前方で、旗らしきものを振る一行がおり、その旗を良く見ると、其処には『天下最強!!早乙女凜 関西の稲妻』と書かれており、手元で旗を振るゴツイ中年男性の頭には『I♡凜』と書かれた。


 「りーーーーん!!!目指すは優勝や!!勝てよ~~~~!!!」

 「父ちゃん、まだこれ予選やで、その応援は早いわ。」

 「うっせぇ!!結果的に狙うのは優勝や!!何時行っても変わらへんわ!!」

 

 と見事な夫婦漫才をしている中、コースに並んでいる走者たちは皆集中していた。

 その様子に、奏多も2番ラインに居る加奈を見つめる。

 

 『ON your mark———set』

 

 ――――パン

 

 開始の合図が鳴り、一斉にスタートした。

 開始と同時に電光石火の如く飛び出したのはやはりあの2人、残りの3人とは距離を伸ばし、お互い一歩も譲らぬまま走る。

 ゴールまであと2メートル、だが、そこでアクシデントは起きた。

 

 何と、ゴール手前で加奈が転倒したのだ。

 足がもつれたのか、躓いたのかは分からないがとにかく転倒した。

 そして凜がDブロック1位通過を果たし、加奈は2位でゴールした。

 だが、問題はその後だった。

 

 「怪我のぶり返し?」

 

 奏多は直ぐに富士宮学園の陸上部のベンチに向かい、加奈の様子を聞きに行き、医務室へ向かう途中であった後輩からその様な言葉を聞いた。

 

 「轟先輩、ホントは足首の怪我が完治してなくて・・・でも、どうしても全国に行くんだって、言って無理やり練習に復帰して痛いの我慢して、地区予選勝ち抜いたんです。」

 「あの馬鹿・・・」

 

 奏多は急ぎ、医務室に向かい、足を引きずる加奈を見つけた。

 

 「あ!奏多・・・ごめんね!!最後の最後でカッコ悪い所見せちゃって!!アハハハ、私ってホントドジだなぁ。」

 「お前、足のケガ治ってないんだってな・・・」

 「・・・やっぱバレたか。思いやりのある後輩たちで嬉しいなぁ。」

 「何で、足痛いのに無茶したんだ?」

 「なんでって・・・そりゃあ・・・」

 

 言えるわけもない・・・目の前にいる人に見てもらいたかったから、目の前にいる人の前でカッコつけて見たかったから、目の前の人に———褒めてもらいたかったから、なんて。

 

 「まぁ、いい・・・で?走れそうなのか?」

 「うん、痛いの我慢すれば・・・あと一回は走れる。」

 「監督は?もしくはコーチは何て言ってるんだ?」

 「棄権しろって・・・また来年があるって」

 

 あたしは、足を見る、ズキズキと痛む足を、包帯を巻かれた足を。

 すると、先程奏多が入ってきた入り口から、凜が走ってやってきた。

 

 「お前、足怪我しとったのに出たんか?」

 「・・・・・うん・・・ごめん。」

 

 その謝罪が理由なのか、凜はいきなり加奈の胸ぐらを掴んだ。


 「なんで謝るねん!!去年ウチから優勝掻っ攫って、挙句の果てに怪我で勝ち逃げか!?あぁ!?それに、来年あるって言うとったな、でも、もし来年も怪我したり予選落ちなんかしたら、ウチは・・・ウチは一体去年の負けを何時晴らせばいいんや!!ウチは何の為にこの一年走とったんや!!ふざけな!!!!」

 

 胸ぐらを離し、凜は加奈に背を向けた。

 

 「うち、棄権するわ。」

 「え・・・?」

 「怪我人相手に勝ったところで、何の意味があるんや・・・お前が出ん位ならウチが棄権するわ。」

 

 と言い残し、凜は走り去っていった。

 その声は冗談などではなく、恐らく本気だ。


 そして数分の静寂――――

 凜の言葉が刺さったのか、加奈の目には涙がたまっていた。

 とてつもない罪悪感と責任感が彼女を襲った。

 だが、奏多は俯く加奈の顔を覗くように屈んだ。

 

 「で?お前はどうしたいんだ?」


 それが解らないから、悩んでるのに、なんで彼は聞くかなぁ・・・


 「わかんない・・・出たい気持ちが強い、でも、凜の言う通り怪我してんのに出ても・・・でも、でも・・・」


 頭の中がぐっちゃぐちゃになった。

 

 だが奏多は、加奈の額にデコピンをすると左手を肩をポンと叩いた。


 「悩め、時間いっぱい悩め、それでも、決めるのはお前だ、周りの意見に左右されるんじゃなく、お前が決めろ、第一、お前はそんなに深く考える奴じゃないだろ、昔からさ。」

 

 奏多は加奈の肩から手を離し、背を背け歩いて行く。

 

 「僕は助けない、自分を救うのは何時だって自分自身なのさ。まぁ、頑張って悩みな。」

 

 手をヒラヒラと振り、奏多は観客席へと戻っていった。

 

 「あたしが・・・どうしたいか?そっか、悩む必要なんかないんだ、というか、悩むのってあたしのキャラじゃないや。全部奏多の言う通りだ・・・」

 

 -そんなのは決まっている、あたしは―――――

 

                        ◇

 

 『それでは11時より、女子陸上100m決勝を――――』

 

 とアナウンスが響く中、とある陸上部に用意された準備室の中では大声が響いていた。

 

 「お前、本気か?」

 「だから、何か言えばええねん、うちは決勝に出ん。」

 

 荷物を鞄に詰め始めた凜に向かって部員や監督たちは猛反対していた。

 

 「だったら、理由を言わんかい!!体調が悪いとか、足痛めたとか、そういう理由か?」

 「一身上の都合や、アンタには関係あらへん。」


 そう言い残し凜は控室から出ていった。


 「だから、その一身上の都合ちゅう奴を・・・」

 「監督、ここはオレに任せてくれませんか?お願いします。」

 「おぉ、武・・・そいうやお前は凜の昔なじみやったな、なら頼むで何としても決勝に出すんや、今年はあの関東娘が怪我したらしいから優勝間違いなしやで!!」

 「・・・・。」

 

 武は凜を追いかける・・・だが、以外にも凜はすぐそばのベンチに座っており、見るからにイライラしていた。

 

 「どうしたんや?凜、お前らしくも無いで。」

 「うっさいわ、黙っとけや、あんたにうちの心の内は分からへん。」

 「どうせ、怪我した関東もんのことやろ。」

 「・・・・何で分かったんや?」

 「顔に書いてあるわ。何年一緒におると思うねん。」

 

 嘘だ、オレは知っている、こいつが、凜が、アイツに勝つためにどんだけ練習していたのかを・・・どんだけ涙を流したのかを・・・

 

 「あ、凜さん。やっと見つけた。」

 

 と廊下の曲がり角辺りから声がするかと思えば、さっきのいけすかん関東野郎だった。

 

 「何の用や?お前、応援する奴が怪我しとるんならそいつの所で心配してやれや。他の女の所に来るなんて、薄情な奴やな」

 「ハハッ、結構辛口な事を言いますね。ご心配なく直ぐに去りますので。」

 「奏多さん、何かウチに用です?」

 「えぇ、とりあえず棄権はしないでって事だけです。」

 「え・・・いや、あのホルスタインが出んのなら・・・」

 「そう、ホルスタイン・・・じゃなくて、加奈は棄権する気はないですよ。」

 「ですから、怪我人に勝っても・・・」

 「あいつの本領は崖っぷちからなんで、あと諦めは人一倍悪い。と、忠告だけしときます、では頑張って下さい。」

 

 と奏多はそう言い残し、コツコツとその場を去る。

 

 「なんや、アイツ・・・キザな野郎やな。」

 「優しいわぁ・・・」

 「は?」

 「いやな、普通あのホルスタイン励ますのが第一なのに、うちに気を利かしてくれるんやで、普通居らんわそんな人。はぁ~見た目も中身もセリフもカッコええわぁ。」

 「お前、チョロすぎるやろ・・・」

 

 武は呆れながら、先程までいた男のおぼろげな背を思い出し、唇をかんだ。

 

                      ◇

 

 「いや、無茶じゃろう・・・」

 「そこを何とか・・・」

 

 現在、少年は競技場のだれでもトイレの大型の個室にて土下座をしていた。

 生まれて初の土下座がトイレとは・・・虚しいにも程があるが、今はこうするしかない・・・

 

 「お前の力で轟の足をギリギリ痛くない程度まで治してやってくれ。」

 「いやいや、主・・・お前さんさっき、『自分を救うのは自分自身なのさ』なんて、良いセリフを吐いておったじゃろうが。どんな掌返しじゃ。」

 「いや、流石にあそこまでの怪我は精神論でどうにかなるもんじゃなかった・・・だからこそ、お前の力でアイツの足を――――」

 「嫌じゃ。大体、儂の力を使ってしまえば、身体が縮むのを忘れたか!?」

 

 そういえばそうだった・・・僕があの妹もどき共に半殺しにされかけた際、治りにくい怪我を治してくれた際、年齢で言えば20代後半のグラマラスな肉体まで成長できるほどの力を貯めこんでいたこいつが今の小学生くらいの姿よりも小さい姿になったのを思い出した。

 

 「でも、あの時とは違って治すのは足だけだ!それ位なら・・・」

 「もう一つの理由は儂を回復要員として扱うな!!儂は神じゃぞ、猫神じゃぞ!!かつての太古の時代旧支配者、外神とも渡り合ってきたこの儂に、高々人間の小娘の怪我を治せじゃと!?はっ!笑わせるでない!!」

 

 お前、ラブクラフトの小説に出てくるレベルの奴だったのか・・・というか邪神じゃねーか。いやいや、今はそこじゃない、どうにかしてこいつの機嫌を取って、何とかしないと・・・

 

 「なら仕方がない、諦めるよ。」

 「ふん!!解ったのならよい、儂の力はお前のような選ばれた存在にしか使わんのじゃ。それをよく覚え・・・・」

 

 言葉が停まる・・・何故なら目の前の主が鞄に入れていたクーラーバックから出したペットボトルに目を奪われたから。

 

 「そ、そ、それは・・・まさか!!」

 「ん?いや、ちょっと喉が渇いてね、いや~熱いからこんな時には()()()()がのどに染みるよ!!」

 

 現在、儂ははカルピスを約5日間摂取して居ない、先日飲んだクリアカルピスなるものは単なる砂糖水、儂を欺くために試行錯誤を繰り返し開発したカルピスとは無縁の飲み物だった。

 そして、今奴の手に握られているモノは―――――

 

 そう、『濃いカルピスだ』。この猫には黙っていたが、カルピスは単に濃いだけが美味いのではない、計算された濃度、塩分、水分量、その全てを結集したカルピスこそ、完璧なカルピスなのだ、そして今、僕が飲もうとしているこのカルピスこそメーカーから生み出された至高の逸品。さぁ、どうする?飲みたいだろう?いや、飲みたいはずだ。その乾ききった喉に甘い潤いを、一刻も早く流したいだろ

 

 「くっ!卑劣だぞ、儂の目の前で明らかに美味そうなカルピスを飲もうなど」

 「ん~何が卑怯なのかな~?僕、解んない。」

 「貴様ぁ!!」

 「どうだ、飲みたいか?飲みたいだろ?いや、飲むしかあるまい、この炎天下の中保冷剤でキンキンに冷えたこの飲み物をなぁ!!」

 「くっ、飲むしか・・・ないのかっ!?」

 

 なんだろう、高々カルピス一本の為にこんなバトル漫画の卑劣なライバルとの駆け引きみたいな展開は・・・

 そして、猫は屈した。そして、その乾ききった喉を潤し、トイレを出ると、足を引きずりながら女子トイレに入ろうとする加奈を発見し、ドア越しに回復の能力を発揮する。

 

 何という事でしょう、先程までパンパンに膨れ上がった足首の腫れはかなり引き、痛みは消え、身体にたまった疲労感は無くなったではありませんか。

 

 「あれ?トイレしたら何かすっきりした!!これなら走れる気がする!!」

 

 と勢いよく扉を開き、飛び出す加奈を他所に、ソナタは・・・何という事でしょう、身体が縮み始めたではありませんか。

 

 「お疲れさん、ほら、新品のカルピスだ。」

 「主よ、もうけが治すのこれきりだからにゃ、もうこれで最後だからにゃ。」

 

 人間の姿へと変わり、ペットボトルを強奪すると、ゴキュゴキュと音を立て飲み終えた。

 

 「でも、これであの娘が勝てるとは限らにゃいのじゃろ?」

 「それは、もう各々の力で戦うのさ、もうこれ以上サポートは出来ない。」

 

 トイレで、しかも女子トイレの前で加奈の背中を見守る男子に周りの女性は変な目で見ながら、顔に見惚れていた。

 

                         ◇

 

 『それではこれより、女子100m決勝戦を――――』

 

 アナウンスが鳴り響く、並ぶ選手たちは緊張感を持ちながら走る準備をする。

 

 「お前、足大丈夫なんか?」

 「うん、御心配ご無用。なんかいきなり痛みが引いたんだ、応援のお蔭かな。」

 「ええなぁ、イケメンの応援、でもウチも奏多さんに応援してもらったんやで『頑張って下さい』って。」

 「奏多ったらどっちの味方なのかな・・・」

 「あんた、贅沢言うもんにゃないであんな、カッコええ人に応援してもらえるだけでも幸運だと思わな。」

 「そんなもんか。」

 「そんなもんや。」

  

 そして2人はコースに入り、横に並ぶ。

 

 先程まで胸ぐらを掴んで、掴まれるぐらいの険悪さなのに、何でだろう、心が軽い。

 

 「なんか、良い走りで競えそうやわ。」

 「同じく、あたしすっごいワクワクしてる。」


 応援の声が聞こえへん、恐らく監督とかウチのおかんオトンが馬鹿みたいに旗振ってるけど、全く見えへん。

 

 応援の声が聞こえない、多分監督とか、奏多とかが応援してくれて・・・いや、奏多は見守ってるかな、多分そうだ、でも全く見えないや。

 

 『ON your mark———set』

 

 そして、少女たちは発砲音と共に走り始める。

 

 流石決勝まで残った選手たち、だが、ツートップの二人には追いつけない。

 二人は肩がぶつかりそうなくらいの勢いで走る、血が走る目には、ただゴールラインが映り、足は鋼鉄の如き筋肉で覆われ、その内に蠢く細胞でさえも、今はただ走るためだけに、動いていた。

 

 ゴール5メートル前、両者は全くの横一線


 加奈の足は完治までとはいかないが走れるレベルまで回復したのにもかかわらず、足首には凄まじい痛みが走る。

 凜も同じく、トップスピード、一日何度も常に出せるほどのモノではなく、当然足にかかる負荷は尋常ではなかった。

 

 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 雄叫びを放っていた、普通走っている時に叫ぶなんてあり得ないが、2人は同時に声が出た。

 

 そして、2人はほぼ同時にゴールラインを踏んだ。

 

 『結果は!?』

 

 二人は、ゴールするや否や審判に向かってそう叫んだ。

 

 「げ、現在審査中です、お待ちください。」

 

 2人は座りドキドキしながら結果の出る掲示板に目をやった。

 そして、電光掲示板に結果が出た。

 

 1.轟加奈 11秒29秒11

 2.早乙女凜 11秒29秒12

 

 たったコンマ一秒差、機械がそう判断した――――

 

 「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 「・・・・・・」

 

 勝者の声が響く。敗者は俯く。

 

 加奈は凜に手を差し伸べる。

 

 「いい勝負だった!!」

 「うっさいわ!!解っとるわ!!」

 

 凜は手を払い、軽やかに立ち上がり加奈を指さす。

 

 「次は負けん、次は判定勝ちなんかならないようにぶち抜いたる。」


 そう言い残し、自軍のベンチに戻る。

 その足元には大粒の涙が滴り、顔はぐちゃぐちゃとなっていた。

 

 「泣くなや、ブッサイクやぞ。」

 「うっさいわ・・・アホ!!」

 

 近寄ってきた武に蹴りを入れると、監督やチームメイトに慰められ、彼女の夏は終わった。

 

 一方加奈は、部員や監督に胴上げされ、笑っていた、これ以上ない満面の笑みだった。

 だが、その場に奏多はおらず、胴上げから降ろされた加奈は観客席を見渡す。

 少し離れた観客席の階段を下る奏多を見つけた。

 

 加奈は追いかける。足は痛いが、今は彼と喋りたい、それだけの思いが彼女を支配していた。 

 

 「奏多!!」

 

 出口に向かう奏多を加奈は止める。

  

 「あたし・・・勝ったよ!!!」

 「うん、見てた。」

 「どうだ!!凄いだろ!!」

 「あぁ、凄かった・・・おめでとう。」

 「なんで、そんなに素っ気ないかなぁ・・・もうちょっと、喜んでよ!!!」

 「言ってなかったっけ?僕はお前が勝つと信じて見届けたんだぜ、結果その通りになったんだ。だからあんまり、驚きはない。でも――――」

 

 奏多はニッコリ笑い、こう告げた。

 

 「――――カッコよかったぜ、予想以上だ。()()|。」

 

 その言葉は加奈にとって衝撃だった。

 何故なら、小学校から今に至るまで自分の事は名字読みだったはずが、今、彼は名前で呼んでくれた。

 

 「ボサットすんなよチャンピオン。ほら早く戻りな、チームメイトが待ってるぜ。」

 

 奏多は手を振り、会場を出る。はずだった


 「奏多!!」

 「何だよ?もう帰りたいんだが」

 「あたし勝ったんだから、昼ご飯奢ってよ!!」


 奏多は呆れた、自費で大阪に来たこと自体で金がかかっているのに、これ以上金を出せというのか?

 しかも、アイツのお願いを僕は何度無条件で聞いてやったことか・・・全く、やっぱりこいつは阿保だ。


 「・・・はいはい。」

 

 ため息を吐き、奏多は元来た道を戻る。

 

                       ◇

 

 「って、なんで、アンタが一緒にくんのよ!!あと腕に抱き着くな!!」

 「別にええやん!!ですよね?奏多さん~」

 「流石に腕組は・・・」

 「ええやん~ウチ奏多さんがどうしても辞退せんでくれってお願い聞いたやんか~」

 

 ほほう、そうきたか。というか恐らく勝とうが負けようが子の腕組みはするつもりだったんだな。でないと、加奈と2人でご飯食べに行こうとするのについてくるはずがない

 

 「ホンマやで!!流石に腕組はやめぇや!!勘違いされるぞ!!」

 「イケメンとカップルで勘違いとか最高やん、なんや?お前彼女居らんけ妬ましんじゃろ~」

 「うっさいわ!!お前だって彼氏居らんくせに!!」

 「せやからこうして優越感を心に刻むんや!!」

 

 関西人のノリには付いていけない、しかも後ろ付近から凄まじい殺気を感じる・・・誰だ?

 と、ため息が溢れ出る奏多は、後方からの悲鳴を聞いた瞬間、横を男が走り去る。


 「ウチの鞄が!!ひったくりや!!誰か捕まえてくれ~」

 「あれ、おかんや!!おかんの鞄や!!」

 

 叫び声と同時に走りだした武は既に走っていたが、男は意外にも早くこのままでは逃げられてしまう。

 

 「しょうがない、ジーパンで走りにくいけど走るか、加奈、鞄頼む。」

 

 奏多は鞄を加奈に渡すと、凄まじいスピードで走り始めた。

 だが、ひったくりは人混みに入ると、武は一気に飲みこまれ、足止めを喰らった。

 

 「人多いなぁ・・・」

 

 と奏多が口を溢すと、ビルの壁に飛び、何と壁の上を数秒走り、看板や、電光掲示板の上をヒョイヒョイト飛び移りながら上から逃げる男の頭を追う。

 

 「よし、発見・・・」

 

 そのまま、5メートル位の高さからロケットのように飛ぶと、見事にひったくりの男の頭に踵落としがヒットし男はその場に倒れ、奏多は器用に着地する。

 

 「ふぅ、汗かいた・・・」

 

 汗を拭い、鞄を奪い返すと、凜に渡した。

 

 「はい、これお母さんに渡してください、あと犯人は気絶させたので警察を呼んで大まかに説明してください。僕はこれからご飯を食べに行くんで、それじゃあ、またどこかで。」

 

 と何事も無かったかのように加奈の手を取り、走り出した。

 

 「奏多、良いの?放っておいて」

 「だってめんどくさいじゃん、ご飯食べるの遅くなるの嫌だし、奏へのお土産も買って帰らないと。」

 

 と奏多は人混みを抜け、加奈と歩いて行った。

                                           

如何だったでしょうか?急ピッチで仕上げた分説明が足りないところや雑なところが目立ってしまいますが、春になれば一話から大きく編集(主に細かい描写を)し直すので楽しみに待っていてください。次回は外伝を掲載します。こちらは本編以前の物語となっておりますので是非完成したら読んでください


次回予告:少年少女は空を飛ぶ。地を駆ける。人を殺す。その心には優しさなどない。ただ任務の為だけに、少年はナイフを突き立てる。次回、CODE:002 SAGA EPISODE 01 MISSION NO.01 お楽しみに

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