エピローグ 決別
山根と冴木、二人を乗せた観光バスは終点『青木ヶ原樹海』に停車した。時間は午後4時を過ぎて、日が傾き始めていた。普通、この時間に樹海に来る人はいない――特別な理由を除いては。
山根がこのバスに乗車した時の事。何気なく窓を見ていたら、その中に見知った人物を見つけた。山根の会社に採用面接にやってきた冴木裕也であった。まさかとは思ったが、このバスに乗ってきた。たまらなくなって声を掛けた。
冴木は、就職活動がうまく行かず悩んでいた。世間では、就職氷河期が終わり、売り手市場ともてはやされているが、現場はそんなに甘くなかったのだった。100社以上受けても採用通知が来ない。一方で、同じゼミ生は沢山の採用通知をもらう。そいつは「就活なんて楽勝!!」と触れ回っていた。焦って必死になってもうまくいかない。何がいけないんだ……!と悩み続けた。
山根はこれを聞いて思った。別に若いんだから、結果を先急ぐ必要もないのに。
逆に、山根の悩みは冴木には理解し難いものだった。就職して自立して生活できているのに、何を深刻に悩むところがあるのだろう、と。“生きるモチベーションが無い”苦しさは、理解してもらえなかった。
お互いの悩みは、理解されないまま目的だけを共有した。
二人はゆっくりとバスを降りる。バスから出て深く深呼吸をする。
そのまま真っすぐ樹海の方へ歩いて行く。舗装されている道と樹海との境目に立つ。そのとき二人は、自然の存在感にただただ圧倒されるのだった。しばらくぼうっと立ち尽くしていた二人。意を決して中へ足を踏み入れようとした時。
「お兄さん!! お兄さん!! ちょっとお兄さんったら」
近くの土産物屋の店主が呼び止める。どうやら自殺志願者が来ないかずっと監視していたらしい。
呼ばれても止まらず、樹海へ入ろうとしていたので、力ずくで止めようとしてきた。その手も振りほどき、二人は走りだした。
「おいっ!! 待ちなさい君たち!! け、警察!! 警察に電話だ!!」
後ろのほうで何か叫んでいる声がする。が、気にせず走り続けた。ちょっと中に入っただけで、途端に足場が悪くまともに走れない地形になる。足を取られてたまらず転ぶも、気にせずしばらく走り続けた。
そのうち二人ははぐれて別々になってしまう。だが、不思議と不安になったりしなかった。
もう、自分がどこにいるのかもわからない。どっちにいけば外に出られるのかもわからない。目の前に広がるのは、鬱蒼と生い茂る木、木、木。空は葉と幹で覆い被され、視界を薄暗く遮っていた。
山根は疲れ果てその場に倒れこむ。
終わった。これで終わったんだ。苦しみから開放されて楽になれるんだ。目を閉じ、その瞬間が訪れるのをひたすら待ち続けた。意識を失うまで……。