変化
目が覚めると体に違和感を感じた。何かがおかしい。そう思って下を見ると胸元に二つの膨らみがあり、下半身からは長年連れ添った相棒が消えていた。
「……は?」
声も違った。鈴を転がすような、高い声。自分の声じゃない。
昨日まで秋元健太だった男は、震える手で自分の顔に触れた。小さな顎。薄い唇。
洗面台の前に立った鏡に映っていたのは、見知らぬ少女だった。いや、完全に見知らぬわけではない。面影は残っている。でも、間違いなく——女性だった。
長めの黒髪が肩に触れる。大きな目。白い肌。華奢な体つき。
「マジかよ……」
口から出たのは溜め息ではなく、甘い吐息だった。
スマホを握りしめる。日付は変わっていない。昨日、深夜三時までゲームをして、そのまま眠っただけだ。特別なことは何も起きていない。はずなのに。
病院に行こう。そう思った。でも、保険証の性別が合わない。そもそも、この体をどう説明すればいいんだ。
とりあえず、大学に行くのは無理だと判断した。 その時、Gmailで一件のメールが届いていることに気がついた。
差出人は大学の保健管理センター。
『秋元健太様の出席記録について——』
件名を見た瞬間に頭が痛くなったが、そんなことどうでもいい。
とりあえず着るものが必要だ。自分のTシャツはブカブカで、胸元が空いている。デニムのズボンは腰で止まらない。
結局、コンビニで買った安いパーカーとレギンスで済ませた。髪を束ねるゴムも買った。レジで店員に「お姉さん」と呼ばれて、心臓が跳ねた。
外に出ると、世界が少しだけ違って見えた。背が低くなったせいだろうか。視線の高さが変わっただけで、街が別のものに見える。すれ違う男性の視線が背中に刺さる。今まで感じたことのない種類の視線だ。
とりあえず、駅前のベンチに座ってスマホを開いた。
「TS病」
検索窓に打ち込んだ文字は、最初は冗談だった。でも、検索結果に出てきた記事を読んで、指先が止まった。
『TS病——突発性身体性転換症候群。原因不明。主に二十代前半の男性に報告。身体的特徴は完全に女性化する。治療法は確立されていない——』
それからその記事を必死に読んだ。症例は少ないけれど存在していて、国の機関が認知している病気だった。診断書が出れば、性別変更も住民票の修正も制度的に可能らしい。
でも、一つだけ問題があった。
それは手持ちの現金が残り二万三千円しかないこと。来月の家賃は支払えない。それにバイト先にはこの体で行けるわけがない。親に電話して「お母さん、女になりました」と言う勇気もない。
アプリを開いた。何を探していたのか、自分でも分からなかった。たぶん、誰かに助けを求めたかったんだと思う。
「美少女養いたい」
その投稿を見つけたのは、偶然だった。投稿主のアカウント名は「坂井京子」。プロフィールには「イラストレーター」とだけ書いてあった。




