幕間――舞踏会を見ていたのは、踊る人たちだけではない
ここまで、メタモルフォーゼ会へ参加する男性たちと、その身支度を支える人々をいろいろと見てきました。
しかし。
考えてみれば、彼らが宮殿へ到着した後にも。
その奇妙な光景を目撃する人々は、大勢いたはずです。
たとえば。
宮廷楽士。
給仕係。
従僕。
料理人。
扉や出入口にいる使用人。
警備の兵士。
儀礼を担当する人々。
彼らは舞踏会の主役ではありません。
けれど。
舞踏会が開かれている間、ずっとその場所で働いています。
まず、音楽について。
エリザヴェータ時代の宮廷には、かなり大規模な音楽組織が存在していました。
エリザヴェータが1741年に即位すると、それ以前から彼女自身が抱えていた歌手たちも宮廷聖歌隊へ組み込まれ、1743年には歌手37名、1748年には57名、1752年には100名にまで拡大しています。
さらに、エリザヴェータの誕生日には、晩餐の最中に宮廷歌手が「イタリア音楽」の伴奏で歌うことが恒例になっていました。
1742年の戴冠祝賀でも。
舞踏会。
仮面舞踏会。
イタリア・オペラ。
晩餐。
花火。
といった催しが連続して行われ、食事中には合唱団が会場内で歌っています。
ですから本作で、
舞踏会の端に楽士たちがいて。
男たちが巨大な婦人用ドレスを揺らしながら踊る姿を、演奏しながら延々と見ている。
という構図そのものは、かなり自然です。
ただし。
実際のメタモルフォーゼ会で、
楽士が、
あの人、男じゃないか?
と思って演奏を間違えそうになった。
などという記録が残っているわけではありません。
そこから先は本作の想像です。
でも。
もし事情を詳しく知らされていない若い楽士がいたなら。
目の前を巨大な婦人服姿の男性が踊りながら通過して。
思わず隣の楽士を見てしまった。
そんなことくらいは、あったかもしれません。
そして。
もっと参加者へ近づかなければならなかったのが。
給仕や従僕たちです。
ロシア帝室の宮廷には、いわゆるリヴレイを着た多数の使用人がおり、そこには従僕、女性使用人、走り使い、カメルディーナー、メートル・ドテル、料理人など、さまざまな職務の人間がいました。
居室で働く者。
厨房で働く者。
儀礼の場で働く者。
宮廷を動かすためのかなり大きな人的組織が存在していたことが分かります。
つまり。
舞踏会で酒や料理を運ぶ人。
扉を開ける人。
人を案内する人。
外套や身の回りの品を扱う人。
そうした人々がいたこと自体は、何も不思議ではありません。
そして給仕係なら。
楽士とは違います。
参加者のすぐそばまで行く。
顔を見る。
声も聞く。
飲み物を渡す。
もしかすると、
美しい宮廷婦人だと思って酒を差し出したら。
低い男の声で、
ありがとう。
と言われる。
そんな瞬間があったかもしれません。
逆に。
立派な男物の宮廷服を着た美青年だと思っていた人物が。
話してみたら女性だった。
ということもあったでしょう。
もちろん。
これも実際の給仕係の日記が残っていて分かる話ではありません。
本作の想像です。
ただ。
男が女性の宮廷服を着て。
女性が男性の宮廷服を着く。
そんな催しが本当に開かれていた以上。
その場で働いていた人々も、その光景を見ていたはずです。
警備や儀礼に携わる人々も同様です。
エリザヴェータの1742年の戴冠では、騎兵・近衛系の部隊や儀礼担当者、楽師など多数の人間が式典運営に関わっていました。
騎兵護衛は行列の先頭と後方につき、式典では玉座周辺を警護する役割も担っています。
もちろん。
戴冠式と通常の宮廷舞踏会では警備体制も違います。
ですから、
メタモルフォーゼ会では必ずこの位置に衛兵が立っていた。
などとは言えません。
それでも。
宮殿という場所が。
参加者だけで成立するわけではないことは確かです。
誰かが扉を開ける。
誰かが照明を管理する。
誰かが料理を作る。
誰かが酒を運ぶ。
誰かが音楽を奏でる。
誰かが警備する。
そして。
その人たちの目の前を。
豪華な宮廷婦人姿に仕上げられた男性たちが通っていく。
歴史資料には、
誰が出席した。
どんな祝宴が開かれた。
どんな音楽が演奏された。
どのような儀式が行われた。
といったことは残ります。
けれど。
その横で盆を持っていた若い給仕係が、
今の人は男なのか女なのか。
と本気で混乱したかどうかまでは。
なかなか記録には残りません。
だから本作では。
最初は驚いた。
何度か見た。
そのうち慣れた。
そして最後には、
誰が男か女かなんて考えていたら仕事にならない。
と割り切った人もいたのではないか。
そんなふうに想像しています。
メタモルフォーゼ会という奇妙な出来事は。
参加した貴族だけのものではありません。
音を奏でた人。
酒を運んだ人。
扉を開けた人。
馬車を迎えた人。
料理を作った人。
警備に立った人。
名前の残らなかった大勢の人たちも。
きっと。
その夜を見ていたのでしょう。




