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第6章 リディア・アンドレーエヴナ編 「女装専門店ではございませんの」


私、リディア・アンドレーエヴナと申します。

婦人服の仕立てを生業としております。

こと、お直しに関しては――少々、自慢をしてもよろしいでしょうか。

私、かなり腕がいいのです。

いえ。

かなり、ではございませんね。

相当に腕がいいのです。

これは自惚れではございません。

お客様がそうおっしゃってくださるのですから。

たとえば。

お母様がお召しになった思い出のドレスを、お嬢様がお召しになりたい。

けれど、お身体つきが少し違う。

そのような時。

あるいは反対に、お嬢様の頃にお気に入りだったドレスを、年月を経てもう一度お召しになりたい。

けれど昔とは少しお身体が変わってしまった。

そんな時。

あるいはご病気をなさったり。

長く伏せっていらしたり。

さまざまなご事情で、お身体つきが変わってしまわれたご婦人。

けれど、どうしてもこの一着だけは手放したくない。

そういう時。

私のところへお持ちくださいませ。

できる限り、何とかいたします。

肩を出す。

身頃を詰める。

袖を直す。

丈を調整する。

古い布を傷めないよう、必要なところだけをほどく。

縫い目を変える。

飾りを移す。

直したことが分からないよう、元の姿を残す。

そういう仕事が、私は好きなのです。

ただ新しいドレスを作るのとは、また違います。

そのドレスには、それまで着てこられた方の思い出があります。

それをできるだけ残したまま、もう一度美しく着られるようにする。

その瞬間が、私は大好きです。


* * *


私はロシア人です。

生まれも育ちもロシア。

けれど少女の頃から、フランスの流行というものに憧れておりました。

新しい布。

美しい装飾。

優雅な線。

女性をより美しく見せるための工夫。

ああいうものを見ているだけで、胸が躍ったものです。

そして、

いつか私も、こんな美しい衣装を作る仕事がしたい。

そう思いました。

運がよかったのでしょう。

ご縁があって、フランス流の仕立てを知る職人のもとで学ぶ機会を得ました。

最初の頃は、それはもう大変でした。

叱られて。

縫い直して。

また叱られて。

布を無駄にしたと怒られて。

針を持ったまま眠りそうになって。

それでも続けました。

好きだったからです。

そして気がつけば。

私自身が、弟子を取る側になっていました。


* * *


今では、自分の工房があります。

弟子もおります。

助手もおります。

ありがたいことに、ご注文も絶えません。

宮廷へ出入りされるご婦人からも、お仕事をいただけるようになりました。

○○伯爵夫人のお衣装。

△△公爵家のお嬢様のドレス。

以前なら、名前を聞くだけで緊張していたような方々から、


「リディア・アンドレーエヴナにお願いしたい」


と言っていただける。

それが、どれほど嬉しいことか。

時には、


「あの方のお召し物、リディア・アンドレーエヴナのお仕事ですって」


なんて噂を聞くこともあります。

もう。

そういう時は、本当に鼻が高いのです。

もちろん、顔には出しませんよ。

一流の職人ですもの。

でも心の中では、


「そうでしょう、そうでしょう」


と思っております。

この仕事を続けてきて、本当によかった。

少女の頃に憧れていた世界の中で、私は今、仕事をしている。

美しいご婦人たち。

美しい布。

美しいドレス。

そして、自分の腕を必要としてくださるお客様。

こんなに幸せなことがあるでしょうか。

私が少女の頃に夢見ていた人生。

まさに、そのものでございました。


* * *


――ただ。

最近。

少々、様子がおかしいのです。

最初のご注文が来た日のことは、今でもよく覚えております。

いつものように、仕立て直してほしい衣装が運び込まれてきました。

大変立派な婦人服でした。

布もいい。

仕立ても悪くない。

少し手を入れれば、まだまだ美しく着られる。

そう思いました。

問題は。

一緒に渡された寸法書でした。

私は一度見て。

もう一度見ました。

そして首をかしげました。

肩幅が、おかしい。

胸郭も、おかしい。

腕も長い。

背丈もかなりある。

もちろん、ご婦人にもいろいろなお身体つきの方がいらっしゃいます。

私はこれまで、それこそあらゆるお身体に合わせて衣装を直してきました。

だから、大柄なご婦人だからといって驚いたりはいたしません。

けれど。

これは。

何というか。

ずいぶんと。

……ずいぶんと、立派なお身体です。

私は確認しました。


「失礼ですが、こちらのお寸法……お間違いではございません?」

「いいえ。合っています」

「そうですか」


私はもう一度寸法書を見ました。


「ずいぶん大柄なご婦人でいらっしゃいますのね」

「いえ」

「はい?」

「男性です」

「…………」


少しだけ。

本当に少しだけ。

時間が止まったような気がいたしました。


「申し訳ございません」

「はい」

「今、何とおっしゃいました?」

「男性です」

「……こちらを?」

「はい」

「お召しになる?」

「そうです」

「男性が?」

「男性が」


私は、もう一度ドレスを見ました。

次に寸法書を見ました。

そしてもう一度、依頼を持ってきた方を見ました。

冗談を言っているようには見えません。


「……どういうことでございましょう」


そこで初めて。

私は例の宮廷催事について、少し詳しい話を聞くことになったのです。


* * *


今になって思えば。

あの時。

お断りしておけばよかったのでしょう。

もちろん。

一流の職人を名乗る以上、


「男性だからできません」


などと言いたくなかった。

私の腕なら、何とかなる。

そう思ってしまったのです。

実際。

何とかしてしまいました。

それがいけなかった。

あの日が。

私の人生の、

運命の分かれ目でございました。


* * *


さて。

最初の一着を直してしまった私でございますが。

その時は、まだこう思っておりました。

変わったお仕事もあるものですわね、と。

宮廷というところは、時として私どもには理解しがたい催しをなさいます。

それでも、ご注文はご注文。

男性がお召しになるのであろうと、婦人服であることに変わりはございません。

お金をいただいてお仕事をする以上、きちんと仕上げる。

それだけのことでございました。

――少なくとも、そのつもりでした。


* * *


ところが。

私は、少々気になってしまったのです。

せっかく私が直したあのドレス。

本当に男性が着るのかしら。

どういう格好になるのかしら。

そもそも宮廷では、一体何をなさっているのかしら。

職人というものは、自分の仕事がどのように使われるのか、気になるものでございます。

幸い、私はそれまでにも宮廷からお仕事をいただいておりました。

宮廷に出入りするご婦人のお衣装を扱うこともございましたし、ありがたいことに、私の名を知ってくださっている方もいらっしゃいます。

そこで事情をお話ししてみたところ、


「大広間へお客様としてお入りいただくわけにはまいりませんが、準備の様子でしたら少しご覧になれますよ」


ということになりました。

まあ。

それならばぜひ。

私も職人でございます。

実際にどのように着られているのかを見ておけば、今後のお仕事の参考にもなるでしょう。

――今思えば。

あそこで、


「結構でございます」


と申し上げておけばよかったのです。


* * *


そして当日。

私は宮廷へ参りました。

もう。

何と申し上げればよいのでしょう。

最初は、本当に狐につままれたような気分でございました。

向こうから、美しい宮廷婦人が歩いてくる。

けれど、よく見ると男性。

その後ろにも男性。

その向こうにも男性。

若い方。

年配の方。

背の高い方。

肩幅の立派な方。

皆様、宮廷婦人の衣装をまとっていらっしゃる。

私は思わず、


「……本当に、皆様お召しになるのですね」


と呟いてしまいました。

聞いてはおりました。

もちろん聞いてはいたのです。

けれど。

話に聞くのと、実際に目の前に何人も何人も現れるのとでは、まったく違います。

廊下を、ドレス姿の殿方が次々と通っていくのです。

正直に申し上げます。

最初のしばらくは、


「わたくしは今、何を見せられているのでしょう」


と思っておりました。

ですが。

それも長くは続きませんでした。

なぜなら。

私は、だんだん腹が立ってきたからでございます。


* * *


「……あれは、いけませんわ」


一人。


「そちらも」


二人。


「ああ、もう!」


三人。

一緒にいた方が驚いて、


「どうなさいました?」


とおっしゃいました。


「どうもこうもございませんわ」


私は、向こうを歩いている一人を指しました。


「ご覧くださいませ。身頃が引きつれております」

「はあ」

「袖ぐりも合っておりません。それに肩です。無理に入れたのでしょう。あれでは布に余計な力がかかります」


別の一人が通ります。


「ほら、あちらも!」

「……何か問題が?」

「問題だらけでございます!」


胸まわりだけ無理に広げている。

腰の位置が合っていない。

背中の始末が雑。

元の縫い目を生かせるところまで、乱暴にほどいてある。

丈を合わせるために裾だけ触って、全体の均衡がおかしくなっている。

なるほど。

皆様、頑張っていらっしゃることは分かりました。

短い時間で準備をしなければならないのでしょう。

お屋敷の使用人や仕立屋が、それぞれ工夫なさったのでしょう。

ですが。

ですが!


「だからといって、これはございませんわ!」


私は本当に腹が立ちました。

男性がお召しになることに、まだ何か申し上げたい気持ちはございました。

けれど、それとこれとは別です。

大切なドレスを、こんな無理なお直しで傷められてはたまりません。

しかも、一流の布です。

一流の刺繍です。

一流の職人が作った衣装です。

それを!


「ああっ! そちらの方、お待ちくださいませ!」


気がつけば、声をかけておりました。


* * *


その方は、確か男爵様だったと思います。

どなたであったかより、私にはドレスの方が気になっておりました。


「失礼いたします」

「何だ?」

「少々、こちらを」

「何をする?」

「動かないでくださいませ」


挿絵(By みてみん)


私は後ろへ回りました。

案の定です。


「これは、どなたがお直しになりましたの?」

「屋敷の者だが」

「そうでございましょうね」

「何だ、その言い方は」

「このままでは破れます」

「え?」

「少なくとも、ここはやり直さなければなりません」


男爵様は困った顔をされました。


「だが、もうすぐ始まるぞ」

「ですから急ぎます」

「急ぐって――」

「針を」


周囲の方が私を見ました。


「はい?」

「針と糸。それから鋏もお願いいたします」


今思えば。

どうしてあそこで黙っていられなかったのでしょう。

ですが、目の前で駄目なお直しを見てしまったのです。

職人として。

放っておけませんでした。


* * *


幸い、大掛かりな直しではございませんでした。

すべてをほどく時間などありません。

けれど、問題になっている部分を見極めて。

一度外して。

布に無理がかからないよう収め直して。

力のかかる位置を変える。


「少し腕を上げてくださいませ」

「こうか?」

「もう少し」

「これ以上上げると――」

「ではそこまでで結構です。動かないで」

「……本当に間に合うのか?」

「お静かに」


こういう時、身分はあまり関係ございません。

公爵様だろうと男爵様だろうと、針を持っている私の前で動かれると困るのです。

しばらくして。


「はい」


私は一歩下がりました。


「これでよろしいでしょう」


男爵様が腕を動かしました。


「……さっきより楽だな」

「当然でございます」

「見た目は?」

「先ほどより、ずっとよろしいですわ」


男爵様は鏡を見ました。

周囲の方も見ました。

そして。

これが、いけなかった。


「本当だ」

「先ほどと全然違う」

「どなたが直したんだ?」


そういう声が聞こえ始めたのでございます。


* * *


その翌日から。

注文が増えました。

一件。

二件。

三件。

しかも。

どれも。

男性。


「またですの?」

「はい」


数日後。


「こちらも?」

「男性です」

「こちらは?」

「男性です」

「こちらは、さすがに……」

「男性です」

「…………」


私の工房は、婦人服を扱う工房でございます。

間違っても、殿方専門のお店ではございません。

ところが、いつの間にやら、


「男性が着る婦人服なら、リディア・アンドレーエヴナのところへ」


などという話が広がり始めたらしいのです。

私は困りました。

大変困りました。

私は、お姫様や美しいご婦人のお衣装を仕立てたくて、この仕事を始めたのでございます。

もちろん、男性のお客様を嫌っているわけではありません。

ですが。

ですが!

毎日毎日、


「こちらを○○伯爵様のお身体に合わせて」

「こちらは△△男爵様に」

「こちらは大佐殿が来週お召しになります」


などと言われては。

話が違います。


* * *


そこで私は、考えました。

断ってしまうのも、いささか角が立ちます。

宮廷関係のお客様も多い。

それに、


「できません」


とは言いたくありません。

できますもの。

できるのです。

そこがまた困るのです。

ならば。

料金を上げればよろしい。

それも、少しではありません。

通常のお直しの倍。

そう申し渡しました。

助手が驚きました。


「倍でございますか?」

「ええ」

「随分思い切りましたね」

「これだけいただくと申し上げれば、さすがに他所へお持ちになるでしょう」


私は満足しておりました。

これで元の仕事へ戻れる。

伯爵夫人。

公爵令嬢。

美しいご婦人たち。

私が本来やりたかった仕事。

――ところが。

翌日。


「リディア・アンドレーエヴナ」

「何でしょう」

「○○伯爵家からのお使いです」

「……何のご用件?」

「お直しをお願いしたいそうです」

「料金のお話は?」

「いたしました」

「それで?」

「倍額で構わないそうです」

「…………」


さらに次の日。


「△△家からです」

「まさか」

「倍額で」

「……」


その次の日。


「こちらも――」

「言わなくて結構です」


どうやら。

私の意図とは、まったく逆の噂が広がってしまったようなのでございます。

私としては、

高くすれば来なくなる。

そう思っただけでした。

ところが宮廷では、


「あそこは倍払えば、男でも完璧に直してくれるらしい」


という話になってしまったのです。


* * *


そして。

とうとう私は耐えられなくなりました。

ええ。

認めます。

半ば、やけくそでございました。


「五倍にいたします」


助手が、持っていた布を落としかけました。


「……はい?」

「五倍です」

「何をでございますか?」

「殿方がお召しになる婦人服のお直しです!」

「五倍……?」

「そうです!」


今までのお値段の五倍。

さすがに。

さすがにこれなら。

誰も持ってこないでしょう。


「先生、それはいくら何でも……」

「いいのです」

「ですが」

「そもそも、お引き受けしたくないのですから!」


これでいい。

五倍払ってまでドレスを直したい男性など、そうそういるものですか。

私は、ついに勝ったと思いました。

実際。

注文は減りました。


「ほら!」


私は弟子たちに言いました。


「ご覧なさい! やはり減ったでしょう!」


久しぶりに、心から晴れやかな気持ちになったものでございます。

これでようやく。

本来のお仕事へ戻れる。

美しいご婦人のお衣装を。

――ですが。

ここで。

私は、とても大きな間違いを犯しました。


* * *


五倍のお値段をいただいてしまった以上。

半端な仕事など、できないのです。

考えてもみてくださいませ。

普段のお直しの五倍ものお金をいただいて、


「まあ、このくらいでよろしいでしょう」


などと済ませられますか?

できるわけがございません。

私は職人です。

しかも。

自分で申し上げるのも何ですが。

一流の職人です。

五倍いただくからには。

五倍とは申しませんが。

少なくとも、


「これなら五倍払っても惜しくない」


と思っていただける仕事をしなければなりません。

そう考えた瞬間。

もういけませんでした。


「ちょっと待ってくださいませ」

「先生?」

「この袖、全部外します」

「全部ですか?」

「このまま広げるだけでは線が崩れますわ。肩から取り直します」

「ですが、お時間が」

「五倍いただいております」

「……はい」

「こちらの身頃も」

「こちらも?」

「やり直します」

「先生」

「何です?」

「ずいぶん楽しそうですね」

「楽しんでおりません!」


* * *


ですが。

仕事は楽しいのです。

困ったことに。

難しいお直しほど、燃えるのです。

肩の広い男性。

胸郭の厚い男性。

腕の長い男性。

女性服とは明らかに違う身体つき。

それを。

元のドレスの美しさを壊さずに。

いかにも無理やり着せたようには見せずに。

きちんと宮廷婦人の衣装として成立させる。

これは。

難しい。

非常に難しい。

だからこそ。

……面白い。


「先生」

「何です?」

「やはり楽しんでいらっしゃいますよね」

「楽しんでおりません!」


私は怒りながら。

最高の仕上がりにいたしました。


* * *


そして、そのお客様が宮廷へ行かれました。

当然。

評判になりました。


「あれはどこで直した?」

「リディア・アンドレーエヴナだ」

「だが、今は恐ろしく高いと聞いたぞ」

「高い」

「どのくらい?」

「以前の五倍だ」

「五倍!?」

「だが見てみろ」


――見てしまったのでしょうね。

仕上がりを。


「……なるほど」


そういうことになってしまったらしいのです。

その数日後。


「先生」

「何です」

「新しいご注文です」

「ご婦人?」

「殿方です」

「お断りして」

「五倍で構わないそうです」

「…………」


その翌日。


「先生」

「今度こそご婦人?」

「殿方です」

「五倍?」

「はい」


また翌日。


「先生」

「言わなくて結構です!」


* * *


どうやら今度は、


「高いけれど、それだけの仕事をする」


という評判になってしまったようでございます。

以前は、

男性の婦人服ならリディアへ。

だったものが。

いつの間にか、

本気で美しく仕上げたいならリディアへ。

になってしまった。

五倍にしたことで。

かえって。

箔がついてしまったのでございます。

その月。

注文は一度減った後。

再び増えました。

そして売上は。

もちろん。

また過去最高を更新いたしました。


* * *


ところで。

もう一つ、困ったことがございます。

五倍のお代をいただくようになってからというもの、当然ながら、一件一件のお仕事に以前よりお金をかけられるようになりました。

必要な布があれば惜しまず使えます。

補修用の材料も、質のよいものを選べます。

手間のかかる部分なら、弟子たちにも時間をかけて丁寧に仕事をさせられます。

何しろ五倍ですもの。

お客様に、


「五倍払った甲斐があった」


と思っていただかなければ、私の名折れでございます。

ですから。

ますます出来がよくなりました。

ますます評判になりました。

ますます注文が増えました。

そして気がつきますと。

工房の仕事の大半が、

殿方の婦人服のお直し

になっていたのでございます。


* * *


もちろん。

今でもご婦人のお客様はいらっしゃいます。

昔からご贔屓くださっている伯爵夫人。

お嬢様。

宮廷へ出られる若いご令嬢。

そういう方々のお仕事も、私は今まで通り大切にしております。

おりますけれど。

こちらは普通のお値段でございます。

殿方のお直しは、その五倍でございます。

そうしますと。

一日の仕事量では同じくらいでも。

帳簿の上では。

……何とも申し上げにくい状態になります。

私の工房の売上の大半を。

メタモルフォーゼ会へお出になる殿方たちが支えている。

そんな状況になってしまったのでございます。

これは。

非常に困ります。

何しろ私。

あの催しについては今でも、


「どうして殿方がこんなに婦人服をお召しになるのでしょう」


と思っております。

ところが。

もし明日、女帝陛下が、


「もうメタモルフォーゼ会はやめます」


とおっしゃったら。

私はおそらく、


「まあ、それはようございました」


と申し上げながら。

心の中では、


「困ります!」


と叫ぶことになるのでございます。


* * *


そして。

ついに。

私が最も恐れていたことまで起こりました。

ある日。

初めていらしたお客様が、こうおっしゃったのです。


「こちらが、男物の婦人服のお直しで有名な工房ですね」


私は。

しばらく。

何も申し上げることができませんでした。


「……どちらで、そのようなお話を?」

「宮廷で皆がそう言っております」


皆が。

そう言っている。

私はそんな看板を掲げた覚えはございません。

店の前にも、

『殿方の婦人服、承ります』

などとは一文字たりとも書いておりません。

それなのに。

今や宮廷では、


「殿方のドレスならリディア・アンドレーエヴナ」


で通じるのだそうです。

私は一流の婦人服職人でございます。

フランス流の仕立てを学びました。

美しいご婦人たちのお衣装を扱うことを夢見て、この道へ入りました。

自分の工房を持ちました。

弟子も育てました。

宮廷でも名を知られるようになりました。

夢は。

ほとんど全部、叶いました。

叶ったはずなのです。

それがどうして。

女装専門のお直し屋になっておりますの?

しかも。

今さらやめられません。

儲かっておりますから。

大変に。

儲かっておりますから。

……一体。

どうしてくださるのでしょうか。


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