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第5章 グラーシャの日記 若旦那様は遠い


こんにちは。

グラーシャです。

前にも少しお話ししましたけど、私はソーモフ家でメイドをしています。

メイドといっても、みんながみんな同じ仕事をしているわけじゃありません。

お屋敷っていうのは、思っているよりずっとたくさんの人が働いているんです。

たとえば奥様のそばには、奥様の身の回りを専門に見る人がいます。

お召し物を整えたり。

髪を直したり。

身の回りの品を管理したり。

奥様が何か必要になったら、すぐ動けるようにしている。

そういう人です。

私は違います。

私はもっと、何でもやります。

朝になったら部屋を整える。

床を掃く。

布類を運ぶ。

洗い上がったものを片づける。

寝具を整える。

必要なものがあれば別の部屋まで持っていく。

忙しい時には、他の人のお手伝いもします。

あっちへ行って。

こっちへ行って。

また呼ばれて。

戻ってきたら、今度は別の仕事。

そんな感じです。

だから私、結構働いているんですよ。

本当に。

誰も褒めてくれませんけど。


* * *


で。

このお屋敷には、若旦那様がいらっしゃいます。

イリヤ・パーヴロヴィチ・ソーモフ様。

二十六歳。

とても素敵な方です。

これは私だけが言ってるんじゃありません。

たぶん。

きっと。

いや、絶対そうです。

背も高いし。

服もいつもきちんとしているし。

顔だって格好いい。

外からお戻りになった時なんか、玄関を通っていくだけなのに、つい見ちゃいます。

別にどうこうなりたいとか、そういう話じゃないですよ。

だって若旦那様ですから。

私なんてメイドです。

身分だって全然違います。

婚約者様だっていらっしゃいますし。

ただ。

格好いい人は格好いいじゃないですか。

遠くから見て、


「今日も素敵だなあ」


って思うくらい、いいでしょう?

私はずっとこのお屋敷で暮らしてきました。

若旦那様のことだって、昔から知っています。

でも。

昔から知っているからといって、近いわけじゃないんです。

そこはちょっと不思議です。

同じ屋敷で暮らしている。

同じ廊下を通る。

姿だってよく見る。

それなのに、お話しすることはほとんどない。

たまに、


「ご苦労」


とか。


「ありがとう」


とか。

そのくらい。

それだけでも、その日はちょっと嬉しいですけど。

でも、若旦那様のお部屋へ自由に入れるわけじゃないし。

若旦那様が今日は何をお召しになるか、私が決めるわけでもない。

お出かけのお支度にも、私はほとんど関係ありません。

なぜなら。

若旦那様には、ちゃんと若旦那様付きの人がいるからです。


* * *


ヤーコフさんです。

五十歳。

若旦那様のお身の回りをずっと見てきた人。

若旦那様のお召し物を用意するのも。

靴を見るのも。

身の回りの品を管理するのも。

お出かけ前にあれこれ確認するのも。

だいたいヤーコフさん。

何でもヤーコフさん。

若旦那様のことなら、


「それは若旦那様のお好みではありません」


とか、


「今日はそちらではなく、こちらのお召し物を」


とか。

もう何でも知っています。

ずるい。

いや。

仕事なのは分かってますよ。

分かってます。

ヤーコフさんは別に悪い人じゃありません。

むしろ仕事はものすごくできる人です。

若い使用人が失敗すると、ちゃんと助けてくれることもあります。

でも。

ちょっと若旦那様のお部屋の近くに用事があって立っていると、


「グラーシャ。そこは君の仕事ではない」


って言うし。

若旦那様がお帰りになったから、ちょっと玄関の方を見ていると、


「グラーシャ。手が止まっている」


って言うし。

たまたま若旦那様の上着が置いてあって、


「今日はこれを着るのかな」


と思って見ていたら、


「触らないように」


って。

触ってません!

見てただけです!

もう。

あの人、何なのかしら。

若旦那様のそばに、いつもいる。

朝も。

お出かけ前も。

お帰りになってからも。

何かあったらすぐ呼ばれる。

若旦那様がどんな気分なのかまで、顔を見ただけで分かるみたいです。

私だって同じ屋敷でずっと働いているのに。

なんでヤーコフさんばっかり。

たまには私だって、もう少し若旦那様とお話ししてもいいと思うんです。

だって。

若旦那様だって、毎日毎日五十歳のヤーコフさんとばっかりお話しするより。

十八歳の私とお話しした方が、少しくらい楽しいんじゃないかしら。

……。

今、自分で書いてて、ちょっと図々しい気がしてきました。

でも、日記だからいいんです。

誰にも見せないんですから。


* * *


今日も若旦那様がお出かけになりました。

濃い色の上着が、とてもよく似合っていました。

玄関を通っていく時に、ちらっとこちらを見て、


「ご苦労」


と言ってくださいました。

今日はいい日です。

そのすぐ後ろからヤーコフさんが来て、


「グラーシャ。廊下の花瓶が少し曲がっている」


挿絵(By みてみん)


と言いました。

……。

本当にもう。

ヤーコフさんってば。

もう少しくらい。

若旦那様の近くに行かせてくれてもいいのに。


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