第十六話 夢の雨水濾過装置
再び家計の見直しをすることにした。
またまたお金の話で恐縮だが、息をするにも金が必要な世の中だ。人間結局は一人なのだし最後に頼れるものは金と己の体のみだと思っているので、私にとって金銭問題は非常に重要なファクターなのである。
目を付けたのは水道代だ。考えてみれば水というものは天から無限に降ってくるのだ。これを利用しない手は無いのではないか。
ひと月約2,000円の水道代だから、1年間で24,000円、平均寿命まで生きるとして50年間で実に120万円もの節約が可能なのだ。
そこで私は雨水を利用するための装置を作ることに決めた。
大まかな仕組みはこうだ。
屋上に雨水を濾過し溜めておく装置を設置する。いちいち屋上まで水を汲みに行くのは面倒なので、ホースをベランダまでつなぎ蛇口を取り付ける。以上。
完璧だ。
装置を設置するに当たり、屋上の私的利用の許可を大家さんに取りに行った。このアパートの大家さんは同じ棟の205号室に住んでいるのである。
205号室のチャイムを押すと、白いガウンを着た大家さんが、アンニュイな仕草で髪をかき上げながら顔を出した。大家さんは若い男性で、下手すれば20代に見える。
騒がしい声が聞こえたので奥を覗くと派手なチャンネーが複数いた。酒盛りをしているようだ。
「てゆっかてゆっかぁ。チョーホワイトキックなんですけどぉ〜〜」「何それチョベリベリバァ〜〜」などと聞こえてくる。
非常に楽しそうだ。これが噂のパーリーピーポーと言うやつか。リア充め。チッ。
「……何か用?」
大家さんはグラス片手にニヒルな表情で囁いた。さすが不労所得のある人物は常人と雰囲気が違う。背後は1Kの部屋のはずなのに、まるで高級ホテルのスイートルームにいるかのようだ。
「あの、私102号室の者なのですが、実はかくかくしかじかでですね」
「おもしれー女」
「それで、雨水濾過装置を設置したくてですね」
「おもしれー女」
「ですので、是非とも屋上を使わせていただきたいのですが」
「おもしれー女」
「屋上って合鍵あるんですかね?」
「おもしれー女」
ニヒル男はまた髪をかき上げながら鍵を貸してくれた。一連の流れから彼とのラブコメがおっぱじまるのかと思いきや、そんなことは全く無かった。
そう言えば昨日もアパート前で、何の変哲もない老婦人が犬の散歩をしているのを見て「おもしれー女」と連呼していた。単なる口癖なのかもしれない。
屋上の使用許可を得た私は、いよいよ装置作りに取り掛かかる。
まずは、そこら辺に都合良く転がっていた200リットルのドラム缶を2つほど持ち帰った。1つは濾過装置に、1つは濾過した水を溜めておく水槽として利用するのだ。
濾過用のドラム缶には砂や活性炭や小石や昔家庭科で使ったフェルトの残りなどをかき集めて洗い、綺麗な層になる様にパンパンに詰め込んだ。底に穴を開けて貯水槽用のドラム缶の上に乗せ、下部側面にホースを繋ぎ私の部屋のベランダに垂らす。自室に戻りホースを紐で固定、最後にその先端に百均ショップで購入した蛇口を取り付ける。
出来た。
あとは降水を待つだけだ。私はワクワクしながら眠りについた。
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夜が明けた。
暦の上では春だと言うのに、窓の外はなんと雪だった。九州地方には珍しく、道路にも家々の屋根にも雪が数センチ積もっている。
屋上の様子が気になりつつも防寒を充分に行い出勤した。
その後も雪は降り続け、結果的に50年に一度の大雪となった。
……仕事を終え急いで帰宅し屋上へ上がる。装置の状態を確認しなければ。
「おおぅ!!」
私は悲鳴を上げた。雪は既に止んでいるが、濾過装置の中に雪がギチギチに詰まっているではないか!!
なんと言うことだ!
私は凍えながら素手で雪を掻き出した。
雪なんぞに用はない! こちとら水を欲してるんだよ!!
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次の日。
本日は快晴なり。雨は降りそうもない。昨日の積雪はもうすっかり溶けている。
仕事が終わり帰宅途中、頭にコツンと何かが当たった。そして立て続けに空から硬い粒状の物が降ってきて、バチバチと地面を打っている。
雹だ。
私は走った。全速力で屋上へ駆け上がり、小一時間傘をさして濾過装置を雹から守り抜いた。
氷なんぞに用はない! こちとら水を欲してるんだよ!!
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さらに翌日。
まだ明けやらぬ空には雲ひとつ見当たらない。今日も雨は降りそうにない。残念だ。
出勤前に念のため濾過装置を確認することにして階段を上る。
屋上に立ち入ったその時。空に火のようなものが走ったかと思うと、目の前に光る何かが降って来た。装置の中を見ると、キラリと光るこぶし大の物が見える。
取り出すと、それは角度によって七色に輝く硬い岩のような物体だった。おそらく隕石であろう。
「フンヌッ!!」
私はそれを拳で粉砕した。
美しく稀少な隕石なんぞに用はない! こちとら水を欲してるんだよ!!
水だよ水! 水水水水!!
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そのまた翌日。
今日明日は仕事が休みだ。思う存分濾過装置を見守ることが出来る。しかし雨はまだ降らない。私は恨めしく天を仰いだ。
なんとか明日までに濾過装置の活躍を見たいものだ。私は雨が降るまで一滴も水を飲まない覚悟を決めた。
……半日後。
「水ズラ。水が欲しいズラ」
私は激しい喉の渇きに苦しみながら屋上に横たわっていた。
そして気づいた。
果たしてこんなに受け身で良いのだろうか? 雨を求める攻めの姿勢を見せなければ、雨の神様は動いて下さらないのではないか?
私は猛省し、雨乞いの儀式を行うことにした。
「水のためなら何でもするズラ」
手始めに雨が出てくる歌を歌う。
「雨の慕情」「十二月の雨の日」「空と君とのあいだに」「みずいろの雨」などだ。私は渇き切った喉を酷使し、天に向かってひたすら熱唱した。
雨に関する歌というのは何故だか単調が多い。メンタル的にも疲れてきたので、気分転換に濾過装置を中心としてマイムマイムを踊った。これも水が関係している曲なので儀式にはもってこいだろう。
飼っているマングースのグッさんがいつの間にかやって来ていて、私の踊りを心配そうに見守っている。
「待っててね、グッさん! 必ずや雨を降らせるから!」
私は渇きに渇いた頭と体で一晩中踊り狂った。
時々パリピでニヒルな大家さんが様子を見にやって来て、いちいち「おもしれー女」と呟くのがウザかったが、実害は無いので放っておいた。
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長い長い、夜が明けた。
まだ私は赤い靴を履いた少女のように踊り続けていた。頭は朦朧とし視界は霞む。
見上げた空には黒雲が立ち込めている。良い兆候だ。私は期待を込めて最後の力を振り絞りマイムマイムのステップを踏んだ。
そして遂に……遂に……
ポツリ……ポツリ……ザーザーザザザザザ……
「見ろグッさん! 雨だ! 天気予報通りだ!!」
「クウゥゥン!!」
グッさんの瞳も心なしか潤んでいるように見える。
雨はいつしか土砂降りとなった。
「水……ズラ……」
感極まった私は屋上のコンクリートに出来た水溜りに頬擦りした。
あゝ……冷たいけれど、優しい雨……私の心の汚れも卑しさも全て、洗い流してよね優しい雨……
寝返りを打ち腕を広げ、天を仰ぎ、目を閉じる。カラカラに干からびた私の体は恵の雨を一身に受け潤いを取り戻した。
感謝の気持ちを込め天に叫ぶ。
「マ〜イ〜ム〜ベッサンソン!!!」
ありがとう、雨の神様……! 天気予報通りに雨を降らせて下さって……。
それから徐に立ち上がり、グッさんを伴いダッシュで階段を駆け下りた。家に戻り、ベランダへ向かう。いよいよ濾過装置の性能を確かめる時が来た!
ベランダの扉を開けるのももどかしくホースの先の蛇口を開くと……
「Water!!」
無色透明無臭の液体が、次々と滴り落ちるではないか! 大成功だ!!
私は迸り始めた水を手に受け、しばし感涙に咽んだ。
涙を流したせいでより一層喉が渇いた事だし、早速濾過水の味見をしてみよう。私は台所からコップを取って来て水を少量注いだ。
そして大切にコップを手で包み、台所に走る。
ここからが雨水濾過大作戦における肝腎要の部分なのだが、念のため濾過水を水道水で千倍希釈、つまり超薄めて必要分だけ使用するのだ。
水道水には塩素も含まれているし、これで衛生面はバッチリだろう。
来月の水道代が楽しみだ。
ありがとうございました。




