第十五話 実家帰る
久しぶりに実家に顔を出してきた。
正月は仕事があり帰らなかったが、特に親戚の集まりも無いし特別な事をする訳でもないので、無理に帰れとは言われない。いつも気が向いた日にノーアポで突撃する。
実家は県内だ。JRに1時間乗車し、バスに乗り換え30分揺られ、それからロープウェイに吊られ15分かかる海沿いの山の中にある。
ロープウェイが出来る前には山を下るのに橇を使っていたのだから、ずいぶん便利になったものだ。ロープウェイ様々である。
ロープウェイを降り実家へと続く獣道を歩いていると、猪や鹿や猿とすれ違った。顔見知りの野生動物だ。
「牡丹、バンビ子、猿渡! ただいま〜!」
彼らに挨拶する。
「バルルルルッ!」
「ピィ〜〜ッ!」
「キュワッ!」
皆元気そうで何よりだ。
猪の牡丹が背中に乗っけてくれたので、ロープウェイの駅から実家まで徒歩10分かかる所を2分で到着した。持つべきものは野生動物のマブダチである。
ドアの鍵を開け玄関で靴を脱いでいると側のトイレの扉が開いた。
そして中から巨大な鏡餅が……!
歩く巨大鏡餅だ! 何だこれ!!
絶句して見つめていると、鏡餅もこちらを見た。向こうも驚いている。
父だった。
父の頭はこの前会った時よりもさらにピカピカ具合に磨きがかかり、鏡餅そっくりになっていたのだ。
「ぬぉっ……!」
父がくぐもった音声を発する。
「んぐ……」
私は答えた。一応「ただいま」と挨拶したつもりだ。
すると父は慌てた様子で階段を上って行った。自室へと行くのだろう。私は彼を無言で見送った。
恥ずかしい話だが、私は父と上手く話せないのだ。そしてそれは父の方も同じようだ。どうしても意思の疎通が必要な時は母を通じて行なっている。
父は既に数年前に定年を迎えているが、昔船乗りをやっていた。石油やら何やらを運ぶタンカーの機関士をしていたらしい。らしい、と言うのは父とはあまり交流が無く、言葉を交わした記憶も数える程しか無いので深く知らないのである。
仕事で常に海の上にいて、家に帰ってくるのは数年に一度だった。
最後に交わしたまともな会話はよく覚えている。こんなのだ。
「船の甲板にいるとなぁ、時々飛び魚やエイヒレやアタリメが飛び込んでくる。それを焼いて食うんだよ。美味いのなんのって」
「すご〜い!」
確か小学校六年生の時だ。その後思春期に突入し、ただでさえ少ない会話はさらに減り、就職して家を出たので皆無に近くなった。
そしてそのまま現在に至る。話す気はあるのだが、父を前にすると舌が回らなくなるのだ。もうどうしようも無いのである。
リビングに入ったが母はいない。壁のカレンダーを見ると、今日の日付には「パ♡」とある。近所のすり身工場のパートに出掛けているらしい。前に電話で話した時には休みだと言っていたが、予定が変わったのだろう。
する事もなく、私はリビングのコタツに寝そべった。
……目覚めると3時間が経っていた。母はまだ戻らないが、マングースのグッさんが家で待っているしそろそろ帰らねば。3時間に一本しかないロープウェイの時刻も迫っている。
2階の父の部屋をノックしたが返事はない。覗くともぬけの殻だ。窓が開けっ放しだったので閉じ、実家を後にした。
その夜、母から電話があった。
「今日帰ってた?」
「うん。すれ違ったね」
「カップラーメン食べたろ?」
「食べてないけど。お父さんじゃない?」
「お父さん朝から町に行っててさっき帰って来たとよ」
「えっ、私家で会ったけど……」
「何言ってんの。夢でも見たとね」
「……」
「今度はちゃんと電話してから来んねねぇ」
通話を終え、私は考える。
これまで実家に居た人物が父だという前提で書いたが、どうも違ったようだ。
思わず総毛立つ。
つまり、私は泥棒だか鏡餅の妖怪だかと遭遇した事になる。が、そんな事はどうだっていい。問題はそれと自分の父親との区別がつかないくらいまで記憶力が減退している事だ。
私は父の顔を思い出そうとしたが、ぼんやりとした輪郭と鏡餅みたいな頭が浮かぶだけだった。
なんともはや恐ろしい事だ……。
明日ダイ◯ーに行って、脳トレ本でも買って来ようかと思っている。




