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【第一部完結】氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第四作戦 落ちない太陽

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「とはいえ、楠葉さんは、上から私の面倒を見るように頼まれているだけで、実際は相当恨まれてるかもしれないですが」


 本来であれば、今の加賀谷のポジションは、楠葉のものだった。

 それを自分の意志ではないとはいえ、横取りしてしまったようなものだ。


 その上、戦いが一度落ち着いた後、加賀谷は魔導士のコースがあるとはいえ、一般の中学や高校に入学した。

 本当に一度、戦いから離れたのだ。

 それを提案したのは夏目であり、楠葉もそれに同意していたが、本心ではどう思っていたのか。

 今でも答えは出ない。


「正直、私は経歴からしても問題も多くて、みなさんにも迷惑ばかりかけていますし……」


 我妻も含め、氷の契約魔導士の部隊へ配属を希望した時、誰もが想像をしていなかっただろう。


 本土を侵攻するデドリィを、一日の内に沈め、戦いに終止符を打った英雄。

 東京湾が凍る様子は、人々に畏怖と、それに勝る高揚感を与えた。


 まさに英雄的存在。


 誰もが皆、その輝かしすぎる栄光に、色々な尾ひれをつけ、その後に続きたいと願った。


 だからこそ、目の前に現れた、あまりに小さな彼女の姿に失望した。


「…………」


 それは、大隊結成時に、坪田や久保を筆頭にした者たちの態度で、加賀谷も嫌というほど感じ取ってしまった。

 本人たちは、反省し、今では少しでもあの時の事を挽回しようと、持てる力を遺憾なく発揮し、加賀谷のサポートを行っている。


 それでもなお、第四中隊との合流後には、トラブルもあったようだが。


「……隊長、チョコレート食べます?」

「はい? はい……ありがとうございます」


 不意に差し出されるチョコレートに、首を傾げながら、受け取れば、我妻はどこか自慢気に頷いていた。


「実は、勝手に隊長の名前をお借りして、融通してもらったんです。それ」

「は、え……? そうなんですか?」

「物資の輸送にも限度がありますからね。特に、こういった嗜好品は取り合いなんです」


 その取り合いの際に、こっそり「契約魔導士が好んでいるから融通してほしい」と耳打ちすれば、比較的、嗜好品も手に入れやすくなるという寸法だ。

 勝手に名前を使うのは、坪田に知られたら説教されるだろうが、今のところ、バレていない。


「そうなんですね……まぁ、私の名前を使ってもらうのは、構わないですが……」


 さすがに、酒やたばこの融通は、年齢的に問題があるが、チョコレートくらいならば問題はない。


「隊長は、少しご自身を卑下し過ぎですよ。自分たちも、あまり言える立場ではありませんが」


 この小さな体に、どれだけの大人の都合が背負わされているのか。

 どれだけの理不尽を子供に付き合わせているのか。


 吐露することのできる相手はいるのだろうか。

 いや、いるはずがない。

 自らの部隊の中隊長にすら口にしてはいけない事柄を、外の世界で出会った友人たちに告げることなどできるはずがない。


 そもそも彼女は、自身の親友すら、自ら手をかけさせられたようなものだ。

 それがどれだけ彼女を傷つけたのか。


「自分は、貴方に救われました」


 自分が、彼女に与えられるものなど、何もないのかもしれない。

 それでも、貴方は間違っていなかったと、感謝の言葉だけは渡したかった。


「文字通り、命を救われています。おかげで、妻とも再会できて、子供にも会えました」


 千葉の戦いで、もし加賀谷がいなかったら、契約魔導士として存在していなかったら。

 きっと、自分はあの時に死んでいた。

 あの喧嘩が、最後の言葉になっていた。


「そういえば、房総の方で作戦に参加されてたんですよね。すみません……正直、ほとんど覚えていなくて……とりあえず、大きな反応のある所のデドリィを片っ端から潰したくらいで」


 自分で作戦を考えるということもなく、命令されるがままに、デドリィを倒していた。

 ただひとつの事を除いて。


「夏目さん、助けるにはあぁするしかなかったし……」


 極秘に行われていた、夏目達の作戦を阻止したこと以外は。


「夏目准将ですか?」

「海ほたるで、デドリィ海底侵攻を阻止するために、色々やってて…………」


 加賀谷は当時の事を口にしながら、ふと怪訝そうな表情で我妻の方へ目をやれば、我妻は静かに笑顔で頷いた。


「忘れてください」

「了解です」


 当時の魔導士たちすら、デドリィが東京湾の海底を歩いて進んでいるという情報は、誰も持っていなかった。

 露呈したのは、加賀谷が東京湾を凍らせたことで、メディアが当時の事を毎年のように取り上げるようになってから、数年後の事だった。


 それも、契約魔導士がデドリィの海底侵攻について気が付いたため、東京湾を凍らせたというもの。

 別の部隊の作戦を行われていたことなどは、伏せられている。


「とりあえず、あの後も大変だったみたいですよ。夏目さん」

「まぁ、そうでしょうなぁ……」


 10年近く経っている今ですら、文字通り凍土と化している場所があるくらいなのだから、事後処理も大変だったことだろう。


「半分くらい、命令無視でしたし」

「昔からだったんですねぇ……」

「う゛……」

「でも、結果的に救われた人が多いなら、いいじゃないですか。少なくとも、自分たちは、そういう英雄になりたくて、この部隊に志願してます」


 我妻だけではない。

 この大隊に志願した魔導士たちは、全員少なからず、自分も誰かを救う英雄になりたいと思っている。

 そのために、命を懸けている。


「誰かの政治のコマになって死ねと言われるより、誰かを救うために死ねと言われた方が、よっぽど派手に散れるものです」

「散らないでください……お願いですから」


 冗談であるということはわかっているが、笑顔で死ぬ覚悟の話をされても、加賀谷も困ってしまう。


「私が生きている間は、私が守りますから。どうにか、足止めをしてもらえれば……」


 困ったように苦笑いを溢しながら、加賀谷は言葉を続けた。


「私が、倒します」


 絶対的な自信を持った言葉ではない。

 だが、まるでそれは、決定されている事柄のような言葉。


「――――」


 喉が震えた。

 戦慄とも、歓喜とも取れる、震え。


――本当に、この人は氷の契約魔導士(えいゆう)なんだな。


 我妻は、小さく吐息を漏らすと、背筋を伸ばし、敬礼を加賀谷に向けた。


「了解であります。隊長」



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