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「とはいえ、楠葉さんは、上から私の面倒を見るように頼まれているだけで、実際は相当恨まれてるかもしれないですが」
本来であれば、今の加賀谷のポジションは、楠葉のものだった。
それを自分の意志ではないとはいえ、横取りしてしまったようなものだ。
その上、戦いが一度落ち着いた後、加賀谷は魔導士のコースがあるとはいえ、一般の中学や高校に入学した。
本当に一度、戦いから離れたのだ。
それを提案したのは夏目であり、楠葉もそれに同意していたが、本心ではどう思っていたのか。
今でも答えは出ない。
「正直、私は経歴からしても問題も多くて、みなさんにも迷惑ばかりかけていますし……」
我妻も含め、氷の契約魔導士の部隊へ配属を希望した時、誰もが想像をしていなかっただろう。
本土を侵攻するデドリィを、一日の内に沈め、戦いに終止符を打った英雄。
東京湾が凍る様子は、人々に畏怖と、それに勝る高揚感を与えた。
まさに英雄的存在。
誰もが皆、その輝かしすぎる栄光に、色々な尾ひれをつけ、その後に続きたいと願った。
だからこそ、目の前に現れた、あまりに小さな彼女の姿に失望した。
「…………」
それは、大隊結成時に、坪田や久保を筆頭にした者たちの態度で、加賀谷も嫌というほど感じ取ってしまった。
本人たちは、反省し、今では少しでもあの時の事を挽回しようと、持てる力を遺憾なく発揮し、加賀谷のサポートを行っている。
それでもなお、第四中隊との合流後には、トラブルもあったようだが。
「……隊長、チョコレート食べます?」
「はい? はい……ありがとうございます」
不意に差し出されるチョコレートに、首を傾げながら、受け取れば、我妻はどこか自慢気に頷いていた。
「実は、勝手に隊長の名前をお借りして、融通してもらったんです。それ」
「は、え……? そうなんですか?」
「物資の輸送にも限度がありますからね。特に、こういった嗜好品は取り合いなんです」
その取り合いの際に、こっそり「契約魔導士が好んでいるから融通してほしい」と耳打ちすれば、比較的、嗜好品も手に入れやすくなるという寸法だ。
勝手に名前を使うのは、坪田に知られたら説教されるだろうが、今のところ、バレていない。
「そうなんですね……まぁ、私の名前を使ってもらうのは、構わないですが……」
さすがに、酒やたばこの融通は、年齢的に問題があるが、チョコレートくらいならば問題はない。
「隊長は、少しご自身を卑下し過ぎですよ。自分たちも、あまり言える立場ではありませんが」
この小さな体に、どれだけの大人の都合が背負わされているのか。
どれだけの理不尽を子供に付き合わせているのか。
吐露することのできる相手はいるのだろうか。
いや、いるはずがない。
自らの部隊の中隊長にすら口にしてはいけない事柄を、外の世界で出会った友人たちに告げることなどできるはずがない。
そもそも彼女は、自身の親友すら、自ら手をかけさせられたようなものだ。
それがどれだけ彼女を傷つけたのか。
「自分は、貴方に救われました」
自分が、彼女に与えられるものなど、何もないのかもしれない。
それでも、貴方は間違っていなかったと、感謝の言葉だけは渡したかった。
「文字通り、命を救われています。おかげで、妻とも再会できて、子供にも会えました」
千葉の戦いで、もし加賀谷がいなかったら、契約魔導士として存在していなかったら。
きっと、自分はあの時に死んでいた。
あの喧嘩が、最後の言葉になっていた。
「そういえば、房総の方で作戦に参加されてたんですよね。すみません……正直、ほとんど覚えていなくて……とりあえず、大きな反応のある所のデドリィを片っ端から潰したくらいで」
自分で作戦を考えるということもなく、命令されるがままに、デドリィを倒していた。
ただひとつの事を除いて。
「夏目さん、助けるにはあぁするしかなかったし……」
極秘に行われていた、夏目達の作戦を阻止したこと以外は。
「夏目准将ですか?」
「海ほたるで、デドリィ海底侵攻を阻止するために、色々やってて…………」
加賀谷は当時の事を口にしながら、ふと怪訝そうな表情で我妻の方へ目をやれば、我妻は静かに笑顔で頷いた。
「忘れてください」
「了解です」
当時の魔導士たちすら、デドリィが東京湾の海底を歩いて進んでいるという情報は、誰も持っていなかった。
露呈したのは、加賀谷が東京湾を凍らせたことで、メディアが当時の事を毎年のように取り上げるようになってから、数年後の事だった。
それも、契約魔導士がデドリィの海底侵攻について気が付いたため、東京湾を凍らせたというもの。
別の部隊の作戦を行われていたことなどは、伏せられている。
「とりあえず、あの後も大変だったみたいですよ。夏目さん」
「まぁ、そうでしょうなぁ……」
10年近く経っている今ですら、文字通り凍土と化している場所があるくらいなのだから、事後処理も大変だったことだろう。
「半分くらい、命令無視でしたし」
「昔からだったんですねぇ……」
「う゛……」
「でも、結果的に救われた人が多いなら、いいじゃないですか。少なくとも、自分たちは、そういう英雄になりたくて、この部隊に志願してます」
我妻だけではない。
この大隊に志願した魔導士たちは、全員少なからず、自分も誰かを救う英雄になりたいと思っている。
そのために、命を懸けている。
「誰かの政治のコマになって死ねと言われるより、誰かを救うために死ねと言われた方が、よっぽど派手に散れるものです」
「散らないでください……お願いですから」
冗談であるということはわかっているが、笑顔で死ぬ覚悟の話をされても、加賀谷も困ってしまう。
「私が生きている間は、私が守りますから。どうにか、足止めをしてもらえれば……」
困ったように苦笑いを溢しながら、加賀谷は言葉を続けた。
「私が、倒します」
絶対的な自信を持った言葉ではない。
だが、まるでそれは、決定されている事柄のような言葉。
「――――」
喉が震えた。
戦慄とも、歓喜とも取れる、震え。
――本当に、この人は氷の契約魔導士なんだな。
我妻は、小さく吐息を漏らすと、背筋を伸ばし、敬礼を加賀谷に向けた。
「了解であります。隊長」




