実験2
「イベリッサ、リリアドラス、それに……ラジアータか」
金髪碧眼の青年が、正面に座っている三人の少女の名前を並べていく。
そして、あまり特徴のない部屋の様子を見渡しながら、ため息交じりにこう続けた。
「手紙で話だけは聞いていたが、わざわざ『こんなこと』をしているのはこの国中を全て調べてもお前たちぐらいだろうな」
「不満があるの……ネスタティオは?」
三人の少女の内の一人、気だるげな表情をしたイベリッサがネスタティオにそう問いかける。
「領地経営に支障は出ていない……むしろ順調だよ」
「あぁ、わかっている。お前たち三人が所有している三つの領地の中央に、『わざわざ共に暮らすためだけに屋敷を建てようが』、俺には関係のない話だ」
関係のない話と、そう断言しておきながらネスタティオはあまり納得しているような顔をしていない。
それもそのはず。彼女たちがしている事というのは、それだけ奇妙で奇抜な事だった。
事の発端は半年前。セルテ村での問題が三人とその騎士たちの手によって解決され、領主を失っていたセルテ村の新しい領主として、ラジアータがその地位についたときにある。(もっとも、ラジアータ本人は死んでいる事になっているはずなので、表向きの領主はリリアという事になってはいるが)
その時、本来ならば三人の王族少女たちは、それぞれが統治する領地の中心部かその付近に帰還するか移住するかするはずだった。少なくとも、彼女たちの立場にあったのが他の王族であったならばそうしただろう。
だが、彼女たちはなんらかの理由でそうはしなかった。
それはもしかしたら、イベリッサが現在進行形で熱中しているボードゲームの遊び相手が消えることを危惧したからかもしれないし。
ラジアータが、いかに隣接した領地とはいえデンカと離れ離れになる事を不満に感じたからかもしれないし。
あるいは、リリアの屋敷がしばらく前の貴族殺しの襲撃によって被害を受け、立て直しが検討されていた時期だったからかもしれない。
それらのいずれかか、それらの全ての結果として。彼女たち三人は、三人の領地の丁度中央に、三人全員とその関係者たちが住まえるような大きさの屋敷を建てる事にしたのである。
現在、王位継承戦という形で王族同士が戦っている事を考慮すると、いつでも寝首がかけるような状況下に互いを置く事は、平和ボケしていると言えなくもない。それでなくとも、わざわざ三つの領の領主が同一の場所に住むと言うのは、前代未聞の出来事なのだ。
だから、ネスタティオは『だが』という否定的な接続詞で発言を続ける。
「俺が心配しているのは、お前たちがその状態で満足に領地の経営ができるかどうかという事だ。三つの領地の中央に位置すると言えば聞こえがいいが、それぞれの領地から最も離れた位置にこの屋敷が存在しているのだと言い換える事もできるんだからな」
「その点は問題ありません」
そう言ったのはリリアだった。
「デンカのおかげで領内の殆どの場所に一時間もあれば行けますし、連絡をするだけならすぐにでも出来るようになりました。それに、何か問題があった時でも三人そろって考えた方が良い案が生まれる事が多いんです」
「そうですわ。領内の視察だって頻繁に行っていますし、問題なんてありませんの」
イベリッサとリリアの反論を聞いて及第点だと判断したのか、ネスタティオは『まぁいい』と呟いた。
「お前たちの言い分は理解した。問題がないならば……俺にも問題は無い。なら、そろそろ本題に入ろうか」
本題。
そう言われて何のことだと疑問に思うような人間はその場にはいなかった。今、この国の状況と彼ら王族達にとってもっとも劇的に変動している事はただ一つ――王位継承戦である。
ネスタティオがわざわざ本題と言ったのも、彼がわざわざこの領地まで足を運んで直接この話題を切り出したのも、全ては王位継承戦という異常事態のためだった。
「一年と言う時を経て、継承戦は第二段階に入ったと言ってもいい」
「第二段階――?」
「そう、第二段階だ」
そう言うとネスタティオは椅子に深々と座りなおした。語るべき内容がそれだけ多いという事なのだろう。
「まずは第一段階。つまり、父上が継承戦を発表された瞬間――いや、実際としてはその情報が出回った瞬間になるな。その時、俺たち継承候補の王族は群雄割拠の状態にあった。一人一人が別々に行動し、自らが生き残るように、他者を脱落させるために、そのためにそれぞれが行動していたんだ」
「そうでもなかったけどね……私たちは。私たちはこの戦いが始まった直後から手を結んでいた」
「ハハッ。当然だ! 俺が優秀だったからな、父上の話を聞いた瞬間には一人で争う事の無意味さを理解していた。この継承戦が『疑似的』かつ『小規模』な国同士の戦争だと見抜いていたからこそ、最初からそのように行動していたんだ」
自信満々に、それこそ『謙虚』という言葉を笑い飛ばさんばかりの態度でネスタティオは断言した。
「まぁその話は置いておいて、第二段階――つまり現状の話をしよう。今、この戦いに残っている王族は何人か知っているか?」
「死んでしまった方、降伏した方の数が五十人以上ですから。もう半分も残っていない計算になりますね」
「その通りだ、リリア。そして、その残った五十人のうちおよそ四十人以上が、俺たちのように四、五人単位の協力関係を結んでいる。個人ではなく、集団がそれぞれ対立関係にある。それが今の継承戦の状態だ。ふはは! ようやく周りが俺に追いついたというわけだな」
傲慢に笑い始めるネスタティオの姿を、少女達三人はしばらくの間おとなしく見つめていた。好ましかろうとなかろうと、彼女たちはそんな風に笑い出すネスタティオの行動に、なんだかんだで慣れてしまっていたのだ。
慣れている、とはつまり、どのタイミングで話しかければその高笑いを効率よく中断できるかもわきまえているという事である。今回、ネスタティオに話しかけたのはイベリッサだった。
「それで……なんとなく知っているけど……その集団についてお互い知ってることをまとめておきたいと思うんだけど?」
「あぁそうだったな。スタッカートの兄上が死んだこともあって、この集団というやつはかなり均等にばらけている。具体的な数にすれば八か九の集団だ。だがまぁ、その中でも特に警戒しておくべきなのは四つだ」
「たった半分ですの?」
「今のところは、という意味でな。まずは俺の弟でもあるアゼルを中心とした集団だ。元々の序列を考えれば、あいつの所にも人が集まるのは当然だな。次にアルヴェンスの率いる集団、これはもう同盟関係などではなくただの主従関係だと断言してもいい。周りに集まっている奴らはただの傀儡だ……ただ、お前たちの話が正しいならサイネリラもアルヴェンスの配下にあると考えたほうがよさそうだ」
そう言って、ネスタティオはラジアータに視線を向ける。アルヴェンスが協力者を得るために開いた『催し』の参加者であり、その場にいた誰よりもその時の事態について詳しいからだ。
「間違いありませんわ」
ラジアータは思い出すように言う。
「アルヴェンスはわざわざ私たちをあの島に集めて……ほとんど全員を殺したんですもの。他の貴族を殺すためだけにそうしたとは考えられませんわ。きっと何かを得ているはず」
「お前の意見には同意しよう、警戒は怠るべきではないな」
「そうですね。島で起きた事を考えると、サイネリラさん達は危険です」
「それはそうだが、国の衛兵が動いても見つからないとなると、我々だけではどうしようもない。隠れている奴らの事は一度置いておいて、三つ目の集団の話をしよう。三つ目に強力だと俺が考えているのは、サクララの下に集まっている奴らだ」
ネスタティオが三人目の名前を口にする。
サクララ・ラ・デルフィニラス。
元貴族でありながら、彼女の名前を知らない物はこの国には存在しないだろう。貴族の中の貴族。それほどまでに絶大な人気と力を持っているがゆえに、警戒するべき人物の中に彼女の名前が挙がる事に納得しない者は居なかった。
「アルヴェンスとは真逆と言ってもいいだろうな。サクララの集団は完全な協力関係にあるようで、結束力が強そうだ」
「そりゃそうだろうね……サクララがリーダーなら」
「そして最後。四番目に警戒しておきたいのは――」
四番目。
ネスタティオがあげてきた現王族の中で最も低い優先度でありながら、彼の表情はその時が最も敵意に満ちていただろう。
「――ディスレキシアだ」




