実験1
草原。
あるいは草むら、あるいは原っぱ。見渡す限り大地の緑色と大空の青色の二色しか存在しないその空間に、二人の少女が立っていた。広大な草葉の湖に脚を沈め、二人の少女はお互いの前に立ちふさがるかのように相対している。
この広い草原は今や彼女たち二人に占拠されており、彼女たち以外の人間は一人だって存在しない。大型の獣などを含めても、彼女たちのしてきた行為の結果として一匹残らず逃げ去っているのだ。昆虫のような極小の生物たちだって、理性があればその場より安全な場所へ移動する事を第一に考えただろう。
彼女たちは対峙し、戦闘していた。
その証拠に――と言うのはいささか順序がおかしい気もするが――向かい合う彼女たちの周囲には、この草原には元来存在していなかったモノが無数に浮かんでいた。方や巨大なクラゲのような半透明の半円、方や黒色の鋼鉄の塊たち。無数にではあるが、それらのモノは明確に二種類に区分することができる――すなわち、それらの内一種類は赤髪の少女の物であり、もう一方は黒髪の少女の物なのだ。
「もう勝負はついたわ! 敗北を認めなさい」
そう叫んだのは、赤い髪の少女の方だった。
彼女の名前はサレリラ・センチネル。
紺色と黒色を基調とした上着とズボンを着こなす彼女の姿は、紛れも無く軍人の姿そのものだ。それは彼女の厳格な性格を象徴するかのようであり、彼女の立場――デルフィニラ国の戦士であることを正確に表している。
此度の王位継承戦にて彼女の主に王位を捧げるために、サレリラは再び叫ぶ。
「お前の攻撃は私に届かない」
それは予想ではなく、挑発でもなく、紛れもない結果だった。
彼女は黒髪の少女からの攻撃に次ぐ攻撃の、その全てを、防ぎきってその場所に立っている。無論、その肉体にも制服にも傷一つ負うこと無く。
では、彼女は何を持って攻撃を防いだのか? その答えは一つしかない。彼女は、攻撃を防ぐための武器である、『盾』を用いて自らの身の安全を確保して見せたのだ。
だが、ただの盾ではない――魔法によって形成された魔法壁だ。
いくつもの、幾重にも重なる半透明の半円状の魔法壁が、雨をはじく傘のように機能してサレリラへの攻撃を防いでいた。当然、傘が雨を防ぐのに天に向けられるのに対し、それらの魔法壁は対峙している黒髪の少女に向けられている。
しかし、それらを目にして――
「……」
黒髪の少女は、無言。
何百と放った攻撃のすべてが弾かれたという状況にあって、およそ反応らしい反応も見せず、人間らしい反応もせず、ただサレリラの方に視線を向けている。
黒い髪の少女――デンカは目の前で起きた出来事を観察していた。いつも通りに。サレリラとは対極的にドレスのような外見の服を身に着け、相変わらず肩にかかるくらいの髪の毛は先端近くでウェーブがかかっていた。
周囲に展開された何十という奇械、何十とある銃器が放った弾丸が防がれたという現状を、デンカはただ受け入れる。
そんなデンカの様子に痺れを切らしたのか、サレリラが声を荒げた。
「何か言ったらどうなのかしら? 私の目的はあくまでも勝利すること、降伏するのなら命をとるような事はしないのだけれど」
「わたしは絶対に降伏しない、その言葉はそっくりそのままあなたに返すよ。その盾があなたを守っているうちに降参するなら、あなただって傷つかずに済むんだけどね」
「――チッ」
サレリラはデンカにも聞こえる程の音量で舌打ちする。
周りで青白く光を放った魔法壁は、彼女の苛立ちを反映しているかのようだった。
「ウワガミ・デンカ、私はお前についてある程度調べてからここにきている。お前がドラゴンを単独で撃破できる程度の実力を持っているという事、そして事実単独でドラゴンを打倒したという情報も既に私の知るところだ。だから、はっきりとここで宣言しておいてやろう。私の魔法壁はその一つですでにドラゴンよりも硬く、その一枚ですでに炎弾を防ぎうる。そして、私が同時に展開できる魔法壁の数は六だ、お前の攻撃は届かない」
「ふぅん。でもわたしがドラゴンをどうのこうのしたってのはもう『六か月も前の話』だからね、その情報は少し古いんじゃない?」
「――チッ」
サレリラは再び舌打ちする。
彼女からしてみれば、デンカの発言など筋の通らない屁理屈に過ぎない。確かに六か月という期間は時間にしてみれば大きいかもしれないが、ここで重要なのはデンカのおおよその力量をサレリラが把握しているという事実なのだ。たった六か月前の情報ならば、他者の力量を測るのには十分に信憑性のある物であり、現在のデンカのスペックと大差があるとは考えられない。それとも――
その六か月あまりで、大差と表現できるほどに成長したとでも言うのだろうか。
いや、と。サレリラは自らのその考えを否定する。戦士の強さというのは積み重ねていく物であり、スキルを授かるという例外はあれど、階段を飛ばすように飛躍的に成長する事など不可能だ。六か月の鍛錬は、六か月分の鍛錬に見合う強さしか授けない。確かに強くはなれるだろう、あるいは驕るほどに調子よく成長したと実感しているのかもしれない、だが、ただの六か月だ。
それでは何も覆らない。目の前の少女は、自分よりも弱い。
しかし、そう確信しつつもサレリラはデンカから一切の動揺を読み取れないでいた。自分が負けるとは一切考えていないような、そんな目をしている。
それは、なぜ――
「――まさかお前」
そう言ってサレリラはデンカを睨み付ける。
「私が防御しかできないと考えているんじゃ無いだろうな。私が盾の魔法を専門としているからと言って、攻撃する事が出来ないと考えているんじゃ無いだろうな」
天高く上げられたサレリラの手の動きに呼応するように、周囲に展開されていた魔法壁がクルクルと回転しはじめる。
「もしそうなら――後悔させてやるッ!」
サレリラが挙げていた手を振り下ろしたその瞬間、回転していた魔法壁が二枚、残像を残すような速度でデンカに迫った。
防御するための武器――盾。
だがそれは間違いなく武器なのだ。古来より扱われてきたその武器は、時に体当たりの補助として、時に敵を押しのける杭のように、時に敵を『押しつぶす』凶器として、間違いなく敵対する物に危害を加える用途を持って扱われてきた。
同様に、サレリラの魔法壁もまた攻撃のための武器となり得る。
デンカが放った無数の銃弾をことごとく弾き返せるような強度のその盾が、それだけの速度で直撃すればどうなるかなど、想像にかたくない。それは高層ビルから飛び降りたかのような衝撃を伴うだろう。あるいは、トラックにはねられたような衝撃になるのかもしれない。だがいずれにせよ――その一撃を食らえば常人は死に至るだろう。
かわさなければならない。
なのに――デンカはその場から動かない。
彼女はどこか余裕すら感じさせる様子で、腰に身に着けている小形のカバンから一つの筒を取り出した。それは、銃弾だった。ただし普通の銃弾と異なるのは、その銃弾が彼女の手のひらと同程度の長さはあろうかという大きな物であると言う事と――その表面に魔法陣が刻まれているという事だ。
「さぁ、実験を始めよう」
迫りくる魔法壁とデンカの間に、巨大な銃が出現した。
否――それを銃と呼称するのは正確かどうかわからない。それは引き金を持ち銃口を持っているという点で銃と共通しているが、その他の造形は地球に存在していたどんな銃と比べても似ても似つかない物だ。どこか曲線的なフォルムを持ち、そのボディの至る所に文字列が刻まれている。
魔法長銃。デンカはそれにそんな名前を付けた。
そこから放たれた魔弾と魔法壁が衝突した結果、どうなったかはことさら細かく描写する必要もないだろう。
一つ、サレリラに誤算があったとするならば、それはデンカが異世界の住人であると言う事であり、彼女の成長はこの世界の住人とは違い変則的な物であるという事だ。たったの一年ほど前まで戦ったことすら無い高校生だった彼女が半年で一人前の戦士となったならば、もう半年でどうなるか。ましてや、彼女の能力は過去の人々が積み重ねてきた知識の上に成り立っている。一つ間違いないのは、彼女は半年前よりも確実に強くなっているという事だ。
「うん。怪我一つなく、とはいかなかったけど。ちゃんと死なない程度に勝てたみたいだね」
戦闘不能に陥ったサレリラを確認しながら、デンカは満足そうに頷いた。




