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実験10

 理由を教えてほしい。


 答えられない。


 そのような問答が幾度となく繰り返された。もちろん同じ言葉を何度も繰り返したわけではなく、質問の仕方や頼み方は毎回毎回で飼えていたのだが、受付嬢もまた答え方をそれに応じて変化させていた。


 どのような質問に対しても態度を変化させず断り続けるといいうことは、どうあっても答えるつもりはないという事なのだろう。彼女の雰囲気からも、それはかすかに見え隠れしていた。


 だが同時に。必要以上に頑なに要求を拒み続ける彼女は口を閉じていると表現するよりは誰かに口をふさがれているようだと、六人はそう感じた。


 無理やりふさがれている口ならば無理やり開けさせればいい。


 リリアの要求をことごとく突っぱねる受付嬢に対して苛立ちを覚えたデンカが、そんな一歩間違えなくても犯罪者よりの思考を巡らせる。具体的に手順を示すならば、拳銃を作り出し威力を見せた後で相手に突き付けるという非常にオーソドックスかつ効果的な発想だった。


 完全に犯罪者の思考回路である。


 その場に居た誰もにとって幸運な事に、デンカは考えを即座に実行に移すほど浅慮な性格ではなかった。―-少なくともこの時は。もしかすると、そのまま時間が過ぎていれば脅し付けるくらいはしたのかもしれないが、それは実行に移される前に阻まれた。


 「お嬢さん達はセルテ村の人たちなのかい? もしよかったら僕が助けになれるかもしれないけど、どうかな」


 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには一人の男が立っていた。


 歳は二十ほど、身長は高いわけではないが特別低いわけでも無い。一目で裕福だと断言できるような、狩人の村には似つかわしくないきらびやかな服装をしている。その立ち振る舞いと言っている事そのものは紳士と呼んで差し支えないのだが、怪しく口元に浮かべる笑みがうさん臭さを感じさせた。


 そんな笑顔を浮かべていた男だったが、振り向いた六人の顔を見ると――正確にはイベリッサの顔を見た瞬間、驚いたような表情をつくると共に顔をしかめた。


 「――イベリッサ」


 吐き捨てるように男はそう言い放つ。そしてそれに対し、身長は圧倒的に低いにも関わらずイベリッサは見下げるように男に視線を向けた。


 「そう言うあなたは……カシマル。今はカシマル・エル・デルフィニラスになるのかしらね」

 「そうだな、年齢を考えれば僕の方が年上なのだから、兄に対して話すように敬語を使ってもらいたいものだけどね。―-それより、なぜ君がセルテ村の為に依頼を出しに来たんだい? あの村と君の領とでは対して関わりも無かったはずだ、せいぜい距離が近い程度かな」

 「貴族の務めだからね……困っている民を助け、導く事は。セルテ村が魔獣の被害にあって困っているから、それを何とかするためにここに来た……不自然な事なんて無いでしょう」


 それを聞いたカシマルはからかうように鼻で笑った。


 「不自然が無いとはよく言うね! 君がまともな貴族だったらノブレス・オブリージュを語ることに問題などないさ、だけど君はまともな貴族なんかじゃない。君自身、自分がまともな貴族であることを望んでいない。あらゆる義務を放棄して、貴族の座すら捨て去りたいのが君だろう? 怠惰で無頓着なイベリッサ」

 「否定はしない……今回の件だってリリアが人助けをしたいと言っているから付いてきただけ。だけど、私は領民が納得できるような領を維持している。領民を領の為の道具として扱ってはいないよ……あなたがしているような事はしていない」

 「ハッ……。僕は自分の領を発展させているさ、永遠に停滞している君とは大きく異なる点だ」


 カシマルはそこまで言うと、話題を切り上げる合図をするかのごとくイベリッサへ向けていた視線をリリアとラジアータに移した。つい一瞬前までイベリッサと口論していたのが嘘のように、嘘のような微笑みを浮かべると、二人に向けてカシマルが軽く会釈する。相変わらず爽やかとはかけ離れた笑顔だった。


 「見苦しい所を見せてしまったね。僕の名前はカシマル・エル・デルフィニラス。ラジアータに……君はリリアドラスかな?」

 「はい。リリアドラスです、よろしくお願いします」


 リリアも笑顔を浮かべて会釈を返す。貴族社会ならばどこにでもある社交辞令的なものであり、多少仰々しいがすれ違いざまに交わす挨拶のような物だ。貴族や王族ならば誰だって知っているし、もはや癖といっても差し支えないほどに繰り返されている。


 特別な意味などなく、挨拶するべきだから挨拶した。それだけ。


 故に、ラジアータも当然それを返すだろうとカシマルは思っていたのだが――。


 「ごきげんよう、ですが私はラジアータではありせんわ」

 「……?」


 わけのわからない宣言にカシマルは一瞬混乱するが、あぁと納得の声を上げる。


 「理由は分からないけど死んだことにしたいんだね。継承戦から降りるというなら僕も邪魔する理由は無いし、黙っておく事にするよ」

 「そんな事はありませんけど、仮にそうだったとしたらそうして下さった方がありがたいですわね」

 「継承戦も物騒だからね。中には平気で暗殺を実行に移している者もいるだろう? 力で無理やりだなんて僕に言わせれば野蛮だよね、貴族なら貴族らしく戦うべきなのに。―-それよりさ」


 会話に区切りを付けたカシマルが本題に入る。


 リリアとの会話も、ラジアータとの会話も、イベリッサとの口論も。カシマルにとっては脇道にそれるような、さして重要でもない事柄だと言わんばかりに。


 「君たち全員セルテ村の人じゃないわけ? さっきの話の続きなんだけど、セルテ村の人なら助けになれると思うんだけどね」

 「どういうこと? 助けになるなら助けになればいい……ここにいるのが私たちだけとか、セルテ村の人間かそうでないかは関係ないでしょ。なんなら伝言役でもしてあげようか」

 「チッ……。相変わらずムカつくなぁ、イベリッサ。一々君を間に挟む理由なんてないだろ、君に連絡役をしてもらうくらいだったら僕が直接村に向かうさ。それより、六人もいるんだしだれかセルテ村の人は居ないのかい?」


 カシマルはイベリッサに対する苛立ちを隠そうともせずに、再び同じ質問を繰り返した。


 「ハイハ~イ!」


 ササゲが両腕を大きく上げてぶんぶんと振り回し、自分の存在をアピールする。


 「ササゲちゃんが今の村の代表って感じ。助けてくれると、超うれしー!」

 「君が?」


 カシマルは疑わしそうな目をササゲに向ける。村の代表を自称する人間がそのような言動をしていれば疑いたくなるのも当然だが、彼女は正真正銘村の代表だった。


 「他に村の人は……いないみたいだね。まぁ仕方がないか、最初に来た時に僕が居られなかったのも悪いんだし」


 軽く独り言をつぶやいて、カシマルは続ける。


 「君の村は現在魔獣に襲われる危機に陥っているね、僕なら君たちを助けられる。僕の領にはそれなりの腕の兵が何人もいるから、彼らを君の村の警護に当てれば魔獣なんておそるに足らずさ」

 「マジ?! そうしてくれると超助かるんですけど」

 「ただ僕も領主だからね、見返りもなしに兵を動かしてしまったらいろんな人に反感を買ってしまうのさ。だから君たちを助けるためにいくつか条件を飲んでもらいたいんだよね」

 「何々? 助けてくれるならあたし結構がんばっちゃうよ」

 「セルテ村には僕の領地に加わって欲しいんだ。セルテ村が僕の領なら、自分の領を魔獣から守るのに何の矛盾も無いからね。君一人で決められる事でもないだろうし、村に戻ってから相談してくれて構わないよ」


 ササゲが村の代表であることをあまり信じていない様子でカシマルは告げる。ササゲはそれを聞いて素直に分かったと返事したが、イベリッサはカシマルを睨んだ。


 「……そういうこと」

 「なんだよイベリッサ。別に僕が言ってることは変じゃないだろう」

 「この状況を作っておきながら白々しい」

 「ハッハッ、なんでもいいさ。じゃぁ村の人にカシマルからだってよろしく伝えてくれよ、ササゲ」


 それだけ言い残すと、カシマルは手を振りながらギルドを去ってしまった。

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