実験11
「――と、言うわけなのでした~!」
壇上に立つササゲが、劇のラストを飾るようなポーズを取って締めくくる。
狩人の村から帰ってきた彼女は、村の信徒たちを集めて狩人の村で起きた出来事を全て説明していたのだ。そしてこの場合の信徒たちとはすなわち村人ほぼ全員を意味していた。
「……やはり依頼を受けてもらえぬのか」
「……魔獣の動きはどんどん活発になってるぞ、早めに手を打たなければ不味い」
ざわざわと、座っている村人たちの間でどよめきが起きる。現状まで停滞していた問題に、一つの活路が見出せたのだから、動揺するのも仕方のない事だろう。
やがて壇上から最も近い列に座っていた男の一人が手を上げた。
先頭に座っていることからもわかるように、この村でも一定の発言力を持っている男の一人だ。
「シスター。私は協力が得られると言うならばカシマルと言う貴族の下に付くのが一番だと思っています。幸い――と言うべきではありませんが、元来この領を統治していた貴族であるアセビリオ様は継承戦の影響で亡くなられていますから」
「そうだな。領主なんて居ない方が気が楽でいいと思っていたが……魔獣があつまってんなら放っておくわけにもいかねぇ。守ってくれるってなら、新しく領主を迎えるのも悪くねぇさ」
そうかもしれないな、と他の者たちからも同意が沸き上がった。積極的に賛成しているわけではなく、『他に選択肢も無いから』と消極的な意見の者ばかりだが、反対する者は皆無といってよかった。
それもそのはずだ。彼らとて望んで領主の居ない状態になったわけではない。反旗を翻したわけでもなく、継承戦が始まる前にライバルを蹴落とそうとした何者かが彼らの領主を暗殺したのだから。
特別優秀というわけでもなく、特別親しみのあるわけでもない領主の死に対し、村人たちの反応はそれ相応に冷たいものだったという事だ。
「あ~その事なんだけどさー?」
共通の方針を固め始めた村人たちを見て、ササゲは奥歯に物が挟まったようにしゃべった。
「あたしも完全に皆と同じ意見だったってゆうか、超同じ考えだったんですけどー……えーっと」
ササゲは少し困ったような表情で修道服の黒いベールの上から頭をかくと、両腕を最大限使って右の方向を指さした。そこにはイベリッサがいる。
「後の説明は全部イベリッサちゃんに任せよっかな~。ササゲちゃんも理解はしてるんですけど、やっぱ一番わかってる人が説明したほうが良いって感じ?」
こくりとイベリッサが頷き、壇上にあがった。
「私はイベリッサ・ラ・デルフィニラ。今回ササゲに呼ばれてこの領の様子を見に来た……王族」
村人たちは、彼らの眼前に王族がいるという事実に衝撃を受け、ざわりと再びどよめきが沸き起こった。
以前この村を統治していた人物が王族だったとはいえ、一村人にとって王族という人々が別世界の人間であることに変わりはない。それに加え、この国の国王であるガウルテリオはとにかく子供の多い人物だ。そんな中、閉鎖的な空間で育ってきた村人たちが話だけでも知っている王族となると、ネスタティオやスタッカートのような存在に限られてしまう。
故に、王族であっても見知らぬ聞いたことも無いような人物は、他人とさして変わらない。―-いや、権力があるとわかっている分、他人よりも性質が悪いとさえいえる。彼らの感じた感情を最も適格に捉えている言葉は『畏怖』だろうか。恐れ、警戒し、だが敬意の念も忘れない。
そんな村人たちが比較的に円滑にイベリッサの存在を受け入れる事が出来たのは、一重にササゲの存在と発言があったからだろう。彼女が呼び寄せた人物ならば間違いがないし、彼女が信頼した人物ならば危険はない。そう言った信頼を、ササゲは短期間で村人たちとの間に築いていた。
「ほら、あたし前に言ったじゃん? 助けを呼んでみようってさ! それで何人も来てくれたってわけ、めっちゃ感動的じゃない?」
「私たちのためにありがとうございます、シスター。そしてイベリッサ様にも感謝を」
「まだ早いかもしれないよ……感謝するのは」
「どういうことでしょう?」
全員の視線が集まる中、イベリッサは一呼吸入れると改めて村人たちに向き直った。
「まず説明しなくちゃならないのは……カシマルと言う男について。あの男は自分の権力を何よりも重視している。あいつにとっては自分の領も領民も……等しく自分の力の一部にすぎない。自分の力の一部だから約束通り魔獣からは守ってくれるとは思うけど……自分の力の一部だからいくらでも酷使する。カシマルにとって領民の幸福は二の次だから領はどこも税が重い……だから、仮に言う通りに領として加わったとしても幸せになれるかはわからない」
その言葉を受けて、村人たちに動揺が走った。先ほどまでカシマルの提案を受け入れることに賛成だった者も、今や眉をしかめて考え込んでいる。権力を肥やそうとする貴族に対する漠然とした嫌悪感、そしてそれ以上にはっきりとした数値として税という単語が重くのしかかった。
だが――
「背に腹は代えられません。狩人が依頼を受けてくれない現状、このまま魔獣に食い殺されるくらいなら、多少の税の重さには目をつぶるしかありません。その先にどのような未来が待っていたとしても、死ぬよりは絶対にいいのですから」
「そう……かもしれない。でもね……もう一つ伝えなければならない事があるの」
「もう一つ?」
「うん。証拠は『まだ』ないけど……依頼を出せないのは間違いなくカシマルが原因。そうやって逃げ道を無くして……助けたふりをして恩を売るつもりだよ。この継承戦でカシマルはそうやって領を増やそうとしているんだと思う……多少強引な手を使ってでも」
「そんな――!」
何度目かわからないどよめきが広間を包み込んだ。
イベリッサの言う事を信じるのならば、この村は貴族の標的にされ、悪辣な企みによって陥れられようとしている。只の村人では現状に対しどうする事も出来ない、それはあまりに理不尽で残酷だった。
彼らはイベリッサを見る。こんな不条理を引き起こした彼女の父親に対する不満を含めて、王族ならばなんとかしてくれるのではないかという期待も込めて。
「何とかならないのですか?! このような行いは国王様とてお許しになられないはずでしょう?」
「もちろん……だけど『まだ』証拠がない。それは私が必ずつかんで見せる……けど暫くはむりだから……その間は狩人の力を借りずに魔獣たちをどうにかする必要があるの」
「そりゃ無茶だぜ! 確かに村には魔法を使える奴だっているし、多少は戦える奴だっている。だけどそんなのはごく一部だ! 魔獣一匹を集団で囲んでボコるってなら話は別だが、今みてぇに魔獣の群れができてる時に集団を相手取るような戦力はありませんぜ!」
「残念ながら彼の言う通りです……。そうだ! 我々がイベリッサ様の下に加わりお力を貸していただくというのはダメなのでしょうか?」
「ごめんなさい……本当はそうできれば一番良かったのだけれど、残念ながら私の領には最低限の兵力しかない」
心の底から残念そうに、イベリッサはそう言った。
「しかし――それでは私たちに選択肢がありません! 卑劣な罠だと知りながらも、魔獣を打倒するための協力を得なければ命が無い!」
その通りだ、と他の者たちも同意の声をあげ、失意をあらわにした。このような形で魔獣に対抗する手段を奪われて意のままに操られるなど、屈辱の極みに他ならない。
そうして彼らの不満が爆発する直前。
イベリッサが手のひらで壁を作るように掲げ、それを制した。
「安心してほしい……私だってカシマルの思い通りにさせるつもりはない」
「しかし……魔獣を相手にできる戦力が無いのでは、近いうちに魔獣の群れに食い殺されてしまいます」
「それも、問題ない」
自信たっぷりにそう断言すると、イベリッサは視線を横へとそらした。そしてそれにつられるように、村人たちの視線も――デンカの方へと向けられた。
「彼女が私たちの秘密兵器。私たちの中で最強でしかも天才。彼女ならすべての問題を解決できる」
信じがたいほど高く上げられたハードルを耳にしたデンカは、それをくぐるように――
「やぁ」
と一言だけ挨拶した。




