実験8
そんなわけで、彼らはなぜ狩人が依頼を受けないかの謎を探るため、狩人の町に魔動車で移動していた。この村に来たときとは違い、ラジアータの要望通り現在はリリアが車を操縦している。更にもう一つ変わったことといえば、乗組員が一人増えたという事だ。
「ねぇねぇーデンカちゃんお話ししようよ! ガールズトークってやつ? 別に恋ばなするわけじゃ無いけどさ、だってあたしシスターだし!」
魔動車に乗るや否や、最初からそうすることを目論んでいたかのようにササゲはデンカの隣に腰かけていた。魔動車にのっていたササゲ以外の五人の中で、最も接点があり話しかけやすいのがデンカだった事を考えると、ササゲが話し相手としてデンカを選ぶのも不自然な事ではない。もっとも、ササゲであれば誰であっても同じように話しかけていただろうが。
「別にいいけど」
張り切って話しかけてくるササゲに対し、デンカはそっけなく返事をした。拒否するわけではないが、乗り気でもない。デンカはリリア以外の人間に対しては大体こんな感じだったが、ササゲはそれを気にするでもなく会話を続けた。
「サンキューサンキュー。じゃぁまずはお近づきの印としてー、この素敵な物をプレゼントしちゃおっかな」
そう言ってササゲはどこからか二冊の本を取り出すと、それをデンカに手渡した。
デンカにはその本に見覚えがあり、それが何であるかすぐに理解できた。と言うより、この状況下でササゲから渡される本など何種類もないだろう。
聖書だった。
「ホントは全員分、五組用意したかったんですけどー。在庫が少ないから一グループにつき一組が限界みたいな? なるべく早くに量産できるように布教頑張らないとね、あたし」
自らを鼓舞するササゲを脇目に、デンカは手渡された二冊の聖書を観察する。
それらは、非常に精巧にできていた。
製本技術とそれに使われる機械に詳しいデンカでも感嘆するほどに。機械では無く魔法で作られているのだろうとデンカは推測したが、それにしてもしっかりと作られている。いざとなったらまきがわりに炉にくべてしまおうと無礼な事を考えていたデンカだったが、その考えは引っ込んでいた。
「これ、向こうから持ってきたんじゃなくてこっちで作ったんだよね。ずいぶん良くできてるけど、ササゲが作ったの?」
「あはあはあは! ありがとー、でも流石にササゲちゃんは本の作り方とか知らなかったし? 今は知ってるけど、魔法なんて使えないし。これはねー寄付とか集めて職人さんにつくってもらってる感じ。この国でじゃないんだけどさ」
「違う国?」
「そーそー。ぶっちゃけあたしの拠点っていうか主な活動場所はこの国じゃないの。この辺に三つくらい国があるんだけど、その間をいったり来たりしてる感じでね。今はこの村がヤバそうだから助けたいなーって滞在中」
ササゲのその言葉に、デンカは一つの違和感を感じた。ゆえに、彼女は質問を変える。
「こっちに来る直前の事とか、直後の事とか聞いてもいい?」
「ソレー! ササゲちゃんもぶっちゃけそれ聞きたかったの!」
そうして揺れる車のなか、二人はお互いに情報を交換した。異なる世界に迷いこんだ同郷の人間が、まず最初にするべき事が情報交換だろう。二人がそれに対してあまり重要性を見出だしてなかったのは――二人とも帰る気が毛頭無かったからだった。
とにかく、デンカは幾つかの質問をササゲにした結果、わかった事が質問の数だけ増えた。
今まで彼女が出会ってきた日本人の例外ではなく、ササゲも同じ方法で同じ時刻にこの世界に転移していたのだ。転移した場所がこの国では無かったと言う点で多少事情が異なっていたが、違いなどその程度。教会で祈りを捧げていたら突然謎の穴に吸い込まれたらしい。
何ら違いない。――だからこそ違和感がある。
転移してからまだ半年もたっていない。そんな短期間で数ヵ国にまたがって布教などできるものなのだろうか。仮にこの世界に『新しい神の存在を極端に受け入れやすい』土壌ができていたとしても、移動時間だけで相当なものになるだろう。あるいは、何らかのスキルだろうか――
そこまで考えてデンカは思考を止めた。リリアの敵じゃない以上、この世界をキリスト教で覆い尽くす計画をしていようが彼女の知ったことでは無かった。
「それにしても! ササゲちゃん感激かも、デンカちゃんが白百合峰高校だったなんて親近感感じちゃう!」
デンカの目の前で、ササゲは興奮している。
彼女がデンカにした質問の多くは世間話のようなもので、デンカの家族構成だとか通っていた学校だとかそんな部分について焦点を当てていた。そのなかで特別ササゲの関心を引いたのが、デンカの通っていた学校についてだった。同じ高校に通っていたわけではない、白百合峰高校はいわゆる――
「キリスト教系の学校でもかなり優秀な所だよね! って事はデンカちゃんもキリスト教だったりするのかなー、キリスト教だったらいいなー」
「いやー、全員改宗する必要なかったからね。わたしは別にそういうわけじゃないよ」
「ガーン! まぁでも、今からでも遅くないってゆうか」
その時、長々と話していた二人の後ろからひょっこりと頭が一つ現れる。赤く、同時に白い髪色を持つ頭――というか、いい加減頭で存在を主張する事の多い女だった。
「ガーン! ですの?! ガーン! は私のセリフですわ! せっかくリリアさんに運転を変わってもらったから、デンカ様とお話できると思いましたのに!」
「あはあはあは! デンカちゃんはモテモテなんだね、あたしも聞きたいことは聞けたし話し相手の交代も全然いいよ! イクアシアちゃんの所に話に行こうかな」
じゃらじゃらと音が聞こえてきそな程に全身に付けた十字架を揺らしながら、ササゲは立ち上がりさっさとイクアシアの方へと向かってしまった。そして残されたのはデンカとラジアータの二人――ではなく、ササゲのいた場所に入れ替わるように座ったイベリッサの姿もあった。
「やぁ」
「やぁってなんですのやぁって! イベリッサは毎回毎回私の邪魔ばっかりするんですから!」
「邪魔とは心外……私は心配なだけ。深刻なストーカーの被害にあっているデンカもそうだけど……変態にランクアップしようとしているあなたの事も」
「変態だなんてそれこそ心外ですわ!」
「それよりも……デンカ気付いてた? 役にたったのなら良いのだけど」
憤るラジアータをスルーしつつ、イベリッサはデンカに問いかける。彼女が聞いていたのは、しばらく前にイベリッサの発動させたスキルについてだった。
イベリッサの『欠界』の力を使って車内で嘘をつくことを禁じていたのだ。結界展開時にササゲは若干異変を感じていたようだが、それをはっきりと認識しているようでも無かった。更に、発動させるためにイベリッサが発し、聞かせなければならない『嘘を禁じる』という言葉も、イクアシアと会話しながら言っていた。
つまり、仮にササゲがそれに気づいていたとしても、彼女とデンカの問答に嘘は無いという事になる。デンカ自身も嘘がつけない状態だったので質問の仕方は限られてしまったが、それでもたしかな情報を手に入れたのだ。
「役に立ったかな? この村を助けたいってのは嘘じゃないみたいだし」
「それなら良かった」
「むぅー」
しかし、二人が何を言っているのかわからないラジアータは疎外感を感じて膨れっ面を作っていた。
「イベリッサばっかりずるいですわ! デンカ様、私ともお話しませんこと?」
「別にいいけど」
ササゲに対してしたのと全く同じように、デンカはラジアータにもそっけなく返答した。だが、デンカの態度とは対極にラジアータの喜びようといったら中々の物で、それこそ天にも昇るといった様子だった。
「じゃじゃぁデンカ様の誕生日とか、好きなものとか――」
その時車が止まり、運転席のほうからリリアの声がした。
「着きました!」
到着、つまり移動終了の合図であり、つまりデンカとラジアータの会話時間終了の合図でもあった。
「降りよう……狩人の村だよ」
「ガーン!」




