実験7
「あたしが昔読んだ本に書いてあったんだけど、貴族はそれぞれ兵隊持ってて国がピンチな時はそれで手助けする感じじゃないの? 私たちピンチだからそれで少し助けてほしいみたいな」
「いえ、ササゲさんのおっしゃっている事は正しいです。大きな領地を持っている領主は大抵の場合何らかの形で戦力を持っていますし、国に危機が訪れた場合には加勢という形で貢献します。ですが……私たちは王族なので小さな領になりますと兵士が居るところは少ないです。私の領には一人もいませんし、この領もそうですよね」
「私の領には何人か国の兵がいるけどね……こっちに気軽に回せるほど余裕があるわけではないよ」
ササゲの中で確立されていた前提が瓦解する。
彼女にとって不幸な事に、この世界は彼女が前に居た世界の同じような条件の時代と比べても兵士の数が少なかった。それは一人の人間が突出した力を持ちうるこの世界の特質による物であり、どの国も少数精鋭の形を取っていたからだ。
勿論デルフィニラ国ほどの大国ともなると兵士の数はそれなりに多く、国の兵士の中でも戦力に幅があるのだが、それでもやはり辺境の地に大量の兵士をおくような事はしなかった。二人が貴族であればまた話は変わり、領の大きさに比例して私兵を持っていてもおかしくは無かったのだが、あいにく二人とも王族である。唯一の貴族だったラジアータには今や元の称号が付いている始末であった。
「えぇ~! それじゃぁササゲちゃんの貴族様に助けてもらおう作戦がパァじゃん! ――そうだ! デンカちゃんならなんとかできるんじゃないの?」
「わたし?」
突如指名されたデンカは、自らを指さしながら困惑した表情をする。
「そうそう。騎士ってことはさ、今この国でやってるらしい王位継承戦だっけ? それに参加してるって感じでしょ。それってめっちゃ強いって事じゃん!」
デンカを称賛する言葉にラジアータが反応して立ち上がる。自分の事でもないのにとてつもないドヤ顔を浮かべながら。
「そうですわ! デンカ様はとんでもなく強いんですのよ! 魔獣の一匹や二匹に負けるはずがありませんわ!」
「ほらほら~! やっぱデンカちゃん強いんでしょ。魔獣なんてパパ―ッとやっつけちゃってよ! 同郷のよしみでさー、デンカちゃんおねが~い」
「まぁやってみることは出来るけど」
かなり無茶なお願いを恐るべき軽さでしたササゲに、それに負けないくらい軽く返答したデンカは自らの主に顔を向ける。デンカにとって最も重要なのはササゲの頼みなどではなく、リリアがどうしたいかでありどうしてほしいかだった。そしてリリアが願うならばどのような不可能であってもデンカは挑戦するだろう。
しかし振り向いたデンカとリリアの間に、イベリッサが割り込んでいた。
「ダメよ」
きっぱりと断言する。
「えぇ~! どうしてさイベリッサちゃん、困ってる人を見捨てるなんて超ひどいんですけど」
「そうですよ、イベリッサ様。魔獣相手ならデンカさんじゃなくても、私だって『引き分ける』事無く倒せます」
「見捨てるとは言ってない……そういう形で協力できないってだけでね。特定少数の魔獣を倒せばいいだけなら今すぐにでも協力するよ……実際ここにいる五人なら、役立たずのラジアータ以外は小形の魔獣くらい相手にできる」
「役立たずだなんて酷いですわ!」
ラジアータが抗議の声を上げるが、イベリッサはそれを無視して続けた。
「だけど、問題は魔獣一匹や二匹の話じゃない……不特定多数の魔獣の群れがあると言うなら、それを継続的に何とかしなくちゃならないでしょ。それに私たちが四六時中協力する事は出来ない……今は特にこの国でややこしい事が起きてるし」
「でもでもぉ~。見捨てないって事は助けてくれる感じなんでしょ? イベリッサちゃんはツンデレなんだから~」
「……」
もともとどこか不機嫌そうなイベリッサの顔がはっきりとしかめっ面に変わる。別にササゲが発言したツンデレという言葉が理解できないからというわけではない。あらゆる言語が完全な形で意訳され直訳される現在のこの世界において、相手が言った事は全て理解できるものに変換されるからだ。
つまり、イベリッサの表情から読み取れる彼女の真意は、フランクに表現すれば『何言ってんだこいつ』というわけだ。
ササゲの態度に閉口してしまったイベリッサの代わりに、彼女の発言しようとしていたことをくみ取ったリリアが説明し始める。
「勿論見捨てるつもりはありません。民を守る事こそが我々王族、貴族の務めです。それに、この領から領主が消えてしまった原因が継承戦にあると考えると、私たちの責任もありますから。ですがイベリッサの言っている事も事実です、私たちが常に他の領を守るのは難しい……」
「つまり~?」
「問題の根本的な解決をしなければなりません。狩人の村がなぜ依頼を受けようとしないのか、その原因を探してそれを解消すればこの村も今まで通り暮らしていけるはずです。そもそも依頼を拒否するのは職務放棄にも等しい行為ですから」
「ですよねー! やっぱり貴族様を呼んで正解だったかも」
あはあはあはと万事解決したかのようにササゲは笑い出す。相変わらず一人だけテンションが高い状態であった。
「……解決するためには、なんで狩人が依頼を受けてくれないのか調べる必要があるってリリアが言ったけど、あなたには何か心当たりがないの?」
イベリッサはそう言ってから、ササゲではなく依頼を頼みに行った村人本人に話をした方が良かったかなと後悔した。だが彼女の心配とは裏腹に、ササゲは考えるそぶりも見せずに返答する。それもイベリッサが最も欲していた形で。
「『シスター! 狩人の村に行ってきたんですが、依頼を受けてもらえませんでした……。理由は言えないけど今は依頼を受けられないとかってはぐらかされたんです。当然何度もお願いしました、でも何度頼んでも同じような返事が帰ってくるだけなんです。他の依頼はいつも通り受けてるみたいなのに、俺には何が起きてるのかわかりません。どうしようも無いので一度戻ってきたのです。ああ、どうか助けて下さいシスター』って言ってたかな」
一瞬何を言われたのか分からなかった。口調やそぶりまでがらりと変えて発言したササゲの様子は、まるで実際に言われた事を完全に再現しているようであり、ササゲという人物が突如として他の人間に変化したようだったからだ。
「随分と演技力があるのね……あなた」
「演技力ってゆうか、ぶっちゃけササゲちゃんは記憶力がちょうスゴイって感じ? 聖書だって全部暗記してるからこっちでもつくれてるわけだしねー!」
「まぁいいわ……どうやらここにいるだけじゃ問題が解決できないって分かっただけでも十分」
「そうですね」
イベリッサに同意しながらリリアが立ち上がる。
「行きましょう、狩人の村に」




