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実験6

 壇上にいたシスターがデンカたちに気が付くと、信徒たちに何やら告げてから飛ぶように五人の元に接近した。


 比喩ではない。


 壇上から出入り口まで十五メートルはあろうかという距離を、助走もなしにただの一歩でまたいだのである。低く広がった放物線を描くように跳ねた彼女の奇跡は物理法則に反するような動きでは無かったのだが、人類の走り幅跳びの世界記録が十メートルを超えていない事をふまえると、それを五割増しで達成した彼女の行動は人ならざる所業だったと言わざるを得ない。


 地球でないこの世界にあってすら、その飛距離はあり得ないとは言えないまでも、目を見張るものだった。


 そんな風に飛び込むように近づいてきた彼女は、デンカ達五人の前に着地すると両腕を大きく横に広げる。さながら抱擁しようとするかのような姿勢だ。


 「いらっしゃい、いらっしゃい! いらっしゃい~。あたしがここの責任者って事になってる雅祭捧戯がさいささげちゃんでぇ~す! ってゆぅかぁ、君たちこの村の人じゃないよねぇ。もしかして入信するために他の村からやってきた感じぃ? 迷える子羊なのかな、それならあたしちょ~歓迎しちゃうんですけど! あ! もちろんそうじゃなくたって歓迎するけどね!」


 ササゲは見た目にそぐわない軽い口調で――彼女の奇天烈な修道服を考えればそれは見た目にふさわしい口調と言えるかもしれないが――とにかく修道女としては考えられないような軽快さでデンカたちにそう自己紹介した。


 言われた五人の反応はまちまちだったが、少なくとも『何だこいつは』とか『何を言っているんだこいつは』といった考えは共通して浮かんでいるらしい。そもそも、ササゲの発言は的を得ていないのだ。


 イベリッサが口を開く。


 「迷える子羊なんかじゃないよ……私たちは。あなたがガサイ・ササゲなら、自分が出した手紙くらい覚えていないの?」


 少し皮肉交じりに、迂遠に自分たちが助けられる側でなく助けに来た側なのだとイベリッサはアピールした。初対面にも関わらず発言に多少の毒が混じったのは、イベリッサがササゲの話し方に苛立ちを覚えたからだ。


 しかし、初対面にも関わらず毒を吐かれたササゲはそれを気にする様子もない。それどころか抱き着かんばかりの勢いでイベリッサに詰め寄り――そして抱き着いた。


 「マジ?! ヘルプ呼んでからこんなに早くに来てくれるなんて、あたしちょ~感動なんですけど! これこそ愛し合い助け合う人の助け合う姿って感じ? あなたは聖書のサマリア人のようにステキってゆうか、めちゃくちゃありがとう~!」

 「あわわわわ」


 突然ぺたぺたと接触してくるササゲに、イベリッサは大きく動揺した。彼女がこのように動揺を表すのも珍しいことである。


 「あ、あの! その事なんですけど、この手紙に書かれてる内容だけじゃ何がどう困っているのかわかりませんし、私たちも何をどうすればいいのか分からないのですが……」


 送られてきた手紙を見せながら、困惑気味にリリアがササゲに尋ねる。


 この村を見た時にどんな問題があるのかと注意深く見回したのだが、人が少ないくらいで何か異変が起きているようには見えなかった。その人が居ない理由もこの教会に人々が集まっているからだと理解した現在、人命にかかわるような事件についてリリアには予想する事すらできない。


 色々な想像が渦巻く中、全員の注目が奇妙なシスターに集まった。


 ササゲは自分で書いたはずの手紙を、まるで始めてみる物のようにしげしげと見つめ、ポンと手を叩いた。


 「ホントだ」

 「書いてなかったのはうっかりだったんですね……」


  =  =  =


 「――私がリリアドラス・ラ・デルフィニラです」


 そうしてリリアが自己紹介を終える。


 彼女たち六人は、この村での問題や互いについて理解を深めるために客間のような場所に移動していた。互いの理解といっても、行っていた自己紹介は身分と名前を告げるだけの簡単な物だ。だが、実際にそうすることで得られた情報は多い。


 例えば、ササゲが送っていた手紙はリリア一人にのみ送ったものではなく、付近にあるいくつかの領主たちに送っていた。誰か一人でも助けになってくれる人があれば良いなと思ってササゲはそうしたのだ。


 もっとも実際に届いた物が何通あるかは分からない。現にイベリッサに向けても手紙を送ったのだが、それは彼女に届いていないのだ。イベリッサがいつか言っていたようにポイされてしまったのだろう。


 とにかく、ササゲはリリアとイベリッサとラジアータという三人の貴族を呼び寄せる事に成功していた。


 「わたしはリリアの騎士。名前はウワガミ・デンカ」


 簡素な自己紹介が淡々と行われ、ついにデンカの番が来た。そしてようやく本題に入れるかと全員が思った時、ササゲが驚愕の表情を浮かべる。明らかにその名前に反応していた。


 「ウワガミ……?」


 誰にでもなく問いかけるようにササゲはそう発言する。今までのへらへらとした笑顔は無く、眉間に少ししわすら寄せて怪訝にデンカを見た。


 「そうだけど」


 逆に問い返すようにデンカは肯定する。だが、ササゲがそんな表情をした理由が分からないのではない。むしろデンカにはその心当たりがあった。


 名前を聞いて自分と同じ世界から来たのかもしれないだと考えているのだろう。


 その考えを肯定するかのように、そして怪訝な顔をしてしまった非礼を詫びるように、ササゲは笑顔を繕うと再び彼女は疑問を口にした。


 「ごっめーん! あのさ、デンカちゃんってもしかして違う世界から来てたりしちゃう?」

 「そうだよ、ササゲも――正直聞くまでもないけど地球からきたんでしょう?」

 「うんうん。でもそっかー……まぁ今はその話よりも、せっかく来てくれたんだからこの村について説明した方がいい感じだよね。ササゲちゃん手紙に書き忘れちゃったけど、その位はわかってるってゆうかー」


 そうしてようやくササゲは本題に入った。


 「実はぁ、最近この村の近くに魔獣の巣ってゆうか拠点? ができちゃったっぽいんだよね。まだ死んじゃった人は居ないんだけど、けが人がどんどん増えてるしこのままじゃマジヤバい感じ? なんか魔獣の数もどんどん増えてるらしいし」

 「魔獣ですか? 確かにこの辺りは魔獣が多いですし、突然増えてしまうこともありますけど、そういった事情があるなら『狩人の村』に相談に行った方が確実ではありませんか?」

 「ソレね、村の人たちも言ってたよソレ! それで実際に依頼しに何人か向かったわけよ、でも依頼を受けて貰えないみたいな? 超ムカつくんですけどー。あーでも? 神様大好きなササゲちゃんとしてはその人達も愛してない訳じゃないっていうか」


 今一要点の掴めないササゲの発言の中から情報を発掘していくと、この村で起きている問題とはつまりこういうことだった。


 最近魔獣の活動が活発になり村に被害が出ているので、誰かに退治してもらいたい。魔獣退治を生業とする狩人に依頼をしたいが何故か拒否されてしまう。


 イベリッサもリリアもこの付近に領を持つがゆえに狩人たちについては知っていた。そしてそれゆえに断言できる。


 「あり得ない……拒否されるなんて。魔獣退治の依頼は国から報酬が出る。依頼人によっては急いで欲しい時とかに追加報酬を出す人もいるけど……出さなくても十分受けてくれる人はいる」

 「そうですよ! しかも依頼する事そのものを拒否されるなんて……。何か理由は言われましたか?」

 「行ったのは村の人だしぃ、ササゲちゃんにはわっかんなーい! それに、貴族様たちが来てくれたからぶっちゃけ万事解決じゃん?」


 何が万事解決なのか、言ってる意味がわからない。そんな目を五人がササゲに向け、ササゲもその視線の意味を理解したのか口を開いた。


 「だって貴族様なら兵隊とか持ってるんでしょ?」

 「は?」

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