実験31
「この世界の人間やばすぎでしょ! 銃弾平気で切ってるだけでもあり得ないのに、銃弾より早く移動できるとか何事さ……。魔力とか言うよくわからん物のせいなのか? っていうかどうしよう」
「まぁまぁ、落ち着くっしょ。俺も特級が戦うところを実際に目にするのは初めてだから、かなり驚いてはいるけどな。でも世の中には理解できないくらい強いやつってのは何人かいるもんだ。俺からしたらボスも十分化け物っしょ」
「わたしの強さって七割が武器で残りが動体視力だとおもうけどね……」
そしてそれらは両方ともこの世界に来てから手にいれた物だ。スキルも視力もいつの間にかあった物なので、デンカはそれらを自分の力と呼ぶのに違和感を感じていた。もちろんデンカはそれらを遠慮なく使用していたし、これからも使用するつもりだったが。
「化け物って言えば――シグレは自分が人間じゃないみたいな事言ってたけど何か知ってるの?」
その質問を向けられたのはフューレだ。
戦闘の最中に『人間ではあるまい』と言い出したのは他ならぬ彼だった。
「……知っているわけではない。ただあの若さであれほどの技量を、しかも多彩に持っているのは馬鹿げているからな。見た目通りの年齢では無いのだろうと考えた」
「見た目通りの年齢じゃない種族もいるってことね……」
この世界は本当にゲームの中の世界みたいだと思いながら、デンカは心のメモに他の種族について調べる事をメモした。
「で、何か弱点みたいなの無いの?」
そう聞いたデンカの脳裏に浮かんでいたのは主に吸血鬼だ。
彼女がゲームの中で得た知識だったが、吸血鬼と呼ばれるような種族は太陽に弱かったり、雨に弱かったり、十字架に弱いといった弱点が多く存在する。
日に弱いという弱点があるならば、日が沈んだ現在あれだけ強くても納得――は出来ないが割りきる事はできる。そう思ってデンカは弱点についてフューレに尋ねたのだが、フューレは首を横に振る。
「あるかも知れないし、無いかも知れない。少なくとも見ただけで判断できるような種族では無い」
「弱点が無かったとしたらかなり不味いな……」
デンカは現時点でできる事を全てシグレに見せてしまっていた。そして考えていた最強の攻撃方法である散弾砲が通じなかった現在、デンカに勝ち目はない。
そして難しい表情を作るデンカを見て、ビショップが声をかけた。
「アレを作った時みたいにまた新しい武器を考えればいいっしょ。魔法陣で武器を作るとか言ってたし、領に戻れば時間はあるしな」
それはある側面で事実だ。可能か不可能かはとりあえず置いておいて、デンカはこの世界の理である魔法を取り入れた武器を作るつもりでいた。それができれば強力な武器を産み出せるだろう。
だが、ビショップの発言は別の方面で検討違いだった。
「ビショップ。わたしたちはこの島にいる間に、もう一度シグレと戦わなくちゃならないかもしれない」
「? どういうことだ」
「どういうことって……わすれちゃったの? この島の特徴を。この島はいま閉じているでしょう」
ビショップははっとしてこの島の特異な状況を思い出す。
いくつかの激戦(少なくとも彼にとっては全てそうだったのだが)のせいで記憶から薄れていたが、ヴァミラ島は一度入れば定められた期間内に出ることが絶対にできない特異な島だ。そして島が開くまであと十二時間以上ある現在、アルヴェンスが一旦引き下がったからといって再び戦闘に入らないとは言えない。
それどころが、アルヴェンスが再び戦おうとするのはほぼ間違いないとビショップは考えた。味方であるサイネリラやコウカと合流すれば、人数の上でも互角の三対三に持ち込めるのだ。
「あぁー……。どうする? ボスは乗り気じゃないのかもしれんけど、一度仲間になった振りをしてこの島を出るのもありだとは思うが」
ビショップは憂鬱そうな顔でそう言って――
「うん、よくわかったね」
デンカの発言にすこしほっとしたような顔をし――
「振りでもそんな事したくないよ」
また肩を落とした。
「だが現実問題あの女には勝てないっしょ。俺とボスの合わせ技でも勝てなかったんだから」
「うん、とりあえずこの島で倒すのはあきらめた。アルヴェンスがリリアの敵である以上、いつか絶対にシグレは倒すけどこの島でそれをやるのが厳しいのは認める。だから――逃げる」
「逃げるってどうやってだ?」
それは、と言おうとしたデンカはビショップの質問に答える前に口を閉ざした。
屋敷の方から走ってくる人影が一つあったのだ。屋敷に生きている人間が一人でしかいなかった以上、誰かは決まっている。赤と白の髪を持った貴族、ラジアータが戦闘の終了を察知して駆けつけて来たのだ。
「ア、アルヴェンスは倒しましたの?」
「いいえ、お嬢様。残念ながら我々三人ではアルヴェンスの騎士には及びませんでした。アルヴェンスは仲間と合流するために退却しただけのようです。この場合は、幸運な事に、と言うべきかもしれませんが」
「そう……。ですが今生き残っている事に感謝しなければなりませんわね」
ラジアータはそう言うとデンカとビショップへ振り向いた。
「お二人ともありがとうございます。デンカ様とビショップ様がいなければ私はあの場所で死んでいた事でしょう。……私のためにそのような酷い傷を負ってしまわれたのですね」
蒼白な顔をするラジアータの視線の先にあったのはビショップの腕とデンカの体だ。
最初の一撃で球電に撃たれたビショップの腕は、動いてはいるものの多少ぎこちなく、色もはっきりわかるほどに黒ずんでいた。
そしてデンカも、それと同じくらい酷い傷を負っていた。
フューレのように未来を見るスキルが無く、近接戦闘に慣れていない彼女の全身には細い切り傷が大量にある。そのどれもが浅くデンカの動体視力によって最小限にとどめられてはいたが、それはシグレとの圧倒的な戦闘力の差によって打ち合うごとに増えていった傷だった。
それらの切り傷はとにかく数が多く、戦う経験など無かったラジアータには実際よりも悲惨に見えていたかもしれない。
「酷いって言うほどじゃないよ。お腹に穴空いた事あるし、こいつに手を刺された事あったし」
「たしかに間違ってるわけじゃないんだが……」
「それに、わたしはわたしの大切な人の為に戦っているから。そのためならいくら引き裂かれようが構わない」
そう断言したデンカに何を思ったのか、ラジアータは少し慌てるような驚いたような表情をした。
「そ、そうなんですのね……。あの、もしよろしければその傷わたしに手当させてもらえませんこと?」
「回復魔法が使えるの?」
「はい、というより私は貴族なのに回復魔法しか使えないのです。他の魔法はからっきしで……回復魔法も特別秀でているわけでもないのですけど」
「ううん。わたしは魔法が使えないから回復してもらえると助かるよ」
「はい! では……」
ラジアータが短い呪文を唱えると彼女の手が優しく光り、その光で照らされた傷がゆっくりと回復していった。彼女の言う通り秀でている腕前ではないのだろう。デンカをかつて癒したワスコの回復魔法と比べるとそれは遅く、また傷口も治ったと表現するよりは乾きふさがったという程度の物だった。
だが、それは間違いなくデンカの傷口の出血を止めていた。
ラジアータは達成感を得たように笑い、それと関係なくフューレも静かに笑った。
「フッ。お前は面白いな、料理人。さっき言っていたが、アルヴェンスに取り入るつもりがないと言う事は島を出るまで我々と協力してくれると言う事でいいのかな?」
「そうだね、目的が一緒なら協力した方が確実だろうし。猛獣だらけの森の中を二人だけで行動するのも面倒くさそうだしね。それにさっきは説明しそびれたけど、この島から気付かれないように逃げるアイディアがある」




